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Q:誰が勇者を殺したか?  作者: お花畑
第二章:招かれざる客
12/16

旅の仲間(上)

 目のくらむような剣舞を見た。

 ひかめく剣戟。飛び散る血液。

 二振りの刀剣が魔獣の屍を積み上げるその様はおよそ戦闘と呼ぶには一方的過ぎる、芸術的映像だった。

 

 一振りは聖剣:太陽が照らす希望の剣(ヘリオトロープ)

 剣先から天光を放つ伝説の付呪遺物(アーキファクト)は触れただけで魔物の魂を打ち砕き、跡形さえも残さない。

 剣筋は曲線にして大円。

 手数の多さと範囲の広さで、数の不利などものともせずに敵陣を食い破る。


 もう一振りは大業物:緋緋色ノ流星(ひひいろのりゅうせい)

 まるで溶岩を閉じ込めたかのような赤より赤い赤色に染まる刀身に斬れぬものなどなく、一太刀一太刀が必殺の一撃となる。

 剣筋は直線にして幾何学的。

 必要最低限の動きで的確に急所を裁ち斬り、辺りに血飛沫を撒き散らす。


 アイリスの剣が大道芸だとしたなら、アヤメの剣術は職人芸のそれである。


 ほどなく魔獣の戦列は決壊し、森林の奥を目指して三々五々に逃走を始める。

 だがそれを見過ごす勇者一行ではない。

 アイリスが術式で追撃し、撃ち漏らした相手をアヤメが脇差の投擲で正確に沈めていく。


 あまりに壮観、あまりに優美。

 特段剣術に興味のない者でも見入ってしまうような光景だ。



「……ねえねえ、ヴェドっち」


 目の前のスペクタクルを黙って鑑賞していたイルヴェドだったが、そのかけ声で我に返る。

 見ればラベンダーが怪訝そうに目を細めていた。


「──じろじろ見過ぎ」

「見過ぎと言われてもな、こんなデタラメ見せつけられて気にしない方が嘘ってもんだ」


 するとラベンダーは想定外のことを口にした。


「まー、それもあるけどさ。あたしが言いたいのは、目がマジだったというか。見方によってはイヤらしかったっていうか」


 心外過ぎる指摘にイルヴェドは憮然となる。


「馬鹿言うな。俺は奴らの剣術を分析していただけだ」


 抗弁するも、何故かラベンダーは嬉しそうに、そして自分勝手に語り始めた。


「いやー、うん。分かるよ。分かる分かる。リスリスは普通にしてれば超絶美少女なのに男勝りとかいうギャップがグッと来るし、アヤメっちはアヤメっちで黒髪肌色がエキゾチックな上、無口系ってのもポイント増しだし」

「悪いが、何言ってるのかさっぱり分からねえぞ」


 冷静に返すイルヴェドをラベンダーが肘でつつく。


「またまた、このムッツリさんが。いいね~、若いって」

「なに所帯じみたことを言う。お前だって充分若いだろ」


 今のは失言だったらしい。

 ラベンダーの顔がさらに輪をかけて楽しげな感じになったからだ。


「お? おお? もしかしてあたしってば今口説かれてる?」


 あまりの面倒くささにイルヴェドは深い溜息をつく。


「なわけあるか──それよりラベンダー。お前は戦闘に参加しなくていいのか?」


 するとラベンダーは露骨にふてくされた。


「はいはい悪うござんした。見かけによらずお堅いねぇ──で、何だって?」

「斥候に出たジジイはともかくとして、勇者が交戦中なのにお前がサボってていいのかって聞いている」

「それってもしかしなくてもブーメランじゃない?」

「俺は盗みと暗殺に少し覚えがあるだけで、正面切っての戦闘に関しちゃズブのシロウトだからな。偉大なる魔導師様とは話が違う」


 ラベンダーは胡乱な目つきで「さいですか」と一瞥を寄越すも、一応の納得をしたらしく、


「魔獣ってさ、黒魔術耐性パなくてさ。だからあたしが膨大なマナを消費してもダメージ雀の涙ってワケで、要するに相性悪いんだよ」

「デスプリーステス戦のときも似たようなことを言ってたな」

「言ってた言ってた。あいつは魔法タイプだから輪をかけて最悪だったね。そんな感じで魔導師ってのは魔族に対してかなーり不利なジョブなのよさ」

「だったらどうして魔王討伐の旅なんかに参加してるんだよ」


 ラベンダーはしたり顔で人差し指を立てた。


「訓練された魔導師ってのは誰よりも魔術や魔族に詳しいからですよ、っと。その点においては勇者はもとより賢者にも負けないね。魔導師試験に受かるためには魔族について何千時間も勉強するから。だから戦闘じゃなくて知識で貢献できるってワケ。相手の使う魔法を見極めたり、弱点を把握したりと──ま、色々」

「……ほう」

「あと、魔族に対しては無力でも、魔術って人間に対しては最高にコスパのいい殺戮手段だからねえ」


 その暴言に対してイルヴェドは素で顔を引きつらせる。


「……つまらねえ冗談を言うな」

「ははは、それは失礼いたしましたね」


 と言うラベンダーは、しかし少しも悪びれていない。


 話に一区切りがつくと、イルヴェドは再度交戦中の二人に注意を向けた。

 まだ残党狩りをしており、今しばらく時間がかかりそうだ。

 だから、ずっと胸につっかえていたことをラベンダーに訊いてみることにした。


「──そういや、アヤメはどういう経緯で仲間になったんだ?」

「ん? やっぱりアヤメっちのことが気になる?」


 イルヴェドはうんざりした気分になる。


「そういうのはもう結構だ。いいから質問に答えてくれ」

「へいへい」


 ぶーたれるラベンダー。


「──何て言うかな。ま、リスリスの気まぐれってやつ?」

「アイリスの?」


 問いかけに首肯が返ってくる。


「リスリスってああ見えて結構変わった趣味してるからね。だからパウンドプールの街で戦争人質として拘束されいるモノノフがいるって聞くなり目を輝かせながら『是非とも仲間にしよう』とか言い出しちゃったワケよ」

「つっても、連中の国家に対する帰属意識は異常だ。勇者の名を出したからってそう簡単に仲間に引き入れられたとは思えんが」

「ま、それが普通だよね。でもさ、アヤメっちもアヤメっちで、これまた奇特な御仁でさ。対魔戦争で武勲を立てることで西方諸国とモノノフの融和を図ろうって考えらしいのよ」

「ほーん、そいつは確かに変わってる。てっきりモノノフ語に『融和』や『平和』なんて言葉は存在しないものかと」

「ま、協力するってだけならギリギリ理解できなくもないんだけど、『侍従の儀』を結んだって話を聞いたときにはさすがにビックリしたよね」


 そのときラベンダーがどんな表情をしたのかは想像するしかないが、きっと今のイルヴェドと似たように色落ちしていたに違いない。


「……そいつはただ事じゃねえな。仮にモノノフが西方人と契約を交わさざるを得ない状況になったとしても『報恩の儀』に留めるのが通例だろ」

「だよねえ。でも普通じゃないんだよ、これが」



『報恩の儀』と『侍従の儀』は共にモノノフに伝わる伝統的習慣である。


 前者は『他者から一つ恩義を受けたら、必ず一つ返礼しなければならない』という西方社会にもある礼節の概念に強制力を持たせたもので、

 後者は『契約相手を主君と認め、命ある限りその身を守り、万一主君が討たれた際は仇討ちを果たしてから自害しなければならない』といった文字通りその身を捧げる誓いである。


 なお、『報恩の儀』は特に制限がなく、複数人に対して複数回結べるのに対し、『侍従の儀』は一生に一度一人だけに対してしか結べず、

 また、『侍従の儀』は『報恩の儀』や自らの命を含む全てにおいて優先されるため、『報恩の儀』の内容が『侍従の儀』に矛盾することは許されない。

 すなわち、『報恩の儀』を用いても『主君を殺せ』と『自害しろ』だけは命じることができない仕組みになっている。



「リスリスは『アヤメは愛国心から僕と契約したんだ』とか言ってたけどね。でも、あたしにはモノノフの考えてることなんてさっぱり分かんないや」


 その文言にイルヴェドは顔をしかめた。


「そういやさっきからやたら言い方がよそよそしいな。『らしい』だの、『リスリスは』だの。伝聞だらけだ」


 違和感を質してみたところ、ラベンダーはしれっと爆弾発言を投下した。




「だってあたし一度も直接話したことないし」




「……は?」


「いや、そこまで驚かなくてもいいじゃん。だったら逆に訊くけど、ヴェドっちはアヤメっちと話したことある? もうパーティに加わって二週間くらい経つよね」


 そう言われるとぐうの音も出なかった。

 あの人を寄せ付けない独自のオーラをかいくぐるのは至難の業に思える。

 それにそもそもの話、モノノフに西方語が通じるのかさえ疑問だ。


「でしょでしょ? ほらほら話しかけにくい」


 と調子に乗るラベンダーだが、直後何を思ったのか、まるで夕立のように表情を変えた。

 したり顔から、ややアンニュイな顔へ。


「──あとはまあ。あたしの場合、別に個人的な事情もあるんだけどね」

「別の事情?」


 おしゃべりのラベンダーにしては珍しく、「んー。まあ、その……何ていうか」と口ごもる。

 しばしの逡巡を経て、それから歯切れの悪そうにこういった。


「……あのさ、ヴェドっちって『ネイサン・キャスロット』って名前をご存じだったりする?」

「ご存じも何も、世間の常識だろうが。世界三大魔導師にして、数少ない無詠唱術式の使い手。泣く子も黙る東西戦争の大英雄様だ」

「大英雄? ……ま、アルメリアではそうかもね。でもモノノフ側ではどう思われてるか知ってる?」

「最も多くの同胞を殺した仇敵として蛇蝎のように嫌われてるとか」

「うんうん、よく知ってるじゃん──でさ、あたしはそいつの娘なんだよね」


 思わず咳き込みそうになった。


「……何だって?」

「ちなみにアヤメっちのオヤジさんも東西戦争の有名人なんだけど、『シュンサク・カザギリ』って名前は、」

「もちろん知ってるさ。モノノフ親王の懐刀と呼ばれた、これまた別の大英雄だ。だが間もなく終戦という頃の最後の戦いで、」

「そそ。うちのオヤジに殺された」



 イルヴェドは額を押さえながら「なんてこった」と呟いた。

 そう、呟くしかなかった。



「感想は?」

「……そいつは気まずいどころの話じゃないな」


 何とか絞り出した感想に、ラベンダーは自嘲しながら応じる。


「リスリスがアヤメっちを仲間にしたいとか言い出したときは、ぶっちゃけ軽くキレかけたよね。パーティを抜けてやろうとさえ思ったよ」

「……何で抜けなかったんだ?」

「説得されちった。『因縁ある二人が手を取り合って魔王を倒すことで、それが本当の意味での東西和平に繋がると思うんだ』って言葉にね。そんなこと言われたら何も言い返せないじゃんか」


 イルヴェドはラベンダーが説得されたその場面を想像してみる。


「……アイリスらしいな」

「まったくね」


 本当、呆れるくらいに純真な勇者様だ。

 あまりの世間知らずっぷりにハラハラする。


「──だから余計な争いを起こさないよう、あたしは必要以上にアヤメっちには近づかないし、向こうもそれは分かっていると思う。互いにとってデリケートな問題だからね。そんなワケでヴェドっちにもその辺の配慮を頂ければ幸いです、という話でした」

「……承知した」



 周囲を見渡せばちょうどアイリスとアヤメが最後の魔獣にトドメを刺していた。

 彼女らに合流すべくイルヴェドは移動を開始する。



「正直さ、」



 一歩を踏み出すなり背後から声がかけられた。


「──怖いんだよね」


 その言葉でイルヴェドはやむなく立ち止まる。


「……アヤメがか?」

「それもあるけど、」

「他には何だ?」



 問いかけると、背中のそいつは抑揚のない声で、まるで他人事のようにこう言った。




「何かの手違いであの()を手にかけちゃったらどうしようかな、って」

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