東西戦争
話に一区切りが付くと、葉巻を吸いながら黙々と話に耳を傾けていた国王が口を開いた。
「──盗賊のお主も大概だが、よもやモノノフまで仲間に引き入れていたとは。王都を出発したときにはアイリス、アラン、ラベンダーの三名だったはずなのだが」
「ええ、最初は俺も目を疑いましたよ。勇者の仲間にモノノフとは冗談にしてもきつすぎるってね」
すると国王は忌々しげに「ふんっ」と鼻を鳴らした。
「だとすると犯人はほとんど決まったようなものではないか。何の目的もなくモノノフが勇者に協力するはずがないだろう。きっと魔族と通じていたに違いない」
国王の断言に、しかしイルヴェドは異を唱える。
「確かにこれまでの歴史を鑑みればモノノフに疑惑が向かうのは自然な流れでしょうが、俺個人の主観ではアヤメはシロです。他の連中はともかくとして、アイリスだけは絶対に裏切れないし、裏切る理由もない」
「シロ? どこがシロなんだ。奴らは我らを文字通り親の敵のように恨んでおる。盗賊の主でも十年前の東西戦争くらいは知っておるだろう」
東西戦争。
いかにも東側と西側が互角に争ったかのような字面だが、実際のところそれはアルメリアを始めとする西方連合がモノノフ一カ国に対し一方的に攻め入った史上最悪の侵略戦争である。
西方側の口実はこうだ。
非常に強力な戦闘技術を持ちながらモノノフは半ば鎖国を決め込んでいて魔族との戦争に協力しようとしない。
前回の魔王の侵攻の際、援軍を求めたときも黙殺を決め込み、そのせいで人類は甚大な被害を出すことになった。
だからその償いとして領土を割譲せよ──と、そう迫ったのである。
モノノフは当然のようにこれを拒絶した。
そこで大義名分を得た西方諸国はここぞとばかり侵略に踏み切ったのだ。
西方連合三十万に対し、モノノフはわずか五万。
ちょうど六倍程度の差があり、誰もが西方連合の勝利を信じて疑わなかった。
だがしかし。
結果として、モノノフは陥落しなかった。
絶対的な武威を示し、こと白兵戦に限っては連合兵をほとんど一方的に屠り去ったのだ。
この辺は戦闘民族の面目躍如といったところだろうか。
けれどもその代償は決して小さいものではなかった。
全人口の三分の二。
これが命に代えても白旗だけは振らないという誇りに支払った対価である。
名目上は引き分けたことになっている東西戦争だが、その結果は本当に名目のものに過ぎない。
普通の国ならとっくに降伏しているような状況を過ぎても、満身創痍になっても戦い続けていたというだけのことだったのだ。
「──だから、モノノフは西方諸国に対して、そしてその象徴たる勇者に対しても憎悪に似た感情を抱いている。魔王が人類の天敵であるのと同じくらいに世間の常識だ」
「一般的なモノノフは確かにそうなのかもしれません。けれども、アヤメは例外です」
「なぜそう言明できる?」
国王が問いかけるが、返ってきた言葉は何とも斜め上のものだった。
イルヴェドは即答せず、代わりにこんなことを要求したのだ。
「先に進む前に葉巻を頂けませんか? 少し話し疲れてしまいましてね」
シーン、と。
白けたような、呆れかえったような、剣呑な空気が場を包んだ。
口をあんぐりと開き、おたおたしながら国王とイルヴェドの様子を相互に見やる憲兵副長ゼッペルス。
彼のその表情はその場にいたほとんどの気持ちを代弁していたことだろう。
あと一秒でも遅かったら、急進派の官僚の誰かがイルヴェドに殴りかかっていたかもしれない。
しかし幸いそれは国王の気配りによって未然に防がれた。
「主は本当に抜け目のない男だな、ロクスリー」
それを聞くなりイルヴェドは口元に不敵な笑みを浮かばせた。
「──余の葉巻が世界最高の葉巻であることを知って、ねだっているのだろう」
と言って国王は自分の葉巻を指差した。
「ええ。目の前でそんな極上モノを吸ってる姿を拝見していたら、ついつい我慢できなくなりまして」
「酒はダメなのに葉巻の味は分かるのか」
「酒の味など酔っちまえば皆同じですが、葉巻は如実に違いが出ます」
「慧眼だな。よかろう。対談への感謝として一本進呈しようじゃないか」
国王が従者の一人に身振りで指示すると、従者はイルヴェドの元に葉巻を持っていき、それを渡して火をつけた。
イルヴェドはゆっくりと肺に煙を落とし込む。
「どうだ? 王の葉巻は?」
「まさしく求めていた味ですよ。そこらの安物とは訳が違う」
その言葉には嘘も誇張もなく、心から満足してイルヴェドは感想を述べる。
そんなイルヴェドを見て、国王もまた満足したように口元を緩めた。
「では、一服したところで質問に答えてもらおうか。なぜにモノノフ女がシロだと言える?」
イルヴェドは紫煙を吐き出しながらこう言った。
「アイリスに対して『侍従の儀』を立てていたからです」
──と、その単語に国王が少なからぬ動揺を露呈した。
目を丸めたかと思ったら、すぐに細める。
「……その話、真か。あの『侍従の儀』をモノノフが同胞以外の者に?」
「ええ」
イルヴェドは頷きながら、
「──ですから、アヤメは旅の仲間というよりアイリス専属の用心棒だったってわけですよ」




