根に持つタイプ
「さて、一通りの話はすんだね」
紅茶で騒いでいたヴァイスは、ふと思い出したかのように冷静な顔を取り戻す。
「ヴァイス、彼らの出発までにこの村でやることは何だ?」
一通りの話を終えた流星は、渋い顔をしながらヴァイスに尋ねる。
緊急依頼を終わらせた為、村の中の依頼をこなすぐらいしかギルド内の依頼はないだろう。
しいて言うなら、宿屋に食材を持ち込むことや昨夜の戦闘跡での見回りぐらいの筈だ。
この地で放置した魔物死体の腐敗速度は、1日で骨に変わるほどの速度だ。
詳しくは現在も調査されているようだが、大気に魔素が放出されることで肉体を維持できずに崩壊するという特異なプロセスを挟んでいるようだ。
魔物の死体は、魔素を注ぎ肉体の崩壊を食い止めながら行うか、特殊な処理を施された処理場に持ち込み、然るべき処理を行わなければいけない。
グラージボアのような大型の魔物ならともかく、オーク程度の体格では、すでに大気中に散ってしまっているだろう。
「彼らの出発までに君にやってもらいたい支部からの依頼は、主にこの村の安全の確保だね。別件だと食料の確保もしてもらえるとなにかと都合がいいのだけど…」
口元に手を当て、何かを考え込むヴァイス。
また、何か妙なことを企んではいないだろうかと疑ってしまう辺り、大体この男のパターンが分かってきた気がする流星は、僅かに苦笑する。
「昨日の残党がいないかの確認と周辺に妙な魔物が住み着いていないかの確認。ついでに長期行動に向けての保存食の確保ってところか?」
ヴァイスは、笑いをこらえるように追加のオーダーを流星に提案した。
「ついでに彼らに与える依頼がなくなったら、また"子守"も頼むよ。なんせ、私もいろいろと忙しくて中々見てやれていないからねえー。頼りにしているよ!」
その言葉に昨晩の食料たちに起きた悲劇がフラッシュバックしていく。
あの時、目の前で、サリアの魔法で精製された光の槍が、食料たちを貫いていき、灰にしていく悪夢のような光景を思い出して、げんなりとした顔で嘆息する。
「サリアが、また食材を灰にする光景が浮かびそうだ…」
「君って食に関しては、根に持つタイプなの?」
「美味いんだぞ?」
ヴァイスの言葉に思わず即答する。
特に変異体のような特殊な固体は、無駄な肉がより削ぎ落とされて美味しく頂ける貴重な肉。
塩コショウなどの香辛料をガンガン利かせて串にして炭火焼にしても美味いし、鍋にして煮込んでもトロトロになった部位の旨みが濃厚。
この世界の魔物に不味い魔物はいないのではないだろうかというのが、流星の持論だ。
「変な話かもしれないが、生き残りがいるといいねえ…いや、支部としてはいない方が全然いいんだけどね」
ヴァイスの例え話に苦笑しながら、頷く。
妙な話ではあるが、食料がいないことに越したことはない。
いっその事、羽の生えたトカゲもといドラゴン辺りが出てくればいいのだが、偏狭の村の山の中じゃ、でかいトカゲには期待できそうもない。
「オークくらいなら探せばどこにでもいそうだけどなぁー…んじゃ、東の森の警戒に当たってくる。早ければ夕方にでも戻る予定だが、なにかオーダーはあるか?」
椅子から立ち上がり、ヴァイスの返事を聞くこともなくそのまま支部の出入り口へ歩き出していく。
「よろしくねー。あ、獲物が取れたら宿屋へ頼むよ。今夜の夕食はそれに決まりだ」
「まて、保存食の話はどこへいった?」
「なーに作る分は、ちょっと残しておけばいいのさ」
まったく悪びれる様子もなく、返事を返してくる。
やっぱり、こいつ肉食べたいだけなんじゃないんだろうかと思った流星は渋い顔をしながらドアを閉じるとドア越しに聞こえてくる肉々という声にため息が漏れた。
流星がギルド支部から離れたことを確認したヴァイスは、宝玉を取り出し、魔素を喚起させていく。
「さてと、自分から繋ぐ時はめんどくさいんだよねえ…」
思わず愚痴を漏らしながら、喚起した魔素が宝玉に伝わり、淡く光を放ちながら宙に浮き、距離を越えた通信が繋がれる。
「さてと…やぁ、カレン久しぶりだね」
『まったく、いったい何の用だ?こっちは、めんどくさい書類の山ばかりで全然外に出してくれないんだ。お前のその…変な冗談を聞く暇はないんだぞ』
「また、結婚してくれとかじゃない。君の聞きたかった朗報だ」
ヴァイスは、通話相手の行動に思わず、本人が見えもしないのに両手を全力で振りながら否定する。
通話越しに嘆息が聞こえてくるのが、あえて触れない。
通話の相手を怒らせると何が飛んでくるか分からないことは、自身がよく理解しているからだ。
冷や汗を流しながら、ヴァイスは、彼女に伝えるべき内容を語り始める。
「君が探していた一人の話をしようかと思ってね。そう、私たちにとっての切り札の話だ。事前に君から聞いていた情報よりも随分時間はかかったようだけど、彼が見つかった」
流星から預かったギルドカードへ視線を向けたヴァイスは、傷だらけのギルドカードから、彼起こった出来事を静かに語っている。
決して脆い素材ではないギルドカードが傷だらけになるような状況。
魔術師であるヴァイスにとって、それは理解のできない世界でもあるが、通話相手なら流星の過ごした時間を理解できるのだろうか。
『そうか…彼が見つかったか。従兄弟から死体が持ち去られていたという噂や彼を名乗る不届き者の話は聞いていたが、やはり生きていたんだな』
通話越しにほっと胸を撫で下ろす声に彼女も今まで連絡がなかった事を少々焦っていた様だとヴァイスは分析する。
思わず頬を緩めながら彼女の"勘"と強運を引き寄せるセンスに脱帽する。
「君の"勘"ってやつも相変わらずのようだね。流石は我等の取りまとめる長にして、ギルド最強の戦乙女って所か」
少しだけ茶化すヴァイスにやや怒気を込めた通信相手。
『次にその呼び方をしたらぶん殴る。そういう呼び方をされるのは、嫌いって知ってるだろ。たくっ、ヴァイスはわざとやってるのか?』
「私は事実を言っただけに過ぎないが…ま、謝罪はしておくよ」
『それで、話の続きは?彼が見つかったにせよ、ギルド…いや、オレ達に協力するとは限らないだろ。オレも人伝にしか彼の存在を聞いたことがないからなんとも言えないが…交渉はうまくいきそうなのか?』
「保護されるつもりなんて元よりない彼は、共に動いてもらうことにしたよ。君から届けられたギルドカードは、多少機能を拡張して彼に渡しておいたよ」
『流石、オレの見込んだ策士。普段は胡散臭いのにこういう時には頼りになるな。……なぁ、ヴァイス』
「なんだい?」
彼女が名前を呼ぶときは、決まって弱気な姿を見せる時。
その姿が容易に想像できたヴァイスは、静かに瞼を閉じて続きを促す。
『オレたちは、世界を変えることができるのかなって、たまに不安になる。やっている事が本当に正しい事なのかってな…』
彼女に対しては、気の聴いた言葉をかけるよりも"らしくない"と答えた方が、効果があると判断した策士はすぐさま行動に移す。
それは、お互いに信頼関係があるからこその行動。
だからこそ、彼が彼女に策士と呼ばれ信頼関係が築けているのだろう。
「らしくないね。ギルドの緩やかな腐敗に改革を起こした戦乙女の言葉とは、思えない言葉だ」
私だから聞かせられる言葉とでも受け取ってかまわないかいと心の中に付け加えながら、言葉にできなかった自身を自嘲する。
『たくっ、態々強調するように言う事はないだろ。この世界はこのままにしておいちゃいけない。私の"勘"って奴はよく当たる。だが、今回の件は流石に大きすぎる…』
「君の言う事ももっともだ。だけど、私たちは、自分たちの手で終わらせて自立しなければいけない。この召還というシステムで成り立つ今の歪な世界を」
『…くっそ、真面目な事を言ってる時には、まともなのに』
戦乙女の小さな呟き声は、策士には届かない。
それは、術式が認識できない程の本当に小さな呟き声。
「ごめん、もう一度言ってくれないか?きちんと音声が乗らなかったようだが…」
『あ、悪い。通信状況悪い』
どこか気恥ずかしくなったギルド最強の戦乙女は、通信を無理やり切断した。
その言葉を最後に発光を止めた宝玉は、ゆっくりとヴァイスの手に落ちていく。
「えっ、ちょっと待ってくれ。あー!切れた!また切られた!!」
支部の中で一人叫び続けるヴァイスは、やがて力尽きて不貞寝を始めた。
「それで、なんで二人とも付いて来ているんだ?」
宿屋に戻り装備を整えた流星が、東の森へ向かっている最中に合流して来た新人たちを見ながら、流星は問いかける。
彼らは、村の中の依頼をこなす予定ではなかったのだろうかという疑問にサリアが答える。
「ヴァイス先輩が、今日はこっちに回れって指示を出したんです」
「依頼表が何も貼ってなかったんで、驚きましたよ…なんか不貞寝してましたけど」
不貞寝してたってどういうことだと疑問が浮かんだが、ヴァイスの行動をいちいち気にしていたらきりがなさそうなので、触れないことにした。
「ということは、二人とも一体どんなペースで依頼をこなしていたんだ?」
「私たちは、依頼が貼られるたびに全部こなしてましたよ」
恐らく、村の依頼の大半を二人でこなしてしまったのだろう。
小さな偏狭の村ということもあり、依頼の数も少ないだろうが彼らができる依頼となれば、その数は少なくもなる。
ヴァイスのことだからなんだかんだで、二人で数日かけてこなせる依頼を用意していたのだろうが、それを超える二人の処理能力。
思わず、呆れながらも返事を返す。
「なるほど、ヴァイスの想像以上に二人が働きすぎたってところか」
「あんまり褒められてはいない気がしますけど…」
「先輩としてのアドバイスは、休むことも覚えましょうってところか?もっとも、村の中の依頼だけに限定されていたようだし、依頼を全部こなして、支持を無視して村の外に飛び出しても仕方ないか」
サリアに視線を向けるとどこか居心地の悪そうな顔になっているのを見て、苦笑する。
「うぅ…あんまりその話は蒸し返さないでくださいよー」
「それは気が向いたら蒸し返してくださいという前振りだな。サリアの所為で忘れるところだったけど、二人ともヴァイスから何をするか聞いているか?」
「ま、前振りじゃないですし!それ私の所為なんですかーーー!」
もちろんですという笑顔を向けて、肩を叩くとサリアが顔を真っ赤にしながら足を止めてしまうが、リオンと共に東の森の奥へ足を進める流星。
突然足を止めた彼女を待つ人間はここにはいない。
「正直なところ、依頼もないからスレイさんについて行けって言われて追い出されたんですよね」
脳内で、サムズアップする胡散臭い支部長に思わず、嘆息が漏れる。
思わず、果実酒を飲みすぎて用意するのも忘れたんじゃないかと勘繰ってしまう。
「さて、今からする事だが…昨日の残党がいないかの確認と東の森の安全の確保ってところか」
「巣も壊したのに打ち洩らしっているんですかね?」
リオンの疑問ももっともだが、打ち洩らしは稀にある話だ。
一般的に巣を破壊された魔物は、人里に近寄らずにその場所を離れていく。
リーダー格の魔物が生き残っていると生き残りを纏めて攻め込んでくる話もあるが、それは特殊なケースだ。
「まぁ、たまにいるけど本命は、安全の確保だな」
「ちょっと!!!リオーーン!!スレイさーーーん!!!!なんで置いて行くんですか!!!」
後ろから賑やかな声を上げながらサリアが迫ってくるが、すかさず後ろに回りこみそのまま抱きかかえる。
「ひゃあっ!!ちょっ…スレイさん!?」
少女一人を軽々と持ち上げて、なだらかな山道を進んでいく流星。
彼にとっては、昨日のオークの群れを灰にした意趣返しのようなものだ。
もっとも、担がれて運ぶ少女としてはたまったものではないだろう。
「よーしリオン、このままいくぞー」
「わかりました。サリアは、そのまま運ばれて行ってねー」
「うぅ…これ、昨日と同じ構図だよー」
「灰にした罪は重い。ちなみにあれ、然るべき場所で換金すると二人がもらった腕輪分以上になったりもするから仕方ないな」
荷物のように運びながら、獲物の素材について講義を続けながら森の奥へと足を進める一行。
もっとも、真っ赤になった少女がどこまで話を聞いていたか、隣で笑顔を浮かべていたリオンだけが知っている。