少年と
「…で?で?」
「えと……いつも、僕、訓練についていけなくて…」
「なんだ。チビで、体力もないのか!」
「ついでに言うと、力も、です」
「それでよく騎士になったの!!」
ケラケラとラーラは腹を抱えて笑う。ゼレははは、と乾いた声で返すが、背には嫌な汗が流れて止まらなかった。
「騎士は民を守る矛だ。矛がそれでは、使い物にならんだろう」
「はは……ごもっとも、です」
どうして次期皇女の部屋で僕は自虐的なことを話しているんだろう。……用件は終わったというのに、帰るに帰れない。
苦笑いで会話を進めてきたが、そろそろ……ゼレは正直、疲れてきていた。自分はそれほど話上手なわけではないし、この状況にもまだ慣れていない。
どうにか話を切らせられないだろうか。
本気でそう考え始めた時、
「お前、謝ってばかりだな」
「え」
再び眼前にラーラの顔が迫っていた。
「怒らないのか」
「……ラーラ様は、僕を怒らせたいのですか?」
「いや、そのつもりはない、のだがな」
「?」
「…なんでもない。優しいのだな、お前は」
「……………」
優しい、のだろうか。
ゼレは思う。
他者を思うのは当然だ。
先ほどすれ違った騎士たちの言も、単に己が未熟なせいだ。
矛になる力がないのも、
敵を前に気絶するのも、
全て、己の未熟さゆえだ。
ゆえに、ゼレは怒らない。怒るべきは己だと常々自覚していた。
「………うん、話を戻すぞ」
空気が重くなったのを感じたのか、ラーラはゼレから離れ、言う。
「ゼレは、何故騎士になったのだ」
彼女は小首を傾げ、輝かしい瞳をゼレに向けた。
「力のない者が騎士になるべきではない、とは言わん。だが、約5年前から騎士であったと聞けば、気になるだろう。何故、騎士になった。何故挫折せんのだ」
挫折するのを薦めている訳でもないぞ。
そう付け加える次期皇女を前に、ゼレは少し目を伏せた。
ゼレは口許に苦笑いを含めた。
「僕は………記憶が、ないんです」
戸惑いがちに告げられた言葉に、ラーラは目を見開いた。
伏せられた目を覗き込む。ゼレの視線は横に行き、続ける。
「5年前に……ハクノール隊長に、南の、戦場で拾われたらしくて………その、そのまま、騎士に」
「戦争孤児か」
「わか、りません。何せ、拾われる前の記憶がなくて」
「む、そうか。5年前の大戦……ユース島か?」
「あ、いえ、対岸の港町、だそうで」
「ユリエ港か。ふむ、確かに、あそこは獣人の襲撃をうけ、破棄された港町だ。お前はそこの出身か」
「恐らく………」
正直、自信はない。
拾われてから、その港町に行ったことがなかった。アルクノーク帝国は大陸の中心部にあり、馬車を借りれば行けないことはないのだが、許可が降りなかった。
危険だ、と。
だから、ゼレは己を振り替えることをやめた。
過去よりも、今を取ることを選択した。
「僕は、僕を拾って育ててくださった隊長の役に立ちたくて、騎士を続けています。……それに」
「それに?」
「僕は帝国が好きです。帝国に生きる人が好きです。その……僕は力がなくて、あまり、役に立てないかもしれないけど、帝国のために何か、したいんです」
「そのための騎士か」
「………はい」
ゼレは、ようやく顔を上げた。