アルクノーク城
城の門では、ふたりの門番がふたり、立っている。
鎧を身につけているが、騎士の鎧ではない。
皇帝直属の私兵かーー
「元老院の私兵、かな」
アルテミラ・ノーク議会。
騎士が帝国を守る存在であるならば、議会は帝国の法、政治を司る存在として国を支えている。
議会のなかで権力をもち、発言に多大な影響を与える権力者は、元老院と呼ばれている。
元老院は独自に帝国を裏から支え、実質かれらが政治を操っているといっても過言ではない。噂によれば、皇帝の弱味を握っていると囁かれていた。
そのため政治的な敵も多く、私兵を募り、護衛にあたらせている。
「城の警護は騎士の務め………なんだけどなぁ」
騎士団と議会、特に元老院はお世辞にも友好な関係とはいえない。騎士団の物理的な実力と影響力は政治を左右し、元老院にとっては自分たちの邪魔でしかない、らしい。
「仲良くすればいいのに……」
ゼレにとって元老院はあまり関わることのない存在であり、あまり両者の確執には詳しくない。
改めて前を見据え、緊張で震える声を絞り出ーー
「そこの騎士」
ーーせなかった。
ひっ、と肩が跳ねる。
門番はあからさまに怯えるゼレを更に眉を寄せ、声のトーンを落とす。
「おい。ここをどこだと思っている」
「騎士の入城は騎士団長以外禁じられている。それを知っているのか」
圧力を込めた言葉にゼレの喉が一層震えだす。
が、懐のーー封筒一式を思いだし、続けて己の役目を思い出す。
「……え、えと、ら、は、ハクノール隊の……」
「は?何て?」
「……怪しいな、はっきり喋らないか」
やばい。
やばい。
緊張で声が出ない。恐い。
だが、やらなければ隊の恥ーー!
「これを!!」
ゼレは最後の切り札、と言わんばかりに、懐から封筒と騎士証明書を突き出した。
「ら、ラーラ様に直接渡すよう、は、ハクノール隊長から任を受けました、ぜ、ゼレ・ハクノール、です!」
こうなれば勢いだ。
事前に隊長から言われていたことを言うだけ。ゼレは門番が目の前にいるのを忘れ、声を張り上げる。
「こ、これはき、騎士団長からの任でもあります、ので!門をあけ、あ、開けてください!!」
ゼレは最後の締めとして、ぶぉん、と音が鳴る勢いで頭を下げた。封筒と証明書は突き出したままだ。
思わず目をきつく閉じる。
「おまーー」
「お願いします!!」
「いや、お」
「お願いします!!」
「……わか」
「お願いします!!」
「わかった!!!」
「おねーーて、え?」
が、と肩を掴まれ、無理矢理体が起き上がる。
ゼレはきょとんと目を丸くする。
門番の兜から、はぁ、と重い溜め息が聞こえた。
「わかった。お前が騎士なのはわかった」
「証明書に偽りはない。が、封筒はこちらで預り、こちらからラーラ様に渡ーー」
「だだだ駄目なんです!!」
「おわっ」
ゼレはすがり付くように声をあげた。
駄目だ。
それでは、直接渡すという隊長からの指示が通らない!
「直接、直接じゃないと……!」
役に、立てない。
このままじゃ僕は。
ネガティブな感情がゼレを襲う。
自然と目に涙が溜まる。
必死な形相の少年に、門番はう、と呻いた。
しばらくのにらみ合いの末ーー門番はやれやれと首を振った。
門が開いていく。
ゆっくりと、その偉大さを噛み締めるように。
「くれぐれも失礼のないようにな」
門番の声に頷き、ゼレは城のなかに踏み出した。
が、すぐにまた別の私兵に歩みを止められる。
「……案内する」
「あ、どうも、です」
それだけ言うと、案内の私兵はくるりと振り返り、淡々と先に進んでしまった。ゼレは慌ててその背を追う。
白の清潔な壁、床に敷かれた赤い絨毯。
どこまでも続くと錯覚させられるような廊下を行く。
「………ここだ」
廊下の行き止まり。
白に囲まれた赤い扉で、ゼレは足を止めた。扉の前の私兵はこちらを見向きもしない。
ゼレはどうしたものか、と案内の私兵を見上げるが、その私兵すらも視線を合わせてくれない。
「……あ、ありがとう、ございます」
ゼレは一度礼を述べ、扉と向き合う。
「えと…………帝国騎士団【聖騎士】ハクノール隊小隊長補佐、ゼレ・ハクノールです。ら、ラーラ様に直接お渡したいものがーー」
「入れ」
「ありまして………って、あ、は、はい!」
扉の向こうから聞こえた声に従い、ゼレは扉に手をあてる。
背筋を伸ばし、ゆっくりと押した。
「……よくきたの、騎士よ」
窓から射し込む光に照らされ、白の髪がさらりと揺れる。
ゼレと同じーー灰色の瞳が、優しくゼレを見つめていた。
ラーラ・アルクノーク。
アルクノーク帝国皇帝の孫。
そして、帝国の次期皇女でもある彼女は、少女だった。