薬師ののんびり旅紀行 九話
ということは、銀の指輪は、持ち主承認の為にわざと濁らせておいたわけね。納得。
「こういうのって、アーティファクトっていうんだっけ?」
「そう。人工遺物。はるか昔に作られた偉人の遺した物さ。こういったものは、迷宮で入手できることが多い。それの意味するところはつまり、迷宮もはるか昔の偉人が作ったとされているからなのさ」
「え、じゃあ、魔物もそうなの?」
「さあ。一説には、宝を守るために作られた人工生命体であるとか、魔物を閉じ込める為に迷宮を作ったとか、いろいろ諸説はあるね。でも、どれが本当でも僕らには関係ないことさ。どちらにしろ、僕たちが用のあるのは迷宮の宝なわけだから」
迷宮に入るのは、そこに隠されている宝を得て、富と名声を得るため。わかってはいるけど、なんではるか昔の偉人たちは、迷宮に隠したのか、その意味を知りたいと私は思うな。
そこに隠した意味。私なら、なにかすごいものを作り出したらどうするだろう?
例えば人の役に立つことなら公表したい。でも、戦いに使われるものとかだったら、考えちゃうかも。使われたくなくて、でも、自分で作った発明品を壊したくもなくて。
どうしたらいいか迷った時に、迷宮を作ることを考えたら。もしくは、魔物を閉じ込めるために迷宮があったのなら。
そうしたら、わたしも迷宮にその発明品を隠すのだろうか。
それとも。
迷宮って、人間にとってはお宝の山で、忌むべき魔物がいる場所だけど、実は新しく生まれた生命体である魔物を暮らさせるために作った家だったりするのかな。
それで、そこに家を作った代わりに、人間に発明品が渡らないように守ってもらう契約を結んだとか。
うーん。
そんなこと、あるわけないかな。
……考えても仕方のないことだもん。もうこの話はやめやめ。
「おかげですごく良い掘り出し物が買えたよ、ありがとう。でも、金貨十五枚で大丈夫だったのかな。アーティファクトなのに」
「そのくらいのものなら大量生産されていたからね。けっこう安めに買えはしたけど、そこまで気にすることじゃないと思うよ。もう少し小さめの容量なら金貨一〇枚くらいで買えるから」
「そうなんだ。買い叩いちゃったかと思ったよ」
「はは。気にし過ぎ。たとえそうだとしても、それは売ったほうが間抜けなだけさ。もうすでに買って所有権は移ってるんだから」
「う、うん」
なんだかアグニって、独特? な物の考え方をするのね。冒険者ってこんな感じなのかしら。おばあちゃんの所に来てた冒険者のおじさん達はは、もう少しこう、うだつのあがらない……あ、悪口になっちゃった。やめとこ。
「それで? ユーリィはどこに行くのかな」
「ああ、えっと。そうだなあ。このまま南下してミートスまで行ったら、定期船でハイツリーブ国のライドに行くつもりだったんだけど。アグニはなにか予定はあるの?」
「いや。今の所はないかな。ならミートスに行こうか。あそこはたしか港街で漁業が盛んだから、新鮮な魚を生で食べられるんだよ」
「え、魚を生で? お腹壊さないの?」
「大丈夫。美味いから、着いたら食べに行こう」
生の魚……。
私、焼き魚か煮物の魚しか食べたことない。大丈夫なのかな、生なんて。
思わずお腹を擦ってしまう。これから先の私の胃袋は大丈夫だろうか。
そんな私がおかしかったのか、アグニが「ははは」と笑う。その笑った顔はとても爽やかで、風に靡いた赤い髪の毛も日の光でキラキラしていて、すごく眩しかった。
「どうかした。僕の顔になにかついてる?」
「え? あ、いや。ううん。なんでもない。ただ、アグニの髪って綺麗な赤い色してるなって思って」
「ああ。髪の色ね。たまに言われるんだ。この地方では赤髪って珍しいみたいだからさ、南方じゃけっこうよくみる色なんだけど」
「そうなんだ。私は茶髪だから、羨ましいよ。緑の髪色なんてのも見るとすごく憧れるし」
「僕は気にしたことはなかなからなあ。髪の色で性格を決め付けられることもよくあるから、それについては一言いいたいけれどね」
「ああ。なんだか赤髪って喧嘩っ早い感じとか、短気で性格が豪快なイメージがあるよね。でも、アグニってその真逆いってる感じ。冷静沈着で、物事をよく見ているというか」
「そう見えるのなら嬉しい限りだよ。やっぱり赤髪だと、世間一般では、最初に言ったようなイメージを持たれることが多いからね。僕は常々違うと声を大にして言いたいと思っていたんだ」
「あはは。アグニでもそんなことあるんだね。わたしもよくあるよ」
「へえ、たとえばどんな?」
「そうねえ。たとえば……」
たとえば、全属性の魔法石を作れるのに、作ってからじゃないと、魔法が使えないのはなんでとか、なんで世界中を旅してからじゃないと店を持っちゃいけないのとか、あとはなんでもっとこう、可愛くないのかな、とか……髪の色も緑とか水色とか金髪とかさ、目の色だって碧眼なんて羨ましいし。
あとは、もうすこし年齢に合わせた体系だったもっとモテるんじゃないのかなとか、顔のパーツだってもうちょっと整っててもいいんじゃないのかな、とか、目ももう少し大きくてもいいのにとか。
考え出したらきりがないくらいたくさん出てくる。
それをアグニに言ったら大爆笑されて。
どうせないものねだりばかりですよーと拗ねて見せると少し慌てたようで。
「大丈夫。少なくとも僕にはユールィは可愛く映ってるから」
なんて殺し文句を言ってくれたりした。
なにこれ。
恥ずかしくて死にそう。
私、今、絶対顔真っ赤だよ。だって耳まで熱いもの。
「……アグニだってすごくかっこいいじゃない」
「え、なに? 聞こえなかった」
「なんでもない」
二回はさすがに言えない。でも、顔だけじゃなくて、なんていうか、ひょうひょうとしてる、のかなあ。ちょっと違うか。表現の仕方が難しいけれど、アグニって、冷静で独特で、でも気配りもできて。そういうのってすごくいいと思う。
私も少しは見習った方がいいのかもしれないね。とくに気配りのほう。
一応女だし。がさつで大雑把だなんてあまり思われたくはないじゃない?
できればいい女を目指したい私としては、まずはアグニにそう思われれば、まずまず第一は合格だと思うのよね。
この旅でいい女になる修行もしようと密かに考えてたから、ちょうど二人旅になったし、野宿の時なんかは料理でポイントを稼いでみよう。
香辛料はたくさんあるから、美味しい料理は作れるはずよ。
あとは、兎や鳥が取れれば一番いいんだけど。でもまあ、乗合馬車だとお金を払えば食べ物の販売もしてくれるし、野宿でもしない限りはそうそう料理する機会なんてないんだけどね。
他にできることといえば、やっぱり仕事よね。薬の調合や、薬草の見分け方に、錬金術を少々齧った程度。これが私の最大のアピールポイントだから、目一杯活用しないとね。
そんなことを考えながら、私はアグニと一緒にミートス行きの乗合馬車の乗車場所へと向かっていた。