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薬師ののんびり旅紀行  作者: ちゅんちゅん
お店と両親と教皇とアグニ
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薬師ののんびり旅紀行 八十三話 最終話

「どうしてそんなことを言うんですか。そんなの、今更です。お父さんやお母さんは、今も不安な日々を送ってるはず。それなのに、殺す指示を出したあなたがそれを言うんですか」

「そうだ。だが、わしでもどうにもならん時がある。戒律は、守らなければならんのだよ」

「戒律って、そんなに大事なものなんですか。娘の命よりも優先しなければならないほどのものなんですか。それとも養女だから親子でもなんでもないの?」

「そんなわけがあるか。カチュアは今でもわしの可愛い娘だよ。そしてお前はわしの孫じゃ。どうか、今だけはただの爺と思ってはくれないか」


 そんなことを言われても。

 私はアグニの背中の服を掴む。そうすると、アグニは後ろを少しだけ見て頷いてくれる。その励ましが、私にはとても心強いものだった。

 おばあちゃんは、さっきの教皇みたいに大きな溜息を吐くと、言った。


「あんたも馬鹿だねえ」

「言われんでもわかっとるわい」


 おばあちゃんの態度が軟化した。そして私を見て頷く。この場は信じてもいいってこと、だよね。


「陛下との歓談の時、お父さんとお母さんにも会うんですか」

「そのつもりじゃ」

「……その時は私も連れて行ってください。あなたの言うことが本当か、確かめます」

「よかろう。三人揃ってついてくるといいじゃろう」


 少しだけほっとした様子の教皇。私には本当にただ、娘に会いたい一心で来たお爺さんに見えた。

 そうして私達四人は、王城へと行くことになった。表向きは陛下の友人とおばあちゃん。そして、その孫達、というふうにしていた。

 通された部屋には、陛下と思われる人が豪華なソファの真ん中に座って、その右側のソファにはお父さんとお母さんが座っていた。

 私達を見た二人はすごく驚いてて、教皇の真意を探るような目つきでただじっと教皇を見ている。


「よう来てくれた。席に座るといい」

「久しぶりじゃな」

「そうだな。ゆっくりと話したいところだが、ラゴラスには時間があまりないだろう。わしは席を外そう。娘とよく話してみるんだな」

「すまぬ」


 陛下はそれだけ言うと立ち上がって部屋を出て行ってしまった。本当にいいのかな。私たちだけで。そう思っていると、教皇が話し出した。


「今日はただのラゴラスだ。そう思って話を聞いてほしい」


 そう言って、お父さんとお母さんを見つめる。


「まずは、どこぞの教皇のせいで、こんなことになってしまい申し訳ない。わしでも止めることはできなんだ。そういう立場だからこそ、しなければならなかった。本意ではないことはわかってほしい」

「それはわかっています、義父さん」

「わしをまだそんなふうに呼んでくれるのか、カチュア」

「当たり前です。義父さんが戒律に縛られていることは重々承知しています。ですから私達は亡命先にこの国を選んだのです。義父さんと親交のあるリドリム陛下の国を。いつかこうして話をする時がくることを信じていました」

「そうだったのか……。わしは、本当に大馬鹿者の頑固爺じゃな。大事な娘を失っても座を降りることもできない、どうしようもない爺じゃ」


 教皇は項垂れて沈んだ様子でそう言う。お母さん達のこと、本当は殺したくなかったってことだよね。


「今は、信仰はどうしている?」

「二人ともリウラミル教に改宗しました」

「そうか。それがいいじゃろう。アラリス教は固くていかん。……そうか。ならば、もう追うことをしなくてもよいじゃろう。アラリス教徒ではないのだからな」

「義父さん、それじゃ」

「ああ。もう大丈夫じゃ。わしが教皇にそう伝えておこう」

「義父さん、カチュアを妻にしてしまい、奪ってしまい申し訳ありませんでした」

「それはもうよい。それに、その言葉は言う必要のないものじゃよ、ラミアン・ロングラス。お主のおかげでわしは可愛い孫娘を見ることができたのじゃからな」

「……ありがとうございます。義父さん」


 カチュアお母さんと、ラミアン父さん、そして、ラゴラスお祖父ちゃん、か。

 三人は涙を流しながら肩を寄せ合ってる。私はどうしたらいいんだろう。アグニとおばあちゃんを見ると、優しく前に押し出してくれた。


「あの……」

「……ユーリィ」


 私は少し怖かったけど、頑張って三人を見ることにした。三人も私が何を言い出すのかと、不安そうにしているのがわかった。私と同じで不安だったんだね。

 うん。お祖父ちゃんにできて、私にできないはずがないよね。


「ごめんなさい!」


 私は立ち上がって深くお辞儀をする。そして、三人をしっかりと見て、続ける。


「カチュアお母さんと、ラミアン父さん、ラゴラスお祖父ちゃん。私、どうしようもない子供だった。自分のことばかりで、皆の気持ちのこと全然考えてなかった。お母さん、お父さん、この前は拒絶しちゃってごめんなさい。どうしたらいいのかわからなかったの。だけど、私、言っちゃいけないことを言った。本当にごめんなさい!」


 私は大声でそう言うと、呆気にとられてた三人は、とても優しい笑みでおいでと手招きをする。

 誘われるままにそばにいくと、私は三人に一斉に抱きつかれた。


「ユーリィ。ああ、私の愛しい子」

「ありがとう、ユーリィ。父さんと呼んでくれて」

「ユーリィ。すまなかった」

「私もごめんなさい。会えて嬉しい。こんなふうにお母さん達と話をしてみたかったの」

「これからはそれも叶うじゃろう。頑固な教皇がいなくなるからな」

「お父さんとお母さん、改宗したんだから、これからも会えるよ。お祖父ちゃん。私も会いに行く。また、聖水のところで会おうよ」

「そうだな。そうしよう」


 雨降って地固まるって、こういうことをいうんだよね。

 私は清々しい気分になって、アグニとおばあちゃんを見た。二人とも嬉しそうに笑ってる。私も自然と笑ってた。

 そうだ。あの人、いるかな。

 私は部屋の中を見渡すと、護衛の人が四つ角に立っていた。

 いた、あの人だ。

 私は抱擁から抜け出すと、その人の前に立った。


「あなたもごめんなさい! お仕事だったのに、ひどいことをいいました。私、あなたのこと、嫌いじゃないです」


 お兄さんが呆気にとられているその時。

 私の背後で身も心も凍りつくような殺気を感じた。

 やばい、これってヤンデレスイッチ押しちゃった?


「ユーリィ。その男、なに」

「あ、これは、その」

「その男のことが好きなの?」

「違う! ただ、嫌いじゃないってだけで」

「ふうん。それで? その男と仲良くしたいのかな。俺から逃げられると思う? 逃がさないよ、ユーリィは俺のなんだから、ね」

「したくないしたくない! こんな人と仲良くなんかしたくない! 私はアグニと仲良くしたいの。アグニが良いの、アグニと結婚したいの!」


 あ、私、なにをこんなところで言ってるの!

 かあっと首から上が熱くなる。心臓は早鐘のようだし、もうなにを言ってなにをどうしたらいいのか、パニックになってわけがわからないよ。


「あらまあ。そちらの方はユーリィの好い人なのね」

「えっ! あ、うん。私の大好きな人なの」

「ゆ、ユーリィ。会えたばかりなのに、もうお嫁に……」

「ふむ。たしかゴルド・レイドットの孫だったな」

「そうです。ユーリィのご家族の方々。俺はアグニ・レイドットといます。冒険者で、今はユーリィと一緒に暮らしていて、もうすぐ結婚予定です」

「ゆ、ユーリィが結婚……」


 なんだかお父さんが放心してるんだけど、放置してていいのかな?


「ですが、もうすぐ、ではなく、今ここでしたいと思います。ユーリィ、いいだろう? ラゴラスさんがいるうちに」

「あ、うん。そうだよね。お祖父ちゃん帰っちゃうし」

「あら駄目よ! 結婚するならちゃんと教会でしなくちゃっ。義父さん、一日くらい遅れたってかまわないわよね? 決まりよ。明日にしましょう。さ、ユーリィはこちらに。ドレスを選ばなくっちゃ。ミランダさん、行きましょう」

「そうさね。男共はここで歓談でもしているといいさね」


 私はお母さんとおばあちゃんに連れられて、部屋を出て行く。ドレスって、もしかしてウエディングドレスのこと? 私が着るの?

 急展開についてけなくて、目をぱちくりさせる私。


「ユーリィ。急なことだけど、嫌だったら言うのよ。もっとちゃんと準備してやりたいものね」

「それは、かまわないんだけど。でも、いいの? 私、ドレスなんて着たことないよ」

「大丈夫よ。リドリム陛下に言えばすぐに用意してくれるから、手直しするだけよ。好きなの選んでいいんだからね」

「う、うん」


 なんだか急に張り切りだしたお母さんは、目を輝かせて私にドレスをあてていく。これもあれもそれもと、まるで人形遊びみたいで。私は目が回りそう。

 だけど、皆嬉しそうな顔をしてたから、これでいいのよね。それに、私も早くアグニと結婚したかったし……。

 あ、ルチアちゃん達も呼ばないとね。連絡してもらおう。

 そうして翌日。

 城内にある教会で、私とアグニはめでたく結婚するのだった。

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