薬師ののんびり旅紀行 八十二話
そうしてあれからすぐに私は元の公園に戻された。連れて行ってくれたのは、私を誘拐したお兄さんだった。
「もう私のこと、草を使って見張らないでください。迷惑です。それに、あなたのこと、今すぐにでも憲兵に突き出したいくらい怒っています」
「そう。でも君が怒る怒らないは、私には関係ないね。私は職務を忠実にこなすだけだ」
すまし顔でそう言うのも、すごくむっとなった。
「私、あたなのこと嫌いです」
そう言って私はその場を去った。もう二度とあの人に会いたくないわ。
それから、私が休憩時間になっても帰ってこないことを心配したアグニが、ルチアちゃん達にも協力してもらって、私のことを探し回ってくれていたことを知る。
私はアグニを見たらぽろぽろと涙を流して抱きついた。
自分のやってしまったことを今更だけど後悔した。私の両親だったのに。初めて会えたのに。なんでもっと優しい態度が取れなかったんだろうって。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「いいよ。ユーリィが無事だったんだから、もういいよ。大丈夫だ」
背中をポンポンと優しくあやすように叩いてくれるアグニ。だけど、違うの。私が謝りたいのは。
謝りたいのは。
両親、なの。
そのあと、私は泣き疲れて眠ってしまったみたいで、目が覚めた時には自分の部屋のベッドだった。
「おばあちゃん」
「おはいり」
目が腫れてるけど、それよりも話を聞いてほしくて私はおばあちゃんの部屋の扉をノックする。中からおはいりって優しい声がして、私は安堵の吐息を零す。
おばあちゃんならなにかいい方法を知っているかもしれない。そう思えたの。
「おやまあ。ずいぶんと赤く腫らしちゃってまあ。ちょいとお待ち、タオルを持ってくるから」
「ううん。いいの。今はおばあちゃんのところに居たい」
「あらまあ。甘えん坊だねえ、ユーリィは。こっちにおいで」
誘われるままにおばあちゃんのところに行くと、頭をポンポンと撫でてくれる。とても安心できる手だった。
私は攫われていた時のことを話す。そうすると、おばあちゃんは少し難しい顔をしていて。
「私、今、後悔してるの。もっと優しくすればよかったって。だって、今までずっと私に会いたくてやっと会えたのに、ひどいことを言っちゃった。自分が子供過ぎて嫌になっちゃう。嫌われちゃったよね、きっと」
年では成人してても、まだまだ私は子供だったってわかった。
これからどうしたらいいんだろう?
もう一度会いたいって言ったら会ってくれるかな。あんな態度をとった私なんて、もう会いたくないって思われたかな。なんだか怖い。
「大丈夫だよ。ユーリィの両親はそんなことでは嫌いにならないよ」
「本当にそう?」
「本当さ。わたしがユーリィに嘘を言ったことはあったかい?」
「ううん、ない」
「なら大丈夫さ。今度はもっとちゃんとした方法で会いに来てくれるさ」
「そうかな」
「ああ、そうとも。それに別の草も動いたようだからね。今回のことで居場所がわかってしまったから」
「あっ、そうか。私をつけてたら王城に行ったのわかっちゃうよね」
「それを覚悟で連れてこさせたんだろうね」
「そんな。なのに私」
「ああ、もう大丈夫だよ。ほれ、泣かないの。アグニに心配かけてしまうだろう。あの子も辛そうにしていたからねえ」
「うん」
アグニにも謝らないとね。私が散歩に出かけなければ、こんなことにはならなかったのに。私が余計なことをしたから。皆に心配させてしまったんだ。
「ユーリィ? おかしな勘違いはするんじゃないよ。アグニ達はあんたのことが好きだから探し回ったんだ。だから、自分のせいでなんて言って責めるんじゃないよ。わかったね」
「わかった」
私の考えてることがおばあちゃんにはわかっちゃう。
それと。
教皇の草。
教皇はどう出てくるんだろう。王城にいるから下手なことはできないとは思うけど、お父さんとお母さんに何かがあったら嫌だ。
だけど、それから二週間経ったけど何も起らなかった。伝書鳥を使えばすぐにでも連絡くらいならできるのに、そうしたらもう何かしらのアクションがあってもおかしくはないのに。
「油断はするんじゃないよ」
「うん」
「今度は俺から離れないで。わかったね、ユーリィ」
「わかった」
おばあちゃんとアグニが心配してくれるけど、やっぱり少し不安で、私はアグニの袖をちょんと摘まむ。
「どうかした?」
「なんでもない。ただ、なんとなくこうしたかっただけ」
「そう。なら俺も」
そう言ってアグニは私のことを優しく抱きしめてくれる。おばあちゃんはそれを微笑みながら見ていた。ああ、なんだか和むなあ。
もしかしたらこのまま何も起らないで終わるかもしれないよね。相手が陛下だったら、教皇だって手出しできないだろうし。
そう思って私はふふ、と微笑む。大丈夫かもしれないと言い聞かせた。
だけど。
やっぱりおばあちゃんと言う通りだった。油断はしちゃいけないんだって。
「教皇……」
お客さんだと思って、いらっしゃいませと声をかけた相手。それは、すれ違いざまに見た教皇だった。
なんで。
よく見ると、服装が平民と同じ。もしかして、お忍びなのかな。私はアグニの後ろに隠れる。おばあちゃんは、私を教皇から見せないように前に出てくれた。
「おやまあ。誰かと思えば頑固爺じゃないかい。ここへなんのようだい。あんたの求める血生臭いものは、うちじゃあ売っとりゃせん。そうそうに帰られるがいいさ」
「ふん。偏屈婆が。わしはそこの娘に用事があってきたんじゃ」
「ユーリィは渡さない。近寄れば、切る」
「お主の名前はユーリィというのじゃな。わしはラゴラス・ミルストラじゃ」
「ユーリィの名を気安く呼ぶな」
アグニがそう言うと、ふむ、と顎を撫でて間を置いた教皇。なんでここにいるの。私を殺すために来たの。
「私をそんなに殺したいの、教皇」
だけど、その言葉に一瞬だけど深く傷ついたような目をする。なんで、そんな顔をするの。傷つけられるのはこっちなのに。
教皇が目を瞑って口を開いた。
「これから、極秘裏に陛下と歓談する場を設けることになっておる」
その言葉に私は逆に目を見開く。それってつまり、お父さんとお母さんのそばに行くってことだよね。二人を殺すの?
「お父さんとお母さんを殺しに来たの?」
「極秘裏に、つまりお忍びできたのだ。わしは今はただの頑固爺じゃよ」
疲れたように首を横に振りながらそう言う教皇は、深く溜息を吐いて私を見た。
「立場上わしはお前たちを追わねばならん。だが、それはアラリス教の教徒のみに適用されることじゃ。お主はリウラミル教徒じゃろう」
「はい」
「ならば、わしが追う理由はないな」
「なら、ならどうして草を使って私を見張るんですか。理由がないのなら、そっとしておいてください」
「孫を。……孫の様子を知りたいと思ってはいけないのか」
え。孫って。たしかに私はお母さんが教皇の養女だから、書類上では教皇の孫になるのよね。
だけど、それを教皇が言うの?




