薬師ののんびり旅紀行 八十一話
庭を潰しておばあちゃんの部屋を増築したのが今日、完成した。二週間はかかったかな。そしてその頃にはルチアちゃん達も良い物件を見つけて、今は開店作業に追われてて忙しいみたい。
「おやまあ、日当たりも良い特別な部屋だね。ありがとうよ、ユーリィ」
「うん。それはいいんだけど、おばあちゃん、そろそろどこに行ってるのか教えてほしいな」
「どこへ、かい?」
「はぐらかさないで教えてよ。ここ数日出かけてるじゃない」
「そうさねえ。まあ、草が煩いと文句を言いに行ってきただけさ」
「草? って、あ! 教皇の?」
「いいや、もう一つ別のほうさ」
「もう一つって……どこのか知ってるの?」
「あれはね、ユーリィ。陛下の草さ。この王都カースリドの王城にいるね」
「へ、陛下?」
なんでまたそんなすごいとことへ。
え。あれ? そういえば、お父さんとお母さんは亡命して王城に匿われてるって……。
「じゃあ、もしかしてお父さんとお母さん?」
「雑誌に載っただろう。それを見て、娘に会えるかもしれないと考えたんだろうね。だが、教皇の草は相変わらずいるからねえ。タイミングが中々とれないとぼやいていたよ」
「そうなんだ。お父さんとお母さん、私のこと気にかけてくれてるんだ」
「そりゃあ、愛しい我が子だからねえ。アグニとの関係も、喜んでいたようだよ」
「えっ」
なんか、恥ずかしい!
私のことを愛しいと言ってくれたことも嬉しいけど、それよりもアグニとのことを知られて喜ばれる方が恥ずかしいんだけど。
そりゃあ、両親に会えるかもしれなくて、しかも、私を捨てたわけじゃなくて、やむを得なかったからおばあちゃんに預けてってこと、それはわかるんだけど、でも、薄情かなあ。私、天秤にかけたとしたら、間違いなくアグニの方に傾いちゃうよ。
「もしかしたら会えるかもしれないんだよね。私、会いたいけど、でも危険を冒してまではできないよ」
「そうだねえ。まあ、わたしも気をつけておくさ」
「うん」
そう言って、おばあちゃんは荷物を新しくできた部屋の収納に入れていく。
「じゃあ私、売り場に戻るね」
「はいはい」
売り場に戻るとアグニがもういいの、と視線で聞いてくる。なんだかもう熟年夫婦のよう。でも、まだ正式には結婚してないんだよね。役所に届けてないもの。店が軌道に乗って落ち着いてきたら、その時は届出しようかな。アグニと一緒に。
「なんかね、もう一つの草なんだけど、あれ、ここの王城に匿われてるお父さんとお母さんが、陛下に頼んで出したものなんだって」
「じゃあ、もしかして、もうすぐ会える?」
「どうだろう。私は危険を冒してまで会わなくてもとは思うけど」
「そこまでして会う必要がないの?」
「うん。私、アグニと一緒にいるほうがいいもの。薄情だよね」
「いや、顔も知らないんだ。そう思うこともあるよ。あと、ありがと。俺を選んでくれて。だけど、両親に会えるなら会っておいたほうがいいよ。会いたい時にはもう会えないことだってあるんだから」
「……うん。そうだよね、わかってる」
アグニの両親はもういないんだ。私の悩みは贅沢な悩みなのかもしれない。
もう少し、考えてみよう。
とりあえずこのことは後で考えるとして、私は店番を交代する。今はお店のことだけ考えよう。まずは生きていく為にも軌道に乗らせないとね。
翌日。
休憩時間に私は気分転換するために近くの公園に行くことにした。アグニは一人にならないでって言ってたけど、公園だし、周りにたくさん人がいるから大丈夫よね。
「はあ。森林浴って気持ちいい」
森の小道という所で深呼吸を数回。なんだか心も体もリフレッシュされた気分。たまにこうして外に出るのもいいね。でないと変なように解釈しちゃうから、なんでもかんでも。
ゆっくり散歩していると、男の人とすれ違った。こんちには、と挨拶されたので私も挨拶し返そうとしたんだけど、あれ? なんだか、変。
すごく、眠いんだけど。これって、液体の睡眠剤?
しまったと思った時にはもう遅かった。
私は視界が暗転していく中、男の人に抱えられるのがわかった。
草だ。
……やっぱり出なければよかったな。
「もうそろそろ目覚めてもいいはずですが」
「薬の量を間違えたのでは」
「娘は大丈夫なのですか」
なんだか騒がしい。もっとゆっくり寝かせてよ。
そう思って寝返りをうった時、私はがばっと半身を起した。
「気がついたのね!」
誰?
なんだかよくわからないけど、ここから逃げないと。私はポケットに忍ばせていた癇癪玉を投げつけた。すると、爆発音がして、もくもくと煙が出始める。
音を聞きつけてきた男の人達、騎士? が、私の目の前にいた人を助けるように身を引かさせる。
隙をついて逃げようとしたけど、音が大きすぎたのか、わらわらと騎士が部屋に入ってきて、逃げられず。投げつけるなら魔法石にすればよかったと私は後悔した。
「待って、ユーリィ!」
なに? なんで私の名前。というか、この女の人、どこかで見たことがある。どこだっけ。そう思ってふと鏡台があるのに気がついて見ると、わかった。
「もしかして、お母さん?」
そうだ、私に似ているんだ。この人。
「ああっ、ユーリィ、気づいてくれたのね! 会いたかったわっ」
止める騎士の腕を振りほどいて、女の人は私を抱きしめる。その隣にいた男の人は、目尻に涙を溜めていた。もしかして、お父さん、なのかな。
でも、どうして。
そういえば、わたし、誘拐されたんだった。そこに立っているお兄さんに。どこにでもいる普通のお兄さんだからわからなかった。でも逆にそれが溶け込んでて草だってわからなくさせてるんだろうけど。
けど、こんなことしなくても、どうしても会いたいっていうんなら、私だって拒まないのに。こんな誘拐してまで連れてくるっていう方法をとるの、私、嫌。
「放してください」
「ユーリィ?」
「私を誘拐してどうするつもりなんですか」
私はお兄さんを睨んだ。その後はおそらく私の両親である二人も睨む。
「帰してください。こんな犯罪を犯してまでする必要ってあったんですか? もっとちゃんとした方法で会ってくれるならよかったのに、こんなことして連れてくるなんて。……信じられない」
それは、ものすごい言葉の凶器だったんだと自分でも思う。だけど、本当に会いたいのなら、こんな危険な方法とるはずがないじゃない。私に怖い思いをさせるやり方なんて、愛してるならとらないでしょ?
「早く私を元の場所に返して!」
私は叫んだ。
両親は、崩折れて顔を両手で覆った。きっと泣いてるんだと思う。
だけど、いくら命の危険があったからといったって、許せることと許せないことはあるよ。私は自分の両親だからこそ、こんな方法をとらないでほしかった。
私の想像の両親を押し付けて、違ったからって勝手に絶望してることだってわかってる。だけど、それが私の今の気持ちなんだもの。
仕方ないじゃない。




