薬師ののんびり旅紀行 八話
「で、さっそくだけど、ユーリィは観光らしい観光はしいてないんでしょ。僕が案内するからついてきてよ。なんなら昨日の裏路地でもいいよ」
「じゃあ、裏路地で。私、ひっそりと商いをしているようなお店を探してたのよ、そういうところなら、掘り出し物があると思って」
「まあ、それは間違いじゃないね。掘り出し物に値するものは、大体は変わり者が製作なり所持なりしていることが多いから。ならこっち。昨日とは反対側の裏路地を行くよ。あっちは闇ギルドがある方だからね。そんなところに行ったら命も体もいくつあっても足りないさ」
「そ、そうだったんだ。私、運が良かったのね」
「君を付狙ってたのは何人もいたよ」
「そうなの!? 全然わからなかった……。気配に敏感になってると思ってたんだけどな」
「そうだよ。僕もその一人だけどね」
「え? なんで?」
「女の子が一人、誰か助けを呼んでも誰も来てくれない場所で、襲ってって言わんばかりに歩いてるんだよ。それで狙わなければ馬鹿でしょ」
「馬鹿ってことはないと思うけど……。普通の人とか、お人好しとか……」
「案外そういう人は少ないものなんだよ。誰もいなければ、なにをしてもかまわない。世の中はそんな暗黙のルールの中で回っているんだ」
そんな周りは敵だらけみたいな生活って、嫌じゃない?
私はもう少し信じて生きたいけど。でも、それだけの世界でアグニは生きてきたってことなのかしら。アグニのこと、知らないことが多すぎて、いろいろ聞きたいことがたくさんあるのだけど、今はまだ聞けないわよね。もっと仲良くなってからじゃないと、いろいろはぐらかされそうな気がする。
というか、アグニってば私を狙ったって、どんな風にかな。金銭目的かな。それとも……。いやいや。多分、金銭目的だろうね。だって、私はどこからどう見ても普通だもの。自虐じゃなくて、客観的に見ての話ね。
だから、私をどうこうしようなんて、ごにょごにょのこと目的でってことはないと思う。自分で言ってて悲しくなるけど。だって、アグニ、かっこよ過ぎるんだもの。
時々道行く女の人がアグニを見て、私を見てふんって、勝ち誇った顔をするのよ。むっかーってなるけど、それは事実だから甘んじて受け入れるわ。
だけど、あのお姉さんたちは綺麗だったけど、肌は私の方が綺麗なんだからね。だてに十代じゃないわよ。
「ユーリィ、百面相。なに考えてたの」
「え? いや、なんでも! どんな場所に案内してくれるのかなって思ってただけ」
「そう? そうは見えなかったけど。まあいっか。これから行く場所だけど、店主は無口だから。商品の価格も言わないくらいのね」
「え、それって商売成り立つの」
「顔の表情を見て価格を決めるんだよ。カウンターに金を置いて、表情が渋ければもっと足してっていうふうにね」
「うわ。変わってるのね、その人」
「まあ。どこも変わってるのさ。こういう場所の店主はね。……ほら、着いた。さ、中へどうぞ」
アグニが扉を開いてくれて私は中へと恐る恐る入る。中は窓も締め切ってるからか、薄暗くて数個の蝋燭台の灯りだけで店内を照らしている。
いらっしゃいませの一言もない。これは思った以上に変わっているかもしれない。
だって、こんなに暗い中じゃあ商品もよく見れないじゃない。どうやって欲しい物を探すのかしら。
「ユーリィ、これ持って自分で探して。僕も何か探したいから」
「わかった」
慣れた様子でアグニが蝋燭台を二つ手に持って、一つを私に渡してくる。そっか、灯りは自分で持てってことなのね。それどんな迷宮よ。
内心で突っ込みつつ、私は店内をくまなく歩く。何一つ掘り出し物を見逃さないといったように。そうしてぐるっと回ってみると、一つ、なにか感じるものがあった。指輪だ。
「これ、なにかしら」
手にとってよく見てみると。それはアンティークの銀の指輪なのか、磨かれてもなく表面は濁っていた。商品を大事にするタイプの私はその指輪を磨きたくて仕方がなくなってくる。
ああ磨きたい。綺麗にピカピカのキラリッて磨きたい。
指輪からは魔法的な何かを感じるんだけど、商品名も、どんな使い方かも書かれてなくて、私にはただの魔法石の指輪として見れなかった。
でも、気になってしまった、もとい、磨きたくなってしまったのだから仕方がない。
私はカウンターにいる、真っ黒なローブを身に纏ったお爺さん? の目の前に指輪を置いて、小銭入れからまずは銀貨を五枚。五,〇〇〇セル置いてみた。
うーん、ローブに顔が隠れていてよく見えないわね。
ローブを覗きこんでみると、苦虫を噛み潰したような表情のおじいさんがいた。怖っ!
ど、どうやら安すぎたようね。
今度は金貨を二枚付け足してみる。
そうしてまた覗き込んでみると、今度は少しだけ表情が和らいだような気がした。でも、渋い顔なのは変わらない。
次はもう金貨を三枚置いてみようかしら?
私がカウンターに金貨を置こうとしていると、よこからもう七枚金貨が足された。
横を見るとアグニ。
「え、でもお金の貸し借りは……」
「これは、買った後の贈り物ってことで」
カウンターに置かれた七枚の金貨を取って返そうとしたら、素早くおじいさんが計一五五,〇〇〇セルをぱぱっと持って行ってしまった。すごい速さだったわね。
それから少しだけ様子を窺ってたけど、何も変わらなかったから、私は指輪を左手の中指に填めた。あとで綺麗に磨こう。
「ありがとう、アグニ」
「いいさ。先行投資ともいうしね。君も商人ならばわかるでしょ」
つまり、わたしにはそれだけの価値があるということかしら。
でも金貨七枚。
微妙な価格ね。
そんなことを思っていると、アグニは慣れた様子で金貨をチャリ、と十数枚カウンターに置いた。
ええっ、そんなに高いのってなに?
見たら赤い短剣だった。装飾もすこしされてて、綺麗な短剣。チャームで翡翠の勾玉が付いていた。
金額は合っていたようで、アグニは短剣を背中の腰ベルトに差す。マントに隠れたから見た目には武器を隠しているとはわからない。
「それはどんな効果があるの? 普通の短剣じゃないんでしょう」
「見た目の色の通り、火属性の短剣なのさ。これで切りつけると切りつけた場所から火が噴出すんだ。それでとかすから、血飛沫をあまり浴びずに済む」
「そ、そうなんだ。……すごいね」
「前から狙ってたからね。まだあってよかったよ」
そう言って少し笑顔のアグニは年相応に見えて可愛かったのだけど。でも、短剣の効果を想像して喜ぶなんて、やっぱり少し変わってる。
「ところでユーリィもいい買い物をしたね。その指輪、なかなか売ってないんだよ」
「え、そうなの?」
「知らないで買ったの? それは時魔法の指輪だよ。その指輪だと大体二メートル四方の異空間に物を収納できるんだ。だから君の背負っている背嚢も中に全部入れることができるよ。血を垂らして磨けば、血から出てる魔力で個人登録ができるから、今のうちにしておくといいよ」
「これってそんなにすごい物だったんだ。わかった。じゃあ、磨いてみる」
私はアグニに言われた通りに銀の指輪を自分の血を少し垂らして磨く。すると、指輪が青白くぽうっと光った。
「それで登録完了だよ。試に背嚢を入れてみるといいよ」
「うん。どうすればいいの?」
「念じるだけで大丈夫。ほら、こんなふうに」
アグニが自分でも持っていたみたいで、指輪からポーションを取り出して見せる。
わお。
すごいじゃない。さっそく私も入れてみよう。
えっと、背嚢を指輪の異空間に入れる、入れる……。
ん?
軽くなった!
手を背中に当ててみると、背嚢がなかった。これで盗難の心配がないってわけね。すごい便利。商人には絶対の必須アイテムね。