薬師ののんびり旅紀行 七十九話
それから四日後。
大工さんに依頼した一階部分に壁を作るのが終わって、掃除も終わったその日、一度家に戻っていた私とアグニは、とうとう王都に引越しすることになった。
おばあちゃんも誘ったんだけど、ルチアちゃん達がお金を貯めて、家を買うまでは森の家にいるって。だから、それまでは私とアグニの二人だけね。もしかして、気を使ってくれたのかな。
ルチアちゃん達におばあちゃんのことをお願いして、私とアグニは薬剤店オープンの為に開店準備をした。
私達の荷物は、私とアグニの異空間にしまってあるから、それを各自部屋に置いて、あとは商品を陳列棚やカウンターに並べたり、作業場兼居間に道具を置いたり、地下倉庫に商品の在庫を置いたりして、それらの作業に二日間費やしたの。
「こんな感じかな」
「そうだね。綺麗な薬剤店ができたね」
店舗部分にいる私とアグニは店内を見渡して、やり残したことはないかを確認する。そうして店の準備を終えて。明日からさっそく開店することにしたの。
商業ギルドにも登録済みで、審査が通って許可も貰ってあるから、いつでも開店することはできるのよ。
あとやったことといえば、ご近所さんに、風邪薬とかの常備薬を、挨拶しに行く時に渡したりしたことかな。そのおかげか結構、友好的な関係になれたと思う。こういうのって最初が肝心だものね。
なんだか、世界中を旅してたのが昨日のことのように思えるなあ。なんていうか、感慨深い感じ。これが私の夢見てたお店なんだ。そう思うと、旅の出来事を次々に思い出して少し涙腺が緩む。
「ユーリィ。とうとう明日からだね」
「うん。アグニ、ありがとう」
コンコンコン。
開店してないけど、誰かが扉を叩いたみたい。誰だろうと思って近づくと、窓越しに手をひらひらさせてルチアちゃん達三人が笑顔で店の前に立っていた。
「来てくれたんだ! さあ、入って」
「何か手伝えることないかなって。……って、もう終わってたみたいね。早いわね。ともかく、お店開くことができて私も嬉しいわ。おめでとう、ユーリィ」
「素敵な雰囲気のお店ね。シックでいい感じだわ。ここ、前は喫茶店だったのよね」
「おお。これは俺達も負けていられないな。できれば近所に店を構えたいものだが」
店内を見回して、三人がそれぞれ感想を言ってくれる。
「ありがとう、皆」
「あ、そうだ。ユーリィ、これミランダさんからの開店祝いよ。渡してって」
「ありがとう。何かな……。あ、これ、薬草大全! ずっと欲しかった本だ。おばあちゃん、これ私にくれるんだ」
薬草大全はおばあちゃんが監修した、世界で七冊しかない貴重な本だった。
おばあちゃんが一冊に、他国の王族お抱えの薬師が一冊ずつ持ってるんですって。私にくれるなんていいのかな。そりゃすごく嬉しいけど。でも、ここは素直に受け取っておこう。おばあちゃんの気持ちだもの。
「こっちはあたし達からよ。今日は飲もう!」
「お酒? わあ、葡萄酒だ、美味しそう」
「もちろん酒のつまみもあるぞ」
「へえ。用意がいいね。開店祝いパーティなんてさ」
「でも明日の開店への支障がない程度にするのよ」
ミリーナさんはそう言って台所でおつまみを準備してくれる。私達はテーブルを囲んで皆で開店を祝った。
こういうのができる仲間がいるっていいわね。
私は旅で色んなものを得たり、知ったり、失ったりしたけれど、やっぱり一番大きいのはアグニと出会ったことと、こうしてルチアちゃん達と出会えたことかな。とてもかけがえのない大事な人達。それを得ることができてすごく嬉しいし、その関係を大切にしようと改めて思った。
早朝、一番の乗合馬車でおばあちゃん家に帰っていった三人。開店なのに、いつまでもへべれけで邪魔してちゃ悪いからって言ってた。だけど、その状態で馬車に乗るのはちょっと危険だと思うのよね、主に胃が。良い止めを三人に飲ませてから帰ってもらったわ。
「いらっしゃいませ」
「ポーション一〇個と癇癪玉二〇個くれ」
「かしこまりました」
開店と同時に入ってきたのは年配の男性。熟練の冒険者なのかな。そんな感じがした。
次の来店は女性と子供だった。親子かな。風邪薬を買って帰っていったわ。
そうして次は五人パーティを組んでいる冒険者達。
魔法使いの女の子。
おつかいを頼まれたらしい男の子。
そんな感じでお昼までのご来店は合計で二〇人くらい。売上は七八,〇〇〇セル。まあまあかな。
王都はすでに何件もの薬剤店があるから、もっと売上が伸びるように、うちだけのオリジナルをだしていって、常連さんやお得意様を増やしていきたいな。
そんな時、カランカランと扉につけてある鐘が鳴って、お客さんかなと思い入ってきた人を見ると、羽ペンと羊皮紙の束を持って私を興味津々に見つめる女の人がいた。
なんだろう?
「こんにちは。あなたがユーリィ・アスコットさんですね」
「え、はい。そうですが、あなたは?」
「申し遅れました。わたくし、こういう者です」
渡された小さな紙にはこう書かれていた。リンジャー・スールト。月刊商業生活、取材班責任者。
月刊商業生活!
私が愛読している雑誌の人だ。目を見開いて驚いていると。
「実は、ユーリィ様はあのミランダ・アスコット様のお孫さんだとお聞きしましてね、王都で薬剤店を開店させたとの情報を商業ギルドで聞かされたのです。これはもう是非お話をお伺いしなければと思いましてね。こうしてお忙しいところ恐縮でるが、足を運ばせていただきました。わたくしのインタビューにお答えしていただけませんか」
インタビュー!
そりゃ、商業ギルドでは私がおばあちゃん孫だってことは知られてはたけれど。さすがだわね商業ギルドの情報の扱いは。
それに、ひそかにこうしてインタビューされることに憧れてたから、ちょっと緊張するけど嬉しい。だって、今までインタビューに答えてたのは、皆高名な薬師さんばかりだったから。
私も秘伝のレシピを知りったおばあちゃんの正当な跡継ぎだから、いつかはって思ってたけど、まさか今日なんてね。びっくりよ。
「それはかまいません。じゃあ、居間の方にどうぞ」
「ありがとうございます」
リンジャーさんを居間に通して、アグニに店内のお客さんを任せる。アグニはにこっと笑って頑張れってジェスチャーをしてくれた。
カモミールのハーブティーを淹れて、お茶うけにオレガノクッキーを出すと、眼鏡の位置を直しながら、なにかを羊皮紙に書き綴っているリンジャーさん。今のは何に反応してたのかしら。
「ユーリィさんは、このようにいつも薬草関連のものを日常的に摂取し、生活に取り入れているのですね」
「あ、はい。それにとても美味しいですし」
「効能と味のどちらも重視している、ということでしょうか」
「そうですね。美味しく食べれて、体も元気になれるなんて、素晴らしいことだと思います」
「ふむふむ。では、お聞きしますが、ユーリィ様は薬師をなぜ目指されたのでしょうか」
「それは、やっぱりおばあちゃ、祖母の影響が大きかったですね。物心つく前から薬草や薬は私の中で当たり前のものとしてありましたから。それに、人々の役に立てる仕事をしている祖母のことも尊敬していますから、同じ職業について跡を継げたらいいな、と思っていました」
「なるほど。ではこうして店を構えているということは」
「はい。先日、無事に免許皆伝しました」
「では、秘伝のレシピも受け継いだということでしょうか」
「ええ。口伝ですが。全て受け継げました」
「それはすごい。やはりお教えいただけませんよね?」
「ええ、ごめんなさい」
「大丈夫です。次にお聞きしますが……」
一時間くらいかけてインタビューに答えた私の記事は、来月の月刊商業生活に掲載されるそうで、刊行されたら届けてくれるんですって。
なんだか有名人になった気分でちょっとふわふわするなあ。だけど、浮かれてちゃ駄目だよね。初心忘れるべからず、よ。




