薬師ののんびり旅紀行 七十七話
そして翌日。
いつも通りおばあちゃんのお手伝いをしながらハーブを育てている畑の手入れをしていると「ただいま」と久しぶりに愛しく想う人の声が聞こえた。
「アグニ!」
「ただいま。ユーリィ。元気そうだね」
「おかえりなさい。よかった。すごくほっとした。どこか怪我はしてない? 大丈夫だった?」
ぺたぺたとアグニの体を触りながら、私はアグニの無事を確認した。よかった、どうやら目に付く怪我はしていないみたいね。
そのことに安堵してたら今度は私がぎゅっと抱きつかれた。
「わ、あ、アグニ?」
「しばらくこうさせて。……ユーリィ、会いたかった。ああ、ユーリィの匂いがする」
ぎゃああ、ちょっと待ってよ。匂いとか! 恥ずかしい!
だけどアグニは思いっきり私の匂いを嗅ごうとして、首元で深呼吸をする。なんだか堪能されてるわね、私。だけど、私もアグニのこと堪能したい。……ええい、こうなったら私も抱きついちゃえ!
「あらまあ、お熱いわねえ。おかえりなさいな、アグニ。どうだったかしら?」
「ただいま戻りました。もちろん達成してきましたよ」
「わ、おばあちゃん!」
いるなら言って、身内に見られるのってなんだか恥ずかしいよ。
「ユーリィ、悪いのだけど、再会の喜び合いは後にしてもらえるかい。早く調合したいのよねえ」
「うん、わかった」
「まずはどの部位にしますか」
「そうねえ。やっぱり心臓かしら。不老長寿の薬にも使われてるくらい貴重な素材なのよねえ」
「え、秘伝にそんなのあったっけ?」
「ほほほ。わたしの秘密レシピよ。これはもう少ししたら教えてあげるわね。あなたも秘密のレシピは持っておいた方がいいわよ」
「秘密かあ。うん、考えてみる。じゃあ、アグニ、またあとでね」
「ああ。あとで部屋に行くよ」
おばあちゃんは素材を調合したくてうずうずしてるみたい。なんだか子供みたいにはしゃいでて、可愛らしい。
だけど、秘伝の次には秘密のレシピかあ。私だったらなんの薬を作ろうかな。
そんなことを考えてたらハーブを少し摘みすぎちゃった。仕方ないこのオレガノを生地に練りこんで、オレガノクッキーにでもしよう。
私とアグニの抱擁を陰でこそっと見てたルチアちゃんとミリーナさんも加わって、きゃーきゃー言いながらクッキーを作るのはとても楽しかった。
ちゃんと帰ってくるって信じてたけど、実際に無事な姿を見ると、本当、少しくらいの恥ずかしさなんてなんでもないよ。もっと抱きついておけばよかった。
そうして夕食はアグニが無事に帰ってきたから、普段よりも豪華な食事になった。しかも、レッドドラゴンのステーキもあったしね。
食べ終わってアグニと一緒に部屋に戻る。
「どうだった? レッドドラゴン」
「そうだね。まずはこのアースドラゴンの皮鎧に助けられたかな」
「火属性に強いものね。やっぱり炎を吐いたりしてきたの?」
「そりゃあね。胃の中は活火山だっていわれてるくらいだから、火球を避けるのも大変だったよ。吐き出す頻度が早くてさ」
それ、私だったら丸焦げね。
「どんなふうに倒したの? アースドラゴンの時とは違って体内には熱くて入れないだろうし、気になってたのよね」
「教えたいところだけど、真似されると困るから秘密」
「ええっ、ちょっとでも駄目?」
「だーめ。ユーリィでもできちゃうことだからね。危険なことはさせられないよ。俺だって間一髪だったんだからさ」
「そのくらい危険なことをしないといけなかったってことよね」
「まあでも、俺で倒せると思ったから、ミランダさんも言ったんだろうしね」
「うん。そうね。だけど、信じてはいたけど、心配したんだから」
私は拗ねたようにアグニの脇腹を小突く。アグニは苦笑いをしてごめんと謝ったけど、そんな謝るようなこと、アグニはしてないものね。
……それにしても、私はアグニをじっと見つめる。なんだか顔つきが変わったような気がする。なんていうか、男の人って感じが前よりもするっていうか。顔つきも少し精悍さが際立ってきたし。ちょっと、急に大人になられてしまったようで、どきどきする。
「ユーリィ、少し変わったね」
「え、そう?」
「大人っぽくなった。大人の女の人の魅力がついてきたっていうか」
「そうかな? 自分じゃそんなに変わってないと思うけど」
私がアグニに対してそう思うように、アグニも私に対して何か思うところがあったのかな。大人の女の人に見えるの? なんだか嬉しい。
「ふふ。アグニもね、とても男らしい感じがする」
「惚れ直した?」
「うん。おかえり、アグニ」
「ただいま、ユーリィ」
啄ばむような口付けをして、額をこつんと当てあって、お互いに微笑みあって。私とアグニはそうやって一緒にいられなかった分の時間を埋めていった。
そうして翌日。
アグニが帰ってきたから、王都の不動産にも行きたかったけど、まずはゆっくりしてもらいたいよね。そう思って数日間なにもしない日々を送ってもらおうとしたんだけど、アグニの方から早く不動産に行きたいって言われた。早く王都で一緒に暮らしたいんだって。
おばあちゃんとも一緒に暮らしたいって言ったら、二つ返事で承諾を得られた。アグニもそうするつもりだったみたい。
「一階には店舗スペース、居間、台所、地下倉庫への入り口、風呂やトイレ、二階には各自の部屋、お客さん用の部屋がいるよね」
「そうだね、そうすると四LDK地下倉庫付きの店舗兼住居といったところかな」
「うん。ちょっと難しいかな」
「場所を考えなければ見つかるとは思うけど、薬剤店として店を構えるんだし、なるべく冒険者ギルドに近い場所がいいよね。そうなると、すでに他の薬剤店もあるから難しいかな」
「だよね。私は少しくらい路地裏でも構わないけど」
「それだとユーリィやミランダさんが出歩くには少し危険だからお勧めはできないかな」
「都合よく店を畳む所なんてのもないだろうしね」
さっそく王都カースリドへとやってきた私とアグニは、不動産の壁に貼られているビラを見ながら話し合う。そうそう都合よく見つかるような物件じゃないから、探すのは大変かもしれないけど、でも、妥協はあまりしたくないのよね。
駄目元で中に入って希望の内容を伝えておくことにして、とりあえずお昼ご飯を食べるために手近な酒場に入ることに。酒場っていっても、昼はただの食堂なんだけどね。
「どれにしようかな」
「俺は日替わり定食で」
「じゃあ、私はカルボナーラで」
食べる料理を注文して、運ばれてくるのを待っていると、なにか視線を感じた。それはアグニも同じようで、目配せをし合ってアグニが席を立つ。
アグニはなんでもないようにその視線の主の前を通り過ぎようとしてみせて、通り過ぎる一瞬でがっとその人の腕を掴んですぐに取り押さえた。
「い、たたたた! なにするんですか、放してくださいっ」
「俺達を見ていただろう? さあ、中へ入るんだ。理由を聞かせてもらおうじゃないか」
そう言って腕を放された男の人は、腕を擦りながら席についた。
「なんで見てたんですか?」
「それはそのう」
「腹が空いてて気が立ってるから、話は手短に頼むよ」
「わ、わかった」
男の人はアグニのその発言にびくつきながらも、なぜ見ていたのかを語りだした。




