薬師ののんびり旅紀行 七十六話
それから十七日間が過ぎた。
つまり、アグニがレッドドラゴンを倒しに出かけて二〇日間が過ぎたことになるわね。
心配だけど、アグニならきっと大丈夫。何の根拠もないけど、私はそう信じてる。
最初の頃は不安で仕方がなかったけど、最近は信じていられてる。長い間会うことができなくて、寂しくてたまらなかったけど、今は良い意味でなにかが満たされてる感じっていうか。
これって私がアグニに頼り切って依存していた、そのことがなくなったってことよね。おばあちゃんにそれとなくそう言ってみると、にこにこと笑うだけだった。でも、そういう時って、正解の時だからこれでいいみたい。私も少し成長したってことかなあ。
とりあえず、アグニが帰ってくるまでは、おばあちゃんの家で皆暮らすことにしてるの。
私とアグニのお金を合わせれば、店舗兼自宅を買うこともできるくらい、十分にお金が貯まったけど物件はアグニと見に行きたかったし、我慢。
ルチアちゃん達はまだそこまでお金が貯まってないけど、その間はおばあちゃんがこの家を使ってもいいって言ってたから、きっと貯まるまでは住むはずね。
そして、ミリーナさんへの教えも十分にできたと思っておばあちゃんに言うと、うんうんと頷いて、ミリーナさんは、おばあちゃんの目の前で一通りの薬を作ることに。
結果は合格。私もほっとしたわ。
それからは、他の薬師が知らない調合を二人で学んだりもして。今度は同門の姉妹関係になった。だけど、秘伝のものだけは、私が受け継ぐことになってる。私がおばあちゃんの跡を継ぐからだけど。
「わたしから教えることはもうないわねえ。二人共、あとは各々で精進なさいな」
おばあちゃんが私達にそう言ってくれたのは昨日だった。私とミリーナさんは、それはもう輝かんばかりのすごい笑顔だったってルチアちゃんが言ってたわ。だって、すごく嬉しかったんだもの。
私は晴れて、薬師の免許皆伝になることができた。証しも受け継いだの。アスコットの薬師の免許皆伝の証しは銀のブローチ。それをつけているのは、おばあちゃんと私だけ。これで私も人間国宝かしら。ふふ、なんてね。
でもって、これで王宮に仕えることもできるんだって。しないけど。
で。
アグニの帰りを待っているその間、ソルトさんは冒険者家業が忙しいらしくて、数えるくらいしか家に帰ってこなかったな。ミリーナさんは少し寂しそうだったけど。
そして、ルチアちゃんは、三つのパンを作って売り物になるまで改良をしたみたい。あの甘い豆を入れた胡麻パン、木苺を入れたジャムパン、シチューを入れたシチューパン。
この中ではシチューパンが一番難しかったみたい。だって、いつもの通りのシチューを入れたら、かぶりついたらわきからシチューが漏れでてしまうから。だから、よりペースト状になるようにするのにどうすればいいか、そしてそれを焼いたパンから漏らさないようにするにはどうしたらいいかを考えてたんだって。
結果、見事作ることに成功したみたい。だから今こうして美味しく頬張っていられるんだけどね。
「私、この中では特にシチューパンが好きかな。とろとろした普通のシチューもいいけど、このペースト状のも美味しい。裏ごししてるから、ザラザラ感もないし」
「でしょう! あたし、舌触りとペースト状にするのに結構苦労したからね。そう言ってもらえるとすごく嬉しいわよ」
ミリーナさん達は、パン屋さんをすることにしたんだって。私が前に言ってたことをいい案だと取り入れてくれたみたい。
ミリーナさんは薬草パンも作ってて、そっちも完成してるのよ。ソルトさんも、時々パン生地作りを手伝ってるみたいだし、きっと評判の良いパン屋さんになるはずだわ。
あとはミリーナさんとソルトさんの関係よね、気になるのは。その辺はルチアちゃんとどきどきしながら、二人を生暖かく見守る会を発足してみてるの。ソルトさん、そっち関係はてんで駄目みたいだから、ここはミリーナさんから押していくのがいいと思うのよね。
それに、アイオーンで馬車を借りに行った二人に何かあったみたいだし。ミリーナさんが嬉しそうだったから、きっと良いことがあったに違いないし。もしかして、なにかの進展があったのかな?
「最近、二人の様子が変わったと思いわない?」
「ルチアちゃん?」
「ほら、お兄ちゃんとミリーナお姉ちゃんよ」
「ああ、うん。そうね。私も密かにそう思ってた。なんだか空気がほんわかしてるっていうか……」
「そう! それよ。きっとなにかがあったに違いないわ。気になるけど、下手に顔突っ込んで変になったら困るし。どう思う?」
「うーん、あ、なら、パジャマパーティしない?」
「パジャマパーティ?」
女の子同士の恋愛話に花を咲かせる夜のどきどき内緒話よ。
ルチアちゃんにそう言うと、それ面白そう! といって目を輝かせてきた。やっぱりこういった話好きよね。私も嫌いじゃないな。今まで女の子の友達がいなかったけど、今は大切な友達がいるし、こうしてそういった話をするのもいいと思うのよね。
「じゃあ、さっそく今日の夜に開催しようね」
「楽しそう!」
そう言って私達はお菓子を作り始めた。お茶の準備だってもう万端で部屋に用意したしね。
聞き出す気満々の私達の勢いに流されるまま、誘われるミリーナさん。ほんの少しだけど引いてたわね。だけど、もうこうなってしまえば、話すしかないのよ。ふふふ。
「……で、実のところどうなの?」
「どうってなんのこと?」
「ソルトさんとの関係についてです」
「えっ、そ、それはその……ね?」
「隠してても無駄だよ、ミリーナお姉ちゃん。ちゃあんと私達わかってるんだからね」
「うんうん。二人の空気が違うのだもの。きっと何か進展があったに違いないですよね」
「それはその。……もう、なによさっきから二人して。恥ずかしいじゃないの」
「だって、そういう話をするのがパジャマパーテイですから」
ふふふと笑ってミリーナさんににじり寄る私達。それに押されて身を引くミリーナさんだけど、そうはいかないのよ。
「大丈夫。誰にも言わないから。さあ、言った方が身のためよ」
「そうですよ、ミリーナさん。でないと」
「わ、ちょ、ちょっと待って。あはっあはははっ」
指をわきわきさせて私とルチアちゃんはミリーナさんにくすぐりの刑を実行。ミリーナさん脇腹がすごく弱いのか、笑いながら息切れをしてる。
「わ、わかったから。許してっ」
観念したのかミリーナさんは、王都アイオーンでの出来事を話し出した。なんでも、二人はぐれてしまった時にナンパしてきた男性に、俺の女にちょっかいだすな的なことを言ってくれたらしい。その後も王都にいる間は手をずっと繋いでたんだって。なにそれ。やる時はやる男だったのね、ソルトさんって。
兄のかっっこいい話を聞いたルチアちゃんは、やるじゃない、と呟いて嬉しそうにしていた。しかも、夫婦に間違われた時も、否定しないで逆にそう思わせるような素振りを見せてたんだって。
わお。私達の目がないからって、ずいぶんとやりましたのね! ソルトさんナイス。
「で、で? その後に何か言葉とかなかったの?」
「え? ええ。なにもないわよ。だけど、わたし否定されなかったのがとても嬉しくて」
「えええ! そこはなにかあってよお兄ちゃんっ」
ルチアちゃんは先ほどの評価を下げたみたいで、まったくあのにぶちんめ、と唸ってる。
でもまあ、そういった位置にいても違和感がなかったから、否定しなかったのかもしれないし、ミリーナさん本人が嬉しいのなら、それでもいいのかな? なんて、ルチアちゃんを見て私は思うのだった。




