薬師ののんびり旅紀行 七十四話
おばあちゃんに素材で欲しい物があれば譲ったり、足りない物を作ったりしていると、あっという間に時は過ぎる。
ルチアちゃん達と別れて強三日目。
居間でおばあちゃんと話をしていると、玄関の扉をコンコンとノックする音が。
「こんにちは。ユーリィちゃんいる? ルチアよ」
わ、来たのね!
私は急いで椅子から降りると、玄関を開けに行く。
「いらっしゃい! 待ってたわよ」
「船旅で体が思ってたよりも疲れちゃってたみたいで、王都で一泊してたのよ」
「ユーリィちゃん、これわたしたちからのお土産ね」
「色々話もあるだろうが、まずは挨拶させてくれんか」
「あ、そうよね。中に入って。おばあちゃん、話してたルチアちゃん達よ」
「ええ、いらっしゃい。賑やかでいいわねえ。気分が楽しくなるわ」
「ミランダ様、初めまして。薬師をしているミリーナと申します」
「これが妹のルチアと、わたしが兄であるソルトです。ユーリィ殿には妹のルチアを助けていただきまして、感謝しきれません。多大なる恩を感じております」
「まあまあ。わたしも孫のユーリィが人助けをして嬉しく思っておりますよ。さあさ、席にお着きくださいな」
椅子に座るように促すおばあちゃん。私はその間にお茶の準備よ。
「ユーリィから話は色々と聞いておりますよ。ミリーナさん、あなたの献身的な姿勢、薬師の資質を十分に兼ね備えているようですね。ですが、わたしの知識を教えるのは簡単ですが、まずはユーリィに教わってみてちょうだいな」
「え、でもおばあちゃん。さっきはいいって」
「もちろんその後にわたしからきっちりと教えますよ。だけどねユーリィ。これはわたしからの最後の教えでもあるのよ。これからはあなたも一人前の薬師として弟子を取る時がくるでしょう。その時どうすればよいのか、慌てなくてもすむように、まずは一からミリーナさんに教えてみなさいな」
「最後の教え……」
「お願いできるかしら、ユーリィちゃん」
「もちろんです! よろしくお願いします。ミリーナさん」
「これこれ、師弟関係なのだから、口調も改めるように」
「あ、うん。おおばあちゃん」
「師匠。どうぞよろしくお願いします」
「私こそ不慣れな師匠だけどよろしくね」
言い直す私達。師弟関係なんて。ちょっとどきどきと、私でもできるのかという不安があるけれど、おばあちゃんの教えの通りにすればいいのだもの。大丈夫。やれるわ。
それから私達五人は、色々と雑談をしつつ、私のことも話をした。おばあちゃんの人を見る目は確かだから、話をしても大丈夫だろうとのこと。私も三人なら大丈夫と自然と信じていたから、話すことに対しても特になんとも思わなかったなあ。
「大丈夫。あたし、絶対に言わないわ」
「わたしもよ」
「俺もだ」
三人が力強く頷いてくれて少し涙腺にきたけれど、私は笑って頷き返した。有難う、皆。
途中、ソルトさんが冒険者として稼いだ資金ではまだまだ足りないから、稼いでくると言って家を出て行った。帰ってくるのはこの家。おばあちゃんが、家を買うなら家賃はいいから、狩りや家の手伝いでかまわないから、ここに住んで資金を貯めるといいわと言って、余っている部屋を貸すことにしたの。だからこれからは、ルチアちゃんの看病の時のように、一緒に暮らすのよ。私とおばあちゃんが王都に行くまではね。
これからもルチアちゃん達と一緒に過ごせるから、私も嬉しい。賑やかになるね。
だけど、ここにアグニはいない。ああ、今日で三日。たったそれだけなのにもう会いたい。これは、私とアグニの試練でもあるのかも。依存し過ぎてること、見破られちゃったのかな。もっと対等に自立した関係を築けるようにならないとは思ってるけど、中々難しい。だから、私はこういった強制的な別れは案外助かっているのかも。次に会った時に精神的に成長した私を見せることができるといいな。
翌日からは、さっそく師弟関係を結んだから、ミリーナさんと一緒に基本の見直しをすることにした。慣れてきた頃が一番手を抜くから、とにかくしつこいくらい丁寧に丁寧に下準備をすることにした。
そこが一番大事なところだからね。下地がちゃんとしてないと、いくら薬のレシピや作り方を頭で覚えていても繊細な仕事はできない。だから、とにかくそこを徹底してみる。
そのおかげか、私とミリーナさんのポーションは最近よく売れる。レンブルトンとアルデンスの街に薬を卸に行っているのよ。今は専属契約を短期で結んでて、私達それぞれの良い資金稼ぎにもなっているの。
「基礎はもう十分かな。毎日意識的にきちんと心がけることが大切よね」
「ええ。わたしも基礎がどれだけ大事か改めてわかったわ。初心忘れるべからず、ですね師匠」
「うん。その気持ちを保てていけるようにしないとね」
ルチアちゃんは、時々私達の修行に参加してみたり、おばあちゃんに料理を教わったり、薬草を教わったりして私達のサポートをしてくれるようになってた。
あと、薬草入りパンの試作品も作ったりして、日々頑張ってる。私も負けてられないね、とお互い良い刺激になってるなって自分でも思うわ。
「今日はそうだなあ。薬草を採りに行こうか」
「わかりました。師匠。では、準備してきます」
「お願いね、ミリーナさん」
ようやく師匠の立場に少し慣れてきたかな。今日は薬草についてのあれこれを見直すつもり。似たものがたくさんある中でどれが本物の薬草か見分け試験もしようかなと思う。
この森は薬草の宝庫だから、色んな草木が生えてるんだけど、似たものも結構あって、間違いやすいのよね。だから、薬草の見分けには良い練習になるはず。
今回はルチアちゃんも連れていくの。薬草探しを手伝ってくれる時、間違った物を持ってこられると大変だからね。ルチアちゃんは今、今まで自分のために頑張ってくれてたミリーナさんや、それに私の為にも、何かで役に立ちたくって仕方がないみたい。
気にしなくてもいいのだけど、気の済むようにやってもらおうと思う。
そうしたら、五ヶ月間も自分の病気に私とアグニを縛っていたことへの罪悪感も消えていくのだろうと思ってね。以前、そんな話をミリーナさんに話をしていたところを聞いちゃったのよ。
私、ルチアちゃんを助けることができて、本当によかったって思う。だから、薬師としてはやって当然のことであまり心を縛りたくはないのよね。
体のことを治すことはできるけど、心の癒しをすることは難しい。私はそこも少しでも癒せることができるのならば、なんだってする気持ちでいようとその時強く思った。
ああ、なんか香ばしい匂いがする。そう思って匂いを探すと、籠にパンを入れたルチアちゃんがこっちに来た。
「これ、あとで皆で食べよう」
「わ、美味しそう。胡麻パン?」
「中には砂糖で煮詰めた豆がはいってるのよ。すり胡麻と混ぜるとすごく美味しいんだから」
「それは楽しみだわねえ」
森に持っていくおやつは菓子パン。良い匂いがするからぐうとお腹が鳴りそうだわ。




