薬師ののんびり旅紀行 七十三話
それから。
さっそく旅立つというアグニのために、私は私の部屋で薬の準備をする。アグニはそれを横で見てた。
「ハイポーションが二〇個、各種状態異常回復薬は一〇個ずつに、エクスポーションは一〇個。あとはエリクサーが二個。それから、大きめの魔法石が火以外のを各種二〇個。癇癪玉もいるよね? 一〇個くらいかな。あとは麻痺薬に睡眠薬も入れておくね。弓で使うと効果的みたい。アースドラゴンの時はそうだったし。体が大きいから効くまでに時間がかかるけど」
あとはなにかないかな。私にできることといえば、薬くらいしかないや。他に何か、何か……。
「ユーリィ。もう十分だよ。薬だって多いくらいだ」
「そんなことないよ。だってレッドドラゴンと戦うんだよ。他に何かないかな、私のできること」
「そうだね、他、ならあるよ」
あるの?
それが聞きたくて、道具袋にしまう手を休めてアグニの方に向く。
そうしたら。ぎゅって抱きしめられて。
「こうしてるのが一番効く。……ユーリィ。必ず三〇日までには帰るから、それまで待ってて」
「うん」
「決して他の男に目移りしたら駄目だよ? そんなことしないってわかってるけどね」
「うん。大丈夫。私、アグニしか見えてないから」
「その言葉、すごく嬉しいよ」
アグニ。大好き。だから、心配しちゃうけど、アグニが無事に戻ってくること祈ってる。
そうして居間へと戻ってきた私とアグニ。
「それじゃ、行ってきます」
「行かせるわたしが言うのもなんだけど、くれぐれも気をつけて行ってきなさいな。ユーリィを泣かせるようなことだけはないように」
「わかっています」
おばちゃんが、アグニにそう声をかける。アグニは頷くと、早く行った方が早く帰ってこれるから、と一人、迷宮のあるハイツリーブ国のレッドスコットへと旅立った。
きっと大丈夫だよね。私は自身にそう言い聞かせて、旅の話をもっと聞きたいというおばあちゃんに話聞かせる。
「本当にずいぶんと大変な目にあってきたのね。あなたが無事で本当によかったわ。それと、あなたの両親のことなのだけど。本当はわたしは知っているのよねえ」
「えっ、知ってるって、おばあちゃん? もしかして、どこにいるのか」
「ええ。知っているわ」
なんてこと。知っていたなんて。でもそうして今まで黙っていたんだろう?
「言えばあなたは会いに行くでしょう? そうなると、わたしたちを見張っている大聖堂の教皇の草が必ず嗅ぎつけてくる。あなたたち三人を守るにはこうするしかなかったのよ」
「それで……どこにいるの? 今は会いにはいかないよ。でも、場所だけ知っておきたいの」
「そうね。もうあなたにも話しても大丈夫でしょう。あなたの両親は、ここカースリド国の王宮に、客人として亡命しているの」
「王宮に……」
「ええ。ここはリウラミル教を主教としているから、隠れるにはちょうどいいのよ」
「こんなに近くにいたんだ……」
お父さんとお母さん。まさかこんなに近くにいたなんて。
だけど、見張ってるってことは、私達がなにか行動すれば、アラリス教の大聖堂の教皇に全て筒抜けだったのね。じゃあ、もしかして。
「私が聖水を汲みに行った時、偶然居合わせたんじゃなくて」
「そう。あなたを見に行った、ということね」
そうだったんだ。なんだか少し不自然だったから、気になっていたのよね。だけどなんで、教皇はわざわざ私を見に来たのかな。だってそうじゃない。命令一つで私をどうにかすることなんて簡単のはず。なのに、そうしなかったなんて。
こうしておばあちゃんと今居ることだって、その教皇の草が襲ってくることだって考えられるわけだなのだし。
もしかして、ただ純粋に孫である私を見に来ただけだったのならば?
ううん。そんなはずない。だって、あくまでも私は、アラリス教徒からすれば忌み子なんだもの。そんなはずはないのよ。
「とにかく、私は顔を見られちゃったから、もうクイラス大陸とミスト大陸には行けないんだろうなあ。まだ見たいところ、たくさんあったのに」
「それにいつアイオーン大陸やここまで手が伸びてくるかもわからないのだものねえ。でも、そこまで考えなくても大丈夫よ。特にこの国にいればね。リウラミル教にとってはあなたの存在は禁忌でもなければ、忌み子でもないのだからねえ」
「うん……」
となれば、やっぱりカースリドの王都でお店をってことは、いい選択ってことよね。
「じゃあ、おばあちゃん。王都でお店が持てたら一緒に王都で住もうね。いいでしょ?」
「かまわないよ。それでアグニがよいと言うのであれば、ね。王城やリウラミル教会に近いほど安全でもあるのだしね」
おばあちゃんをここに一人残すのも嫌だし、アグニもきっと快諾してくれるだろうから。
あ、そうだ。
「おばあちゃん、あとね。二、三日で三人お客さんが来るの。ほら、アイオーン大陸でのこと、話した時のルチアちゃんとミリーナさんに、ソルトさん。ミリーナさんって薬師なんだけど、もう一回一から勉強し直したいんだって。おばあちゃんに師事したいって言ってた」
「おお、そうかい。かまわないよ。わたしの修行についてこられればね」
よかった。
ミリーナさんなら大丈夫。きっとおばあちゃんの修行についていけるわ。私だってできたんだもの。
「私、ミリーナさんなら大丈夫だと思うよ。アグニのご両親と同じ奇病にかかってたルチアちゃんを、万能薬もないのにずっと看病することができてたのだもの」
「あの奇病は万能薬でないとまず効かないからねえ。腕もその心根も薬師として向いているんだろうねえ」
「そうなの。私も見習わないとって」
「ほほ。大丈夫だよ。ユーリィも十分薬師に向いているのだから」
おばあちゃんがそう言ってくれるのがとても嬉しい。認められることってすごく自信が持てるものなのね。
そうして久々におばあちゃんとたくさん話せた私は、満足感で一杯だった。私を無条件で愛してくれる存在って、心から安心できるの。アグニもそうだけど。長年一緒に暮らしてきたおばあちゃんは特別。私の最大の味方でもある。いつか私もそんな存在になりたいな。アグニやおばあちゃんや、私の周りの人たちにとって、ね。
夕食後、自分の部屋へと戻った私は、異空間の中を整理した。結構色々入ってるものよね。
素材、おばあちゃんが欲しいと思うものもあるかもしれないから、リストを書いておこうかな。そう思っ手、私は羽ペンとインク壷、羊皮紙を準備してつらつらと書き綴る。
ヤズモ草、アマ草、アカギ草、カザギリ草、エイキ草、ヒカリゴケ、生姜、蒼朮、蛙の肝、蛇の抜け殻、蝙蝠の血、竜骨、毒腺、天蚕糸、蛇皮、大蜥蜴の皮、桂皮、甘草、蜂蜜、無花果、火薬(黒色火薬)、木炭、硫黄、硝石、水晶。
まだまだ結構な量があるのよね。
そうだ、私、明日は完売してしまった薬や、売れた分や自分の分のをまた補充で作っておかないと。売り分と自分の分で計二〇〇個ずつないと、なんだか安心できないのよね。




