薬師ののんびり旅紀行 七十二話
「ここがレンブルトンかあ。王都へはここから二日ほどだっけ?」
「うん。小さな国だからね」
「こっちに行くとハリッツ村よ」
二の鐘が鳴っている中、私達は街中を歩きながら、レンブルトンの入り口のアーチ下にまできた。ここで一旦、別れるのよ。
私とアグニはハリッツ村のそばにある森の中の家、ルチアちゃん達は王都カースリドで住民登録や冒険者と商業ギルドでの登録。他、色々してから私達のところで合流予定。
カースリドは小さな国だから、数日間の短いお別れだけどね。
おばあちゃん家に着いたら、ミリーナさんを弟子に出きるか聞いてみないと。なるべくできるようになってほしいけどね。だって、薬師はミリーナさんに合ってると思うのよね。たんなる私の中のイメージだけど。気立てのよい優しいお姉さんって感じかな。
「じゃあ、たぶん三、四日後に、また」
「大蜥蜴がいるかもしれないから、そこだけ気をつけて」
「わかった。さて、じゃあ俺達は行くか」
「またね、ユーリィちゃん」
「うん、待ってるね」
「ミランダさんに、よろしくお願いね」
「もちろん」
反対方向に向かうお互いを時折見ながら手を振って。私とアグニはおばあちゃん家に向かう。
「ミランダさんか。最大の難関だね。俺達のこと認めてもらいたいね」
「うん。もし駄目って言われても、いつか必ずう認めてもらうって、私、決めてるから」
「それは心強いな。俺もそのくらいの意気で挑むとするかな」
ううーんと背伸びをしながら言うアグニはそんなに緊張した様子はないみたい。私はちょっと緊張するかも。ああ、この人が私の好きな人ですって紹介するのって、なんだか緊張するし恥ずかしい。
ちゃんとできるかな、私。
だけど、私はアグニがいいから。だから、胸を張っていればいいんだよね?
そう思いつつ、私はとうとうハリッツ村へと帰ってきた。このハリッツ村のすぐそばの森の中にぽつんと一軒家が建っているのだけど、そこが私とおばあちゃんの家なの。
なんでも、人がいる場所から適度に離れた距離で、しかも薬草が豊富な土地だからここを選んだんだって。もとはクレスメンから来たそうなんだけど、その頃におじいちゃんと出会って恋人になってたみたいね。その頃の話もいつか聞いてみたいな。
森の中を進んで家に着いた私とアグニ。コンコンと扉をノックすると、中から「はいよ」っていう声がする。懐かしいおばあちゃんの声だ。聞く限りじゃ変わりはないようね。
「おや、ユーリィじゃないかい。おかえり。旅は終わったのかい」
「ただいま、おばあちゃん。うん、終わったよ」
「それじゃ中にお入り。旅の話を聞かせておくれ。そっちのゴルドの孫もね。アグニだったかい?」
「はい。お邪魔します」
家の中へと招き入れてくれたおばあちゃんは、テーブルを挟んだ向こう側の席に座る。私とアグニは隣り合っておばあちゃんと向き合うように席についた。
それからは、村を出てからのこと、アグニとの出会いのこと。ソールダースでの出来事に、追われたことや薬作りのこと。そして侯爵令嬢のことや、私とアグニの話。そして、ルチアちゃんとのことを、お茶を飲みながら長く語った。その間おばあちゃんは、うんうんと頷きながら私の話を聞いてて、口を挟むことはなかった。
「……で、今こうして帰ってきたってわけなんだけど、どうだったかな」
「そうねえ。ずいぶんと色々やらかしてきてしまったようね」
「う……」
「あなたの血を使ったこと、大聖堂へ行って教皇にバレてしまったこと、侯爵令嬢の結婚式を駄目にしたこと。これらはちょっと問題だわねえ」
「うう……」
「だけど、まず、血を使ったことはまあいいわ。その必要があったからねえ。だけど、大聖堂の聖水の効果が高いのはわかるけれども、危険を冒してまで手に入れる必要があったのか、ということと、侯爵令嬢の結婚を駄目にするほどまで一人に惚れこんでしまったこと、まあこれはあなたの気持ちの問題ですからねえ。この二つのうち、特に問題なのが教皇ね。ミスト大陸まで手が伸びているということ、そしてアイオーン大陸に五ヶ月以上滞在しているのに、追っ手の気配がないこと、これが気になるわ」
「うん。諦めたとは思えないの」
「そうでしょうね。あなたの両親のこともいまだ探しているのだから、その子供であるあなたのことも当然諦めないでしょう」
「どうしたらいいかな?」
「時期が来れば、わたしはすることがあるからねえ。その時にあなたの問題の解決もできるでしょうねえ」
「時期?」
時期ってなんのだろう?
質問するけれど、おばあちゃんはにっこり笑っただけで、答えてはくれなかった。
「それでその、アグニのことなんだけど」
「ええ。あなたがたの問題ですからねえ。わたしが言えることとすれば、そうねえ。あなたの両親のように日陰で暮らすことのないようになれば、わたしは何も言うことはわいわねえ。幸せだと思っているのであればそれでいいのよ」
「じゃあ」
「ええ。わたしは早くひ孫が見たいわねえ」
「よかった。ね、アグニ」
「ああ。ありがとうございます。ミランダさん」
「アグニ。わたしとの約束も守ってくれたみたいだし。認めましょう。ただし、わたしからの最後の課題があります」
「課題、ですか」
「わたし、レッドドラゴンの肉が欲しいのよねえ。滋養強壮の薬を作りたいのよ」
「おばあちゃん、それ、アースドラゴンのじゃ駄目なの? それだったら持ってるんだけど」
「レッドドラゴンのがいいのよねえ。アースドラゴンのよりもきつめなのよ」
「そうなんだ。属性が関係してるのかな?」
「その通りよ。で、行ってくれるわよね?」
「はい。必ず持ち帰ってきます」
「じゃあ、準備しないとだよね」
「ユーリィ、お待ちなさいな。行くのはアグニ一人よ」
「えっ」
アグニ一人? レッドドラゴンを?
私とアグニは互いに顔を見合わせるけど、アグニは真剣な顔だった。私は困惑してる。だって、レッドドラゴンだよ? アースドラゴンでさえ倒すのが大変だったのに、それよりも気性が荒いレッドドラゴン。
それに、火だって吐くって聞いたことがある。そんな竜をアグニ一人で倒せっていうのおばあちゃん?
あばあちゃんはじっとアグニを見てる。
「わかりました。期限は?」
「そうねえ。今ある分をみると、一ヵ月、かしらねえ」
三〇日ならハイツリーブのもう一つのダンジョンで、そこの主であるレッドドラゴンを運よく倒せたとしても、ここからの往復をしてもかなり猶予があるわね。
だけど、やっぱり一人で行かせるのは心配。火を吐くってことは体内は熱いのだろうし、アースドラゴンのように裏技的に体の中に入って傷つけるなんてこと、できないだろうし。だから、真っ向勝負になるだろうし。
「ちゃんと、帰ってきてね。怪我、しないでね」
そんな無茶なことを言っちゃう。でもだって、アグニ。私も行きたいよ。でもそれじゃおばあちゃんから認めてはもらえないのよね。
「そんな心配そうな顔しなくても大丈夫だよ。必ずちゃんと戻ってくるからさ」
「うん。ねえ、おばあちゃん。私の薬を渡してもいい?」
「そのくらいならいいでしょう。私も意地悪をしたいわけではないのだからね」
「わかっていますよ」
私はできる限り用意できる薬をアグニに渡そうと思った。




