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薬師ののんびり旅紀行  作者: ちゅんちゅん
お店と両親と教皇とアグニ
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薬師ののんびり旅紀行 七十一話

 翌日。

 朝食を済ませた私達は、宿屋の厩で馬車を受け取って、また旅を続ける。

 明後日にはノレに着いて定期船に乗る予定でいるの。

 今日の御者台に座っているのは私とアグニ。馬車の手綱は握ったことはないけど、アグニに教えてもらうんだ。


「だけど、なにもこんな体勢でなくてもいいと思うの」

「ん? この方が教えやすいんだよ」


 そう言って私を背後から包み込むようにして座っているアグニ。私はアグニの開いた股の間にちょこんと腰掛けている。持っている手綱も両手で包み込むように持たれてるし、こんな姿見られるのはちょっと恥ずかしい。


「くすくす。ずいぶんと仲がいいわねえ。ユーリィ、頑張ってね」

「ユーリィ、あとで感想聞かせてね」

「なぜか壁を殴りたくなってくるな」


 背後で私たちを茶化すミリーナさんら三人。きっと私の顔は真っ赤だ。だって、耳が熱いもの。

 だけど、アグニはとてもご機嫌で、私は嫌だとは言えなくて。それに、こうするのも嬉しいって思う私も、心の中にはたしかにいるのだもの。

 そんなこんなで私達は二日間をかけてお昼頃にノレの港街へとたどり着いた。


「潮の匂い、久しぶりだね」

「そうだね。ほぼずっとベル村にいたからね。ユーリィ、酔い止めは飲んだ?」

「これからよ。はあ、これから四日間は船の上かあ」

「辛かったら寝て過ごした方がいいね。だけど、たまに甲板に出ると気持ちもいいと思うよ」

「うん。そうしてみる」


 アグニの提案を取り入れようと思う。どっちにしろすることもなにもないのだしね。

 お昼過ぎに出るという定期船に間に合った私達は、馬車を馬屋さんに返して、さっそく定期船の乗るために必要なチケットを購入して乗り込んだ。その前に私は酔い止めを飲んで、ね。


「うわ、船って馬車とは全然揺れ方が違うのね。すごい不安定でちょっと、いろいろなんか、すごい、かもっとと」


 慌てて手すりにつかまるルチアちゃん。そうでしょうそうでしょう。それを超えると私と同じお仲間になるのよ。一応、ルチアちゃんに酔い止めをいつでも飲めるように渡しておこう。


「これ、やばそうだなって思ったら、飲んでね。酔い止め」

「ん、今飲んでおくことにするわ。だって、酔ってからじゃ効き目薄れるんだよね?」

「そうね、そのほうがいいかも。あとは、酔い止めのお茶もあるから、飲みたくなったら言ってね」

「わかったわ。ありがとう」


 ルチアちゃんは、酔い止め薬の丸薬を、落とさないようにとしっかり両手で受け取ると、水筒の水を口に含んで丸薬を飲む。

 そんな私たちを心配そうに見つめるミリーナさんは、船酔いとは縁がなさそうなすっきりとした顔をしていた。羨ましい、酔わない体質なのね。


「ふう。風が気持ちいいねえ」

「ほんと。このどんより感を吹き飛ばしてくれるような心地よさだわ」


 甲板で船酔いと戦う私とルチアちゃん。(ふね)はもうすぐ降参するはずよ。だって、今日は四日目。四の鐘がなる前にはレンブルトンへと船は到着する予定なんだもの。

 私達はお互いの苦労を労いあって、大陸が見えるのを今か今かと待ち望む。


「このお茶、酔い止めにいいけど、それ以外の時にも飲みたいくらい美味しいわね」

「でしょう? 私特製ブレンドの酔い止めのお茶なんだから」

「すごくすっきりするのよね。このお茶飲むと」

「清涼感にこだわったからね」


 実は、酔い止めのお茶を改良したのよ。といっても、ハーブを足しただけだけど。ミントを足すとすごく清涼感が出ていいのよ。配合は秘密よ。教えたら商売にならないからね。

 そして、私は以前にもしたように、食堂で酔い止めのお茶改良版を、船に乗った人達に無料で振舞ったの。評判は上々。ついでにと船長に許可を取って酔い止め薬の販売もしてみたら、結構売れるもので、売り物用の在庫の一〇〇個はすぐに完売しちゃった。

 そこで自分用にとっておいたのも売りに出せばそれも完売。お茶の葉も好評で完売。完売だらけね。

 なもんで、私とルチアちゃんの分だけを抜けして売り切った金額は。しめて一九〇,〇〇〇セル。すごいわよね。ほくほく顔をした私はその時だけは、船酔いのことを忘れることができたわ。


「ねえ、ユーリィ。あれ」

「わ、見えてきたわね」

「これでやっと船酔いともさよならできるのね。薬の効果はすごかったからそんなでもないけど、でもそれでも早く大地に足をつけたいと思ってしまうわ、あたし」

「私も。でもレンブルトンで数日のお別れね。ハリッツ村に来てくれれば誰かに聞いてね。ミランダさんの家はどこかって。そうしたら、森の家まで案内してくれるように頼んでおくから」

「わかったわ」


 次第に近づいてくる私の家があるユーゴット大陸。とても懐かしく感じて私は少しの間瞼を閉じる。おばあちゃんに合格をもらえれば、晴れて一人前の薬師として認めてもらえるのね。

 もちろん、今だって商業ギルドの審査に受かってるから、一応、一人前だけど、それでもおばあちゃんの審査は厳しいから。他の薬師に認めてもらうことよりずっと大変。

 きっと、最後になにかしらの成果を見せなければならないと思うから、私なりに薬師になりたいっていう意気込みと腕前を見せなければならないだろうし。


「なんだか新しい大陸に来たって思うとすごく楽しいわね」

「でしょ。私も最初はそうだったな。ルチアちゃんもいつか世界中を旅してみるのおすすめだよ。大変なこともあるけど、楽しいことだって同じくらいあるもの」

「そうね。そしてこうして私達みたいな出会いもあるものね」

「そうそう」


 そうね。大変なこと、私の場合は特殊だから大変なことの意味が命にまできちゃうけど、普通の旅人ならスコールがすごかったとか、変なのに絡まれたとかそのくらいでしょうし。私も普通だったらもっともっと色んな場所を堂々と歩いて旅できたのかな。

 結局、お父さんとお母さんの行方だってわからないままだし。

 だけど、この先だってまだ探すチャンスはあると思うから、諦めることだけはしないでその時の機会を待とう。


「ユーリィ」

「アグニ」


 もう少しで港に着くって頃にアグニ達が甲板にやってくる。

 私の隣に並んだアグニは潮風を浴びて綺麗な赤い髪がふわふわ。思わずこうして触ってしまうくらいに。


「どうしたの」

「ん、なんか触りたくなって」

「くす。どうぞ、お姫様。存分にお気の済むまでお触り下さい」

「ふふ。そうしますわ」


 二人で笑いあっていると、私の反対側の隣から咳払い。


「ちょっと、いちゃいちゃし過ぎ。あたしいるの今居るの忘れてたでしょ」

「あ、ごめんごめん」

「まったくもう。ところ構わずいちゃつくから見てるこっちが恥ずかしくなってきちゃうわよ」

「ほんとだな。俺は砂糖でも食わせられれるのかと思ったぞ」

「ふふふ。でもとても羨ましいわ」

「そういうものか?」

「ええ。わたしだって、ね」


 意味深にソルトさんをそう言って見るミリーナさん。ソルトさんは少しなんだか居心地悪そうに身じろぐと、頭をぽりぽりとかく。

 あれ? あれれ?

 もしかしてこの二人。なにかあったかな。たとえば、王都アイオーンに二人で行った時とか、さ。私は気になってミリーナさんを見ると、にっこりと微笑まれちゃった。

 うーん、これはどういった意味の笑いかしらね。

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