薬師ののんびり旅紀行 七話
「へえ。鴨の親子亭に泊まってるんだね」
「有名なの?」
「まあ、そこそこはね。冒険者たちには、ここの料理が美味いってなかなか人気があるようだよ」
「そうなんだ。ならよかった」
一階の食堂で昼食を食べることにした私とアグニは、テーブル席についてさっそく料理を注文する。
「なんでも頼んでね。でないとお礼にならないから」
「わかったよ。じゃあ、そうだな。……レバニラ炒めとモモ肉のガーリックソテーに、ハンガーグとライス大盛りで。あとコーヒー」
「私はパンケーキセットで飲み物は紅茶で」
肉ばっかりだ。男の子だからかな。さすがというか、なんというか。私は名前を聞いただけでもうすでにお腹が一杯になってしまった。
昨日、市場で商品売っておいて良かった。でないと、少し懐が心もとなくなるかもしれないものね。だって、まだ頼み足りなさそうな顔をしているのだもの。
「アグニは冒険者なの?」
「そうだよ。各国を旅しながら、いろいろな依頼をこなしてる」
「へええ。すごいんだね。どんな依頼をしてるの。やっぱり討伐系とか? 迷宮に入ったりしてるのかな」
「うん、そうだね。あとは、国のお偉いさんから、指名依頼で護衛なんかもあるね。密書の配達とかも」
「え。そんな大変なこと私に話してもいいの?」
「平気さ。どうせお偉いさんが依頼するようなことは、冒険者ならば大体の想像はつくものだからね」
「ふうん。私は商業ギルドに登録してて、行商をしている途中なのよ」
「へえ。だから女でも一人旅をしてるのか。以外とできるものなんだね」
「まだハリッツの村から来たばかりだから、数日しか経ってないけどね。うちのおばあちゃんが、私の薬師としての最終試験で、世界を見て回って、どこか自分に合った場所で薬師として生計を立ててみなさいって言ってね、その途中なの」
「ちなみにそのおばあさんの名前は?」
「ミランダ・アスコットよ」
「ああ、だから聞いたことのある家名だったのか。ミランダ・アスコットといえば、昔、薬師として勇者の仲間にいたからね。聞いてない? そのへんのこと」
「……聞いてない。おばあちゃんは、ただの村の薬師だとばかり思ってた。なんで言ってくれなかったんだろう」
おばあちゃんの過去話を他人から聞くなんて、なんか少しショック。どうして話してくれなかったんだろう。私が本当の孫じゃないからかな。なんだか少し暗くなる。
「なんだか、悪い話をしてしまったみたいだね、ごめん」
「ううん。いいの。私、本当の孫じゃないから、多分言う必要がなかったんじゃないかな。私の両親は、私をおちゃあちゃんに預けて、どこかに旅に出ちゃったんだって」
「そっか。親、捜そうとかは思わないのか」
「今となってはとくに。私を捨てた親を今更探しても、私にはおばあちゃんがいればそれでいいし」
そっか。そうだよね。私にはおばあちゃんがいればいいんだ。
たとえおばあちゃんが何者でも、私にとっては大切な家族なんだもの。過去なんて関係ないよね。うん。なんか少しすっきりした。
自己解決できてよかったわ。
「ミランダ・アスコットの孫、ね」
「ん、なにか言った?」
「いや。なにも。この料理が美味いなと思ってさ」
「そう。一口貰ってもいい?」
「いいよ、どうぞ」
そう言ってガーリックソテーの皿をこちらに差し出してくれるアグニ。なんだかはぐらかされたような気がするけど、そこを突いて聞き出すような仲でもないし、私は素直にガーリックソテーを口に運ぶ。
「うん。ほんとに美味しい。今度来た時は私もこれ頼もうかな」
「今度来た時? もう引き払うのか」
「うん。王都にずっといるわけにもいかないしね。私の旅の目的は自分に合った場所を探して生計を立てることだから」
「そっか。……ふうん」
なにか含みを持たせて頬杖をつくアグニ。私は首を傾げてなんだろうと思った。なにかあるようなことはなにもないと思うのだけど。
「それ、僕も付き合っていいかな」
「え?」
「君の旅。僕も興味ある。君が何を見て何を感じ、何をするのか。僕にはそれが興味深い」
「え、ええ?」
なにを言っているのかしら。
アグニが私の旅に同行するって聞こえたのだけど。
そんなこと言われても、とくに面白みのない旅になるだろうし、それにこれは私の人生をかけたものでもあるわけで、何年かかるかわからないものに付き合わせるのも気が引けるというか。
「気にしないで。飽きたらやめるから。それと、僕がいる間は護衛もしてあげる。どう、悪い話じゃないでしょ」
「え、うーん。それはそうなんだけど……」
「ね、じゃあ決まり。僕は自分の宿を引き払ってくるから、ユーリィはそれ食べたら、旅の準備しておいてね」
席を立ちながらそう言ってすたすた宿屋を出て行ってしまったアグニ。私は開いた口が塞がらないというか、呆気に取られてしばらくそのまま宿屋の玄関を見ていた。
「あ、いけない。急がなくちゃ」
了承をしたわけではないけれど、相手を待たせるのは私の主義に反する。急いで朝食を食べ終わると、お代を支払って、二階へと駆け上がっていく。私は忘れ物がないか確認してから背嚢を背負って部屋を出た。
カウンターにいたおじさんにカギを返して外へ出ると、アグニはすでに宿屋の入り口脇で壁に寄りかかりながら私を待っていた。早い。
「遅くなってごめんなさい」
「いいよ。僕が急かしたんだし。それと、これから仲間としてやっていく上で決めておきたいことがある」
「なに?」
「まずは、敬語。ですますなんて使っている間に、仲間が危険にさらされるなんてことが起きる場合がある。だから、僕らの間では基本タメ口。そして、いくら仲間とはいっても、金の貸し借りはなし。ものを贈ったり貰ったりは構わないけれど、お金は駄目ね。それから、なるべく節約していくから、部屋は一部屋で済ませること。これは、外で野宿をすることも当然あるわけだから、外でも中でも関係ないだろう、ということでもある。以上。なにか質問は?」
「え、えっと。一部屋じゃないとどうしても駄目?」
「それは相手を信用、信頼していないのと同じ行為だよ。それでもいいのなら僕は構わないけれど」
「……わかった。あと、行き先なんだけど、私の旅についてくるって形でいいのよね? なら、行き先は私が決めても構わないのかしら」
「そうだね。基本はそれでもいいよ。ただ、僕にも用事ができるかもしれない。その時は予定変更してもらうこともあると思っていて」
「わかった」
「じゃ、これからよろしく。ユーリィ・アスコット」
「よろしくね。アグニ・レイドット」
こうして何故か鮮血のアグニっていう二つ名持ちの凄腕? の冒険者と旅をすることになってしまった私。だけど、旅は道連れ世は情けって言うし、こういうのもありかもしれないわよね。
そんなに悪い人ではなさそうだし、私の護衛もしてくれるって言うし。
ちょっと軽率かもしれないけど、レンブルトンでのあの出来事が、私には忘れられなくて、この人は、損得勘定抜きで人を助けられる人だって刷り込まれてしまってるというか。
だから、多分大丈夫だと思いたい。
これが女の勘だというのなら、きっと大丈夫。そんな感じがした。