薬師ののんびり旅紀行 六十九話
部屋に木漏れ日が差し込んできて、ちょうどその光が私の顔を照らしているのに気づいて起きる。その感じだと、もうすでに一の鐘は鳴ったみたいね。
私はいまだ隣で寝息をたてているアグニの体を少し揺する。
「アグニ、起きて。朝だよ。朝食を食べたら出発しないと」
「ん、起きる」
私の声かけに答えてアグニは目を擦りながらもゆっくりと半身を起して大きく背伸びをする。そして、あくびをひとつすると、ベッドから降りて、私と自分の分とで二つコップに水を入れて渡してくれる。
「ありがと」
ちょうど喉が渇いていたから、私は差し出された水をごくごくと飲み干す。うん。なんだかすっきり。
私もベッドから起きると、さっそく着替え始める。アグニがいるのに着替えをするのはちょっと恥ずかしいけど、でもアグニもそういう時は見ないようにしてくれるし、そういうのも慣れちゃったからね。
朝食はカルボナーラがいいな。まだまだ入ってるのよね、私の異空間に。
ということで、着替えも終わったし、私は居間へと向かうと皆が起きだしてくる前に、四つカルボナーラを並べる。あとは野菜サラダにドレッシングを作って、コンソメスープもちゃちゃっと作ればいいかな。台所に立った私は手際よく準備する。
そうして準備が整ったその頃には皆起きだしてきて、それぞれの椅子に腰掛けてる。
「おはよう」
「おはよう、ユーリィ。わあ、今日はカルボナーラなのね。私大好きパスタ」
「……はよ。っと、顔でも洗ってくる」
まだ寝ぼけているソルトさん。戻ってくるまで待って、ソルトさんが席についたら、皆でいただきます。このいただきますっていうのは、糧になるすべてのものに対しての感謝の気持ちを表した言葉とお祈りなのよね。女神リウ様がそうしていたんだって。いいわよね。私はこういう話が好きかな。
「うん。美味しい」
ドレッシングもよくできてるし、野菜に馴染んで美味しいな。コンソメスープも温かくて胸に滲みこむ感じ。カルボナーラは前にお店で多めに頼んだものをしまっててそれを出しただけだけど、異空間の中は時が止っているから、いつでも美味しい食事が楽しめる。
他にも料理は入っているし、この辺の残りはお土産ってことでおばあちゃんに食べてもらうのもいいかも。ああ、そうだ。どうせなら、各国の郷土料理なんかをもっと入れておけばよかったわね。せめてアイオーンの国の郷土料理である鍋を持ち帰ろう。
ということで、ファバンとノレの街で鍋を準備して、そこに料理を入れてもらうように頼むことにした。
「あたし、こうして生きていられること、想像もつかなかったから、何かをやりたいとかそういうの、考えもしなかったのよ。でも、こうして皆といられるし。あたしも何かをしたい。でも、何をすればいいのかわからないのよね」
ルチアちゃんがそう言って悩む。
「私はゆっくり考えていいと思うよ。開けた未来なんだもの、本当にやりたいと思ったことができるまでは、ミリーナさんのお手伝いをするとかでいいんじゃない?」
「そうね。すぐにやりたいことが見つかるわけでもないし、あたしもそう思う」
「私から何かを言うとすれば、ルチアちゃんの料理ってすごく美味しいから、料理人とかもいいなって思うけど」
「料理人かあ。たしかにあたしは料理することは好きだわね。うん。それも候補の中に入れておくわ」
「ゆっくり考えていいのよ。だって時間はまだまだたっぷりあるんだし」
「そうよね。ええ。時間がたくさんあるんだと思えるようになったのも、ユーリィの、皆のおかげだもの。あたし、とても感謝してるの。ありがとう」
「いいのいいの。私だって友達ができて嬉しいし。これからもよろしくね」
「こちらこそ」
ふふ、と笑いあう私とルチアちゃん。友達っていいね。もっといろんなことを話したりしたいな。
奇病が完治したルチアちゃんには時間の余裕がこれでもかというくらい増えた。だから、選べる未来もたくさんあるわけで。
私はそんなルチアちゃんを心から応援したいなって思った。なんなら薬師を目指したっていいのよ。そう言ったら、知り合いに自分含めて三人も薬師はいらないって笑ってた。たしかにそうかもね。
この先も生きていけるって思えるようになったルチアちゃんは、なんだかすごく生き生きしていて、とても眩しい。
それってとっても素敵よね。
朝食を食べ終わった頃にミリーナさんがやってきて、荷造りしたものを馬車に積んでいた。
「ミリーナさんおはよう」
「あら、ユーリィちゃんにルチアじゃない。荷造りはできてる?」
「はい。これから馬車に積もうかって話をしていたところなの」
「ミリーナお姉ちゃんは荷物それだけなの?」
「ええ。もともとあの家だって借家だったし、着替えと商売道具くらいしか持っていくものはないのよね」
「そうなんだ。家具とかどうしよっか。置いていっても平気かな」
「いいんじゃないかしら。きっと誰かが住む時になんとかするでしょ」
「うん。わかったわ。じゃあ、ユーリィちゃん、私達も荷物もってこよう」
「そうだね」
昨日のうちに荷造りは終わってるのよね。というか、私の荷物は異空間に入ってるからなあ。手ぶらなんだけどね。でも、ルチアちゃん達はたくさんあるから、そのお手伝いをしてるのよね。
でも、私もそろそろもう少し大きめの異空間が欲しいかな。今のやつだともうぎりぎりなのよね。カースリドに着いたら大きめのを探してみよう。けどまずはハリッツ村に帰るのが先だけど。
ミリーナさんは、家具を置いていってもいいじゃないかって言ってたけど、ソルトさんがやっぱり積める場所があるなら持っていきたいって言った。
「なら俺の異空間を使うか。それなら家具全部もっていけるけど」
「なら頼む。向こうに着いてから揃えることもできるが、懐の余裕はあったほうがいいからな」
アグニとソルトさんは二人してまた家の中へと入っていった。
男手だったら必要だけど、私達じゃたいした役にはたてそうにないから、馬車の中を快適にするために、毛布を敷いたりして色々と準備をする。
こうして皆で旅の準備をするのってすごく楽しいな。
そりゃアグニとの二人旅もすごく楽しかったけど、それとは違う楽しさがあるのよね。皆でわいわいがやがやしながら笑って旅ができるもの。会話だって弾むしね。
「全部入ったね」
「アグニ、すごい広い異空間を持ってるんだな。俺も持っていたほうがいいか」
「なら俺がカースリドの国に着いたらお勧めの店に案内するよ」
「あら、じゃあわたしもいいかしら。道具を入れて持ち歩きたいのよね」
「それならあたしも欲しいな。買い物したもの持たなくていいし、手ぶらで歩けるのってすごくいいもの」
「じゃあ、皆で行こうよ」
「そうだな」
さて、じゃあ行きますか。




