薬師ののんびり旅紀行 六十八話
ルチアちゃんが歩く練習をしだしてからそろそろ一五〇日。つまり約五ヶ月が経った。それとベル村に着てからの分を入れたら一五五日かな。
今ではもうすっかり頬もふっくらして赤みが差して、腕だって足だって筋肉もついて、松葉杖がなくても歩けるようになってるルチアちゃん。
ご飯の用意だってルチアちゃんがしてるのよ。
だから、そろそろ旅にでても大丈夫かもねってことで、ソルトさんとミリーナさんは王都に行って、薬師の派遣依頼と、馬車の準備をしに行ってる。でも今日くらいには戻ってこれると思うから、出立は明日かな。
私とアグニもルチアちゃんが歩く練習をしているその間、王都へ行商に行ったりして、資金稼ぎをしてたの。何のためかって? それはもちろん開業資金を得るためよ。
おばあちゃんからの合格があれば、カースリドの王都でお店を開きたいのよね。いろんな国を見て回ったけど、やっぱり私にはカースリドの国が一番合ってるみたい。
それに、王都ならおばあちゃんの家も数日でいける距離だし。アグニとも相談して、二人でお店をすることにしたのよ。
「ノレからレンブルトン行きの船に乗ればいいのよね」
「ああ。ノレで馬車を返して、レンブルトンに着けばもう数日でミランダさんのところへ帰れるしね」
「あたしとお兄ちゃんとミリーナお姉ちゃんの三人は王都へ行くから、そこで一旦お別れね。でも、登録とかしたらすぐにハリッツ村に向かうからね」
「うん。でも少しくらい観光してきてもいいのよ。好きなようにしてくれれば」
「そうね。私も王都の観光はしたいかな。じゃあ、なるべく早く行くわ」
「うん。私もアグニとおばあちゃんの三人で待ってるからね」
「ええ。ユーリィのおばあちゃんに会うの楽しみ」
居間で紅茶を飲みつつ、シナモンクッキーを食べる。雑談やら旅の話やらをしてたらあっという間に四の鐘が鳴ってた。
そろそろ帰ってくると思うんだけどな。そんなことを考えていると。
窓辺からガラガラと音を立てて馬車を引くソルトさんの姿が見えた。
「あ、お兄ちゃん帰ってきた!」
ルチアちゃんはそう言うと、軽やかに椅子から立ち上がって玄関の扉を上げて外へ出て行った。
「もうすっかりよくなって。本当によかった」
「そうだね。始めは歩くことを怖がってもいたけど、やる気はあったからね」
「うん。すごい頑張ってたもんね」
そんなルチアちゃんの背中を見ながら、私とアグニもソルトさんとミリーナさんを迎えに行く。
そうだね。最初の頃は足に力が入らなくて、かくんと折れるように床にぺたんと座り込んじゃったり、あとは這うことくらいしかできなくて、夜泣いてたのを見ちゃったこともあったけど、それでも目標があったからか、すごい頑張りで今ではもう走ることだってできる。
私はそんな頑張り屋のルチアちゃんが更に好きになったなあ。だから、薬膳料理だって工夫してみたり、お菓子にも入れたりしてサポートしてたけど、もうその必要もないくらいだもの。
「ただいま」
「おかえり。二人とも。疲れてるでしょ? 俺が馬車を引き受けるから、中へ入って休むといいよ」
「あたし、お茶の準備してくる」
「おかりなさい。王都はどうだった?」
「ただいま。そうね、久々だったけど、特にこれといって変わったことはなかったわね。冒険者ギルドへも私も一緒に行ったけど、あなたたちのことを探しているようなものはなかったわ」
「そうだな。俺は顔が連中には割れてるから気配には注意していたが、それもとくになにもなかったしな。諦めたと楽観はできないが、少なくともこの国まではまだ手は伸びてきてないようだぞ」
「そうなんだ。よかった、ほっとした。ありがとう。調べてきてくれて」
「なに、構わんさ。妹の恩人だからな」
「それを言うなら私達の恩人でもあるよ」
話ながら家の中へと入る私達。馬車を家の外に繋いだアグニもすぐに戻ってくる。
「どうだって?」
「大丈夫だって」
「ならよかった。ま、国を出るまでは安心はできないけどな」
そう言いながら席に着くアグニ。そうだよね。手が伸びてないように見せかけているのかもしれないし。追っ手がきてるのかそうでないのか、わからないのってすごく怖い。だけど、アグニも一緒だし、それに事情を知ってるソルトさん達もいるものね。
始めは知ってるのはソルトさんだけだったけど、私の事情をルチアちゃんとミリーナさんにも話をしてあるの。そうしたら二人ともなにそれって怒ってくれて。すごく嬉しかったな。
味方がいると、こんなにも落ち着いていられるんだね。そして最大の味方の一人であるおばあちゃんにももう少しで会える。もう旅に出て七ヶ月以上会ってないから、早く会いたい。
私はルチアちゃんが淹れてくれた紅茶を飲みつつ、シナモンクッキーを食べる。このクッキーもまだまだあるのよね。お店の商品にもしてみようかな。美味しいし。
「いよいよ明日だね」
「荷造りも終わってるし、あたし、旅なんて初めてだからすごく楽しみなのよね! しかも船に乗れるんでしょ? 今からわくわくが止まらないわ」
「私は船酔いするからなあ。でも、酔い止めもあるし、頑張る」
ルチアちゃんは旅が楽しみで仕方ないって感じで、すごくうきうきしてるのがわかる。そうよね。私も旅を始めるまではすごく楽しみだった覚えがあるなあ。
なんだかあの頃とはもう全然違うわよね、私。色んなことがあったから、ハリッツの村が懐かしい。まだ一年も経っていないのに。でも、もう数日後には帰ってるのよね。おばあちゃん元気かな。元気だよね。だってあのおばあちゃんだもの。
「アグニはおばあちゃんとは面識あるの?」
「あるよ。会っちゃいけないのはユーリィだけだったから。もちろん、ユーリィをお嫁さんにするって言っておいたから、その辺も大丈夫だとは思うよ。たぶん」
「うん、まあ。たぶん、ね。おばあちゃんなら何か課題を出されそうだよね。だけど、もうそんなこと言ってたなんて、驚いた」
「悪い虫を寄せ付けないためには先手を打っておかないとね」
「そ、そうなんだ」
眠る前にアグニにおばあちゃんのことを聞くとそんな返答が返ってくる。
そうだ。それに、アグニのこともちゃんと私から紹介しないと駄目だよね。この人が私の選んだ人ですって。無事に済むといいんだけど。
だけど、おばあちゃん、さっき私が言ったように、なにかしら課題は出してくるよね。あまり難しいのはやらないでほしいけど、こればっかりは実際に会ってみないことにはわからないし。
とりあえず、私はアラリス神とリウ神に、課題の難易度が低くなることをお祈りしておくね。
そんなことを考えているうちに次第に瞼も落ちてきて。
私はすっかり寝入ってしまうのだった。




