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薬師ののんびり旅紀行  作者: ちゅんちゅん
第四部 ご令嬢とソルトの妹と
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薬師ののんびり旅紀行 六十四話

 アイオーンブリッジを渡りきり、ソルトさんの事情を聞いた私とアグニは、三人でサリエの街、コムカの街を経由して、ベル村へと向かうことに。

 私の万能薬で治ってくれるといいんだけど、どういった症状かこの目で見てみないことにはね。


「妹さんはどんな病気なの?」

「もう一年になるか。まず最初に下痢や嘔吐。その後に咳と食欲減退、筋肉が衰えてそのうち歩けなくなるんだ。医者にはもう今年いっぱいもてばいいほうがろうと言われたな。今は病状も進んでいて、もう寝たきり、そして睡眠時間も多くなっているんだ」

「初期症状だけじゃ、風邪と間違うわね」

「……それ、伝染病じゃないか? 俺の母親の村でも似た症状が流行り病となって、村を封鎖して皆助からなかった病気だ。……あ、すまない」

「いや、いいさ。今は少しでも進行を遅らせる為に、それらの症状を改善させる薬を飲ませているんだが。それももう……」

「村の他の人たちはどうなの?」

「俺達の家は村の外れにあってな。他の村人は皆近寄りもしない。奇病を恐れてるんだ。村の薬師だけが唯一の頼みで、俺が金を貯めて万能薬を入手して戻ってくるまで面倒を診てもらっている」


 たしかに、伝染病なら怖がって近づきたくないのもわかるけど。


「平民には万能薬は神の奇跡としか言えないからな。王侯貴族ですら入手するのは困難な薬だ。それをたくさん持ってる穣ちゃんには本当に助けられたと思っている。俺と穣ちゃんらを会わせてくれた神のお導きだとな」

「待って。万能薬が本当にその奇病に効くかは試さないとわからないし。お礼を言うのは早いよ」


 本当に私の万能薬で助けられるといいんだけど。

 ううん、大丈夫なはず。だって、私の万能薬は普通のと違って、私特製の原液、つまり私の血が入っているから……。それに、私と同じくらいの年頃っていったら、まだまだこれから先の未来もあるのに。……助けたいな。

 そうして私たちは、馬で駆けて徒歩なら一〇日間はかかるはずの道のりを、四日に短縮して村に到着した。

 村へとやってきた私達への視線は、ソルトさんに注がれていた。どちらかというと、避けていたい。そんな窺うような視線。

 伝染病。だけど、どうしてソルトさんにはうつってないんだろう?


「ソルトさんは妹さんの看病をしている時に何か注意してやっていたことはある?」

「……そうだな。俺は風邪かと思ってたからな。俺まで風邪になっちゃ看病できないもんで、布で鼻と口を覆ってたな」


 それじゃ、空気感染かな。


「なら、私たちもそうしようよ。念のために万能薬を溶かした聖水に布を浸しておけば、多分感染はしないはず」

「そうだな。なら、頼む」


 そう言ってソルトさんは、懐から大事そうにしまっていた万能薬を私に差し出す。


「いいよ。言い出したのは私なんだから、私のを使うわ。それに、またいつ薬が必要になるかもわからないのだし」

「すまない」

「とりあえず、俺達をソルトの家に案内してくれないか。さっきから視線が気になる」

「わかった。こっちだ」


 村人の視線から逃げるようにして私達はソルトさんの家へと向かう。

 またいつ薬が必要になるかわからないとは言ったけど、一度感染して完治すれば、もうかからないとは思うけどね。伝染病ってそんなものだし。

 あとは、栄養のあるご飯か。私の異空間にはまだまだたくさん料理の材料があるから、それでご飯を作ればいいかな。

 だけど、咀嚼することもできないのなら、お粥がいいいわよね。妹さんには無理させちゃうけど、体力をつけるために少しでも食べてもらわないと。


「ここが俺の家だ」


 連れてこられた家は古い家。ソルトさんのご先祖様たちが補修しつつも、代々この家に住んでるんだろうね。屋根や壁を直した跡がわかる。屋根からは雑草が生えていて、ぱっと見は空家のようだった。

 玄関を開けて中へと通されると、奥の部屋の扉が開いた。


「あら、ソルトくんじゃない。どうだった?」

「ああ。大丈夫だ」

「よかった……。なら早く……って、あら。あなたたちは?」

「私はユーリィで、こっちがアグニです。薬を売る行商をしてたのですが、途中でソルトさんと出会ってここにきました」

「薬? あなた若いのに薬師なのね」

「はい。一応、薬師暦は十二、三年です。物心つく前から教わってたので」

「まあ。それなら私よりも長いのね。私はまだ修行を終えたばかりで五年かかったもの。あ、わたしはミリーナよ」


 そう朗らかに言うミリーナさん。私達は彼女にここへ来た理由を話す。


「まあ。なんてこと。神様のお導きだわ」

「本当に効くかどうかはわかりませんけど、やれることはやっておかないとと思いまして」

「そうね。わたしでは進行を遅らせることしかできなかったけど」

「ミリーナのおかげでこうして間に合ったんだ。俺はすごく感謝してる。さんきゅな」

「ソルト……。ええ、そうね。じゃあさっそくルシアちゃんのところへ行きましょう。さっき体を拭いたところだったのよ」


 私達四人は万能薬を聖水で溶かしてそこに浸した布を絞って、鼻と口を覆う。

 カチャリと開けたその部屋のなかには、ベッドの上で横たわりながら、窓の外を見ている女の子がいた。この子がソルトさんの妹さんなのね。とてもやせ細っていて、痛々しい。


「水は飲めるんですよね?」

「ええ。おかゆも時間をかければ少し食べられるわ」

「あ、じゃあお粥をお願いできますか。お粥一緒に万能薬を飲ませましょう」

「わかったわ。じゃあ、ルシアちゃんのこと、よろしくお願いね」


 そう言ってミリーナさんは部屋を出て台所へと向かう。

 私はそれを見送って、ルシアちゃんを見る。これが、奇病なんだ。私の万能薬で少しでも回復してくれればいいんだけど。

 ルシアちゃんは、頬が痩せこけていて、半身を起した状態で私たちを迎えてくれたけど、布団の上に出ている手首もものすごく細かった。

 私達の視線に気づいたのか、少し恥ずかしそうにして布団の中に手を入れてしまった。


「こんにちは。私はユーリィ・アスコットっていうの。薬師をしてるわ」

「俺はアグニ・レイドット。ユーリィとは婚約中なんだ」

「あたしはルシアです」


 え、婚約とかなんでそんなことまで言うの? ちょっとびっくり。

 だけど、そこはとりあえず無視して、私はさっそくルシアちゃんのそばに寄る。

 うん。たしかにかなり病状が悪化してるみたい。私は医者じゃないけど、それでもかなり悪い状態だってことはわかる。生きていることの方が奇跡みたいに。

 とりあえず、今日は万能薬を一粒飲んでもらって、お粥を少し頑張って食べてもらおう。一気にやろうとはしない。そんなことをしても、ルシアちゃんの体はきっとついてこれないと思うし。

 まずは私の万能薬でどのくらい改善されるかの様子見たほうがいいよね。

 ルシアちゃんを心配そうに見ているソルトさん。

 どうか私の薬が効きますように。

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