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薬師ののんびり旅紀行  作者: ちゅんちゅん
第四部 ご令嬢とソルトの妹と
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薬師ののんびり旅紀行 六十三話

「ところで、私、ユーリィ・アスコットっていいます。おじさんは?」

「おじさん? まだ若いつもりだったんだがなあ。俺はソルトだ」

「よろしくお願いします。ソルトさん」

「まあ、任せとけ」


 冒険者ギルドで無事に依頼を出して、そのまま請け負ってくれたソルトさん。先に五粒を前金として渡したから、私がちゃんとこの国から逃げれればもう五粒渡すことになってる。

 そして、私は今、教会の前に来ている。依頼内容に、私とアグニを連れてアイオーン大陸に渡る、までが依頼内容なの。それが一番最善なはず。

 リウラミル教の教えでは、殺人、またはそれに関わった者は如何なる理由があろうとも、極刑に処されることになってるの。夫婦神は命の恵の象徴でもあるから。ソルトさんが教徒で助かった。

 教会は警備されてて、中を見ることができないのだけど、私にはやれることがある。それで注意を向けたその隙に、アグニを連れ出す手はずになってるわ。

 握り締めた癇癪玉を私は警備している人注意を引きつける為に、反対方向へと勢い良く投げつける。数個の癇癪玉は、魔力を籠めて数秒後に爆発する。だけどそれは音だけで、殺傷能力はないんだけどね。

 何事だと持ち場を離れた警備の人達。

 教会の中からも悲鳴があがってる。外の爆発音に驚いたんだと思う。


「急ぐぞ」

「うん」


 私とソルトさんは、警備がこちらを見てない隙に、教会の扉を開け放った。

 扉を開けた一番奥には、白い衣装に身を包まれたアグニとレイネさんがいた。少しだけツキンと胸が痛んだけど、今はここから逃げるのが先。


「アグニ!」

「……ユーリィ!? 無事だったんだな!」

「急いで!」

「ああ」

「お待ち下さいまし! アグニ様はわたくしと結婚するのですわ!」

「いい加減にしろ! ユーリィが無事ならばこんな茶番に付き合ってやる道理はない。誰がお前なんかと! 目障りだ、消えろ!」

「そんなっ。何の為にわたくしが……。あなたはクレスメンの騎士団長になれるお方ですのよ! それをそこらの小娘と一緒にいるなんて。わたくしと共にいたほうがあなたの為なのですわよ!?」

「……今度俺達に関わるようなことをしてみろ。その時は殺す」


 アグニがそう言って私のところへ駆け寄ってきた。ああ、アグニ! 会いたかった。短い時間だったのに、すごく長く感じてた。

 レイネさんはアグニのこと、知ってたんだ。なんでだろう?

 私はアグニに抱きつきたかったけど、それを我慢してアグニの手を取る。そして、ソルトさんがこっちだっていうから、二人でついて行くことに。

 教会に居た人達は皆ぽかんとしていて、状況が飲み込めてないみたい。そりゃそうよね。新郎が他の女と逃げ出すんだもの。


「どうして?」


 アグニが走りながら問いかけてきた。

 視線の先は、私達の前を走っているソルトさん。


「ソルトさんは味方だよ。私が依頼を出して、それを請け負ってもらったの」

「ああ、上書き依頼か。それならば納得いく。冒険者は得な方に着くからね。で、何を対価にしたんだ」

「万能薬一〇個」

「そんなに?」

「うん。一,〇〇〇,〇〇〇セルの五倍。それならちょっとやそっとのことじゃ、裏切らないと思って。それに、あの人リウラミル教徒なんだって」

「なるほど。わかったよ。それならまあ、わかる」


 走りながら私とアグニは会話を続けるけど。


「この国から私達を無事に連れ出すことが依頼の達成条件なの」

「おい、あんたら。感動の再会もいいが、もっと急ぐぞ。警備が追ってくるはずだ」


 その言葉に私とアグニは会話をやめて走る速度を上げる。

 もう二度とこの手を放したくない。私は繋がれたこの手を見てそう思った。


「北門の馬屋で二頭借りてある。そいつに乗って走るぞ」

「ああ。ソルト、だっけか。ユーリィのこと、世話になった」

「俺は得な方についただけだがな」


 教会へ来る前に、ソルトさんは馬を二頭借りてた。その馬に乗ってアイオーン大陸に渡るんだって。ただ、ヤンクの港はもうレイネさんの手が回ってると思ったほうがいいから、ミスト大陸とアイオーン大陸を繋ぐ大橋を渡るって言ってた。

 その間、私達は約八日間どこの街にも寄らずに馬を休ませつつ進むことに。

 そうして追っての気配がないか注意しつつたどり着いた大橋、ミストブリッジ。ここを半分抜ければもうアイオーンブリッジになるの。

 私達は馬に乗ってそのまま大橋を抜ける。


「これで大丈夫かな」

「まだ安心はしないほうがいいぞ。それと、もうあの国には行かないほうがいい。あのお嬢様は侯爵家のご令嬢だからな。身分だけで考えるとあんたらに勝ち目はない」

「どうしてアグニにそこまで固執してるんだろう」

「俺がクレスメンの元騎士団長の孫であることを知っていた。どこかで情報が洩れたみたいだ。もしかすると、クレスメンの大聖堂から逃げ出したのはもう知られているのだし、俺達の情報を流して捕まえようとしているのかもな」

「それならなんで結婚なんか……」

「さあ。あの女のことは考えたくもないけど、俺に好意を持ったのは本当のようだね。どうでもいいけど」

「好きになったから引き渡すことをしないでアグニを守ろうとしたのかも。だって、捕まったら私を逃がした罪とか、そういうので何か刑罰があると思うもの」

「まあ、そん辺は本人しかわからないだろうな。だがあのお嬢様のような者がこの先出てこないとは限らない。注意しておくに越したことはないぞ」

「わかってるさ」

「うん」


 ソルトさんにそう言われて、私達はアイオーンブリッジを渡りきる。

 元はミスト大陸とアイオーン大陸は一つの国だったんだけど、兄弟が別々に治めだした頃、兄弟喧嘩が戦争にまで発展してね、それからは貿易の為に大橋で繋いだままだったり、船で行き来することはあっても、お互いに不干渉を貫いてきてる国なんだそうな。

 ソルトさんはアイオーン出身で、そんなお国の事情を私たちに説明してくれる。そうして、少し言いにくそうに話を切り出してきた。


「悪いんだが、付き合ってほしい村があるんだ」

「村?」

「なんのためだ」

「俺の育った村なんだが、俺の妹が不治の病に冒されていてな。万能薬を試してみたいんだ」

「それで私の万能薬への反応がよかったのね」

「両親を早くなくしててな。俺と妹はたった二人だけの家族なんだ」

「なるほど。わかったよ。ここまで逃げるのに手伝ってくれた恩もあるしな」

「まあ、俺は依頼で雇われただけだがな。こっちこそ恩に着る。元々、妹の病を治す薬を入手するために冒険者になったようなものなんだ。ちょうど、穣ちゃんと妹が同じくらいの年頃だったもんでな」

「そうだったんだ。じゃあ、早く行って薬、飲ませないとね」


 私達を助けてくれるのにはそんな理由があったんだね。

 本当につき合わせて悪いなっていう表情でそう言うから、私とアグニはソルトさんの村まで同行することにした。

 アイオーン大陸に無事に逃げて報酬もちゃんと渡し終えたけど、私で力になれることがあるのならば、手伝えることならやりたいよね。

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