薬師ののんびり旅紀行 六十二話
四の鐘が鳴る頃、私達は再び裏路地にある古書店へとやってきた。情報、集められてるといいな。
だけど。
「わ、なに!?」
「ユーリィ!」
店に入ろうとしたら、いきなり扉が開いて、私は中に引き込まれる。
「放して!」
「おとなしくするんだな」
そう言って、私は湿った布を鼻と口を覆われる。これって、睡眠薬の!
そう思ったときはすでに遅く。私はもがいたけど、段々瞼が重くなってくる。駄目、寝ちゃ駄目なのに。でも、抗うことはできなくて、私の視界は暗くなっていく。
「ユーリィ!」
「駄目ですわ、アグニ様。そんな女は放っておいて、わたくしと参りましょう」
最後に、あのレイネさんの声が聞こえたような気がした。
「ん……。ここは」
目が覚めると簡素な部屋に私は縛られて寝かされていた。
なに? どういうこと?
寝起きの頭をフル回転させて私は考える。
「そうだ、私、情報屋さんのところで……」
「起きたか。よお、穣ちゃん。気分はどうだい?」
「……あなたは誰。レイネさんに雇われたの?」
「そうだな。金で雇われている。仕事内容は、穣ちゃんと、あの小僧を引き離すこと、だ」
「アグニは? 彼は無事なの」
「そりゃあもう無事さ。なんてたって、レイネお嬢様の惚れた相手だからな。今ころは結婚式でもしてるんじゃないのか」
「なっ」
アグニとレイネさんが結婚? じゃあ、ここはレグラ。逃げてきたのに、戻ってきちゃったんだ。
それに、お嬢様ってことはレイネさんは貴族ってことよね。なんで貴族のお嬢様がアグニを。惚れたって、こんなことをするくらい、アグニが好きってこと?
「私を解放して」
「残念だが、穣ちゃんはクレスメンへと連れて行くことになってるんでね。あの小僧は諦めな」
「クレスメン!?」
そんな。この人、なんで。
「なんで知ってるのかって? そりゃ、情報屋がいるからな」
なんてこと。レグさんはこいつらに私達の情報を売ったってこと?
「金を積めば、立場は一気に逆転するものなのさ。あの小僧は相当あんたを大事にしてんだな。人質にとったらすんなり結婚を承諾したぞ」
「そんな……」
私の中でガラガラと音をたてて崩れていく何か。それは、アグニとのこれからの未来だったのかもしれない。
アグニ。
ポタポタと流れ落ちていく涙。こんな奴の前で泣くなんてしたくなかったけど、どうしても止まらない。
「あー、あんたには悪いが、これも仕事なんでね。諦めてくれ」
その言葉に私は何も返さない。返せない。
私は幸せになっちゃいけなかったの? 神様。私は、忌み子だから、死ななくちゃいけないの? 教えて。私、どうしたらいいの。
クレスメンに行ったら火あぶりの刑になるの?
私、まだ死似たくないよ。死体ことだってまだまだたくさんあるし、それになによりアグニと離れたくない!
絶対にここから逃げ出す。
「クレスメンにはいつ行くんですか。その前にアグニに会わせてください」
「それはできないな。あのお嬢様はあんたを小僧に会わせたくないらしいからな」
「私からアグニを奪っておいて、最後の別れもさせてはくれないの? 私はクレスメンに行ったら死んでしまうのに」
「あ? 死ぬ? なんでだ」
「……私は、生まれてきちゃいけない存在だから」
「なんだそりゃ。この世にそんな存在はいないぞ。必ず意味があるもんだぞ」
「私にはそれがないから言っているの! 私は忌み子だから。アラリス教にとって、存在していてはいけないから。だから、クレスメンに連れて行かれたら、火あぶりの刑で殺されるのよ。せっかく逃げてきたのに。あなたは私を殺すのね」
「火あぶり? なんだそりゃ。それに忌み子? 俺はそんな依頼を請けた覚えはないがなあ。ただ、捜し人の依頼があると情報屋から聞かされただけだ。クレスメンの冒険者ギルドでその依頼を受けてから、依頼人の下に連れて行く予定なんだが」
「あなたにそのつもりがなくとも、私はクレスメンに行ったら殺されてしまうのよ」
もう、アグニと二度と会えないんだ。最後の別れになるかもしれないのに、もう。
きっと、その依頼は教皇が出したんだ。神殿騎士だけじゃ他宗教の国に行くのは難しいから。
「……なんだか、厄介な仕事を請け負っちまったみたいだな。だが……仕方ねえ。これが最後だぞ」
「え」
「最後にこっそり見せてやる。場所は知っているからな。行くぞ」
そう言って私を連れて冒険者のおじさんが歩き出す。
見せるってことは、結婚するって行ってたから、教会かも。そこでどうにか逃げられないかな。私が逃げれば人質がいなくなるってことだから、そうしたらアグニも逃げ出すはず。
「逃げ出そうなんて考えるんじゃないぞ。俺は穣ちゃんを傷つけたくはないからな」
「さっきも言ったけど、あなたにそのつもりがなくても、私はクレスメンに行ったら殺されるのよ。だからこうして他宗教の国に逃げてきたのに」
「……それなんだが、なんでそう思うんだ? 忌み子って、もしかして穣ちゃんはあれか、神官や巫女の子供なのか。他に忌み子っていってもないしなあ」
「ならわかるでしょ。私のお父さんとお母さんも、火あぶりの刑にされるところだったけど、なんとか逃げ出して私のことをおばあちゃんに託して行方不明なの。私は逃げると同時に両親のことを探していたのよ」
「なるほどな。そう言う理由か。はあ。これは本気で厄介ごとだ。俺は自分のせいで誰かを殺すとか、そんなことは望んでねえ。だが、依頼を破棄すれば、俺の信用が落ちる」
「人の命よりも大事なんですか」
「それを言われちゃあお終いなんだがよ。ったく。……仕方ねえ、穣ちゃん。冒険者ギルドへ行くぞ」
「どうしてですか。教会に行くんじゃ?」
「式は三の鐘が鳴ったら始まる。今はまだ二の鐘が鳴ってから少しだ。その前にやれることならある」
おじさんがにっと笑って言う。
「まあ、簡単に言やあ、より金額の高い依頼で上書きしちまえばいいのさ」
「上書き?」
「ああ。あんた、一,〇〇〇,〇〇〇セルよりも高い額を払えるか? それなら、あんたを逃がす依頼を出して、俺がそれを受ければいい。冒険者ギルドじゃ、より高い報酬が優先されるんだ」
「……そうなの。でも私、そんなお金持ってないです。お金じゃないと駄目なんですか?」
「そんなことはないぞ。物で支払うこともできる」
「なら、お願いします。私、薬師なんです。万能薬を作れます」
「万能薬! 本当に持っているのか!? それなら二粒で一,〇〇〇,〇〇〇セルだな。……だが、材料はあるのか?」
「大丈夫です。二〇〇粒はありますから。一〇粒でいですか」
「一〇!? に、二〇〇だと? 嘘じゃないよな」
「ミランダ・アスコットって知ってますか」
「ああ。昔は王宮に勤めていた歴史上もっとも腕が良い薬師だな。だが、今は隠居してどこかに身を隠してるらしいが」
「私のおばあちゃんなんです。物心つく前から教わってました。だから、嘘は言いません。本当かは本人に会ってもらえればわかると思いますが。会いに行きますか?」
「……あー、まあ。穣ちゃんが嘘を言ってないことはわかった。そんなに真剣なんだ。本当なんだろう。それに万能薬が報酬なんて良すぎる報酬だ」
「じゃあ」
「ああ。……俺は悪人にはなりたくないからな。敬虔はリウラミル教徒だもんで。それに、万能薬か。ついてるな」
「ありがとうございます!」
そっか、だから私が忌み子でも、拒否反応がなかったのね。
でも、これで依頼を出せば逃げられる。そうしたらアグニを迎えに行かないと。
それにしても、万能薬にすごい反応が出たけど、そんなに欲しかったのかな。




