薬師ののんびり旅紀行 六十一話
そうして馬を借りたから、徒歩でだったら四日かかる距離を、一日半でヤンクにたどり着くことができた。
「早くつけてよかったね」
「そうだな。とりあえず、定期船の券だけは先に買っておこう。いつ見つかってもすぐに船に乗れるように」
「うん。どこ行きのにする?」
「北のアイオーン大陸の王都、アイオーン行きにしよう。王都へは港があるからそのまま行けるんだ。それと、何かがあったら落ち合い場所も決めておこう。日数はかかるけど、ユーリィの住んでるミランダさんのところでいいかな。そこが今は一番安全だ。あの人も強いからね」
「わかった。何かがあれば、おばあちゃんのところね」
おばあちゃんが強い? よくわからなかったけど、でもおばあちゃんに助けを求めえればなんとなかるって思えちゃうから。私はそれに頷いた。
ヤンクの市場に来ていつも通り、売り子をする為にシートを広げる。もちろん商業ギルドで許可証も貰ってきたわ。
冒険者向きの商品と、あとは今日は風邪薬も足してみた。市場に行くまで小耳にはさんだんだけど、風邪が
流行してるみたいなのよね。だから、多分売れると思うの。
あまりお金がなくてお医者さんのところにいけない人は、薬だけ入手できるならそうしたいでしょうし。
私の風邪薬は咳、鼻水、頭痛に効く総合風邪薬だから、一応、風邪のタイプによって選ばなくても大丈夫なようにしてるしね。価格だって休安めにしてあるし。本当に薬が必要でもお金がなくて買えないっていうなら、ただでもいいくらいだわ。
市場で売り子をしている間、アグニも手伝ってくれたけど、やっぱりアグニがいるといないとでは集客率が違うのよね。主に女性客のね。助かるけどちょっと複雑だわね。
「そろそろ帰ろうか」
「うん。じゃあ片付けようかな」
今日の売上はハイポーション五〇個にハイエーテル一〇個、マーカー三十五個と風邪薬一〇個。九七,五〇〇セル。午後からだったけど、中々売れたわね。いい感じ。
だけど、お客さんに聞いても誰も知らなかった。私に似てる人っていっても駄目だったわ。けど、そう簡単に見つかるわけないから、大丈夫。
宿屋へ帰ったらおかみさんにも聞いてみるし、食堂兼酒場になってるからそこでも聞き込みをするつもりだし。数日いれば、誰かを探してるって噂も出て、案外向こうからくるかもしれないしね。
ただ、今更なんだけど。私、お父さんとお母さんの名前、知らないのよね。アグニもおじいちゃんに聞いてなかったからわからないそうだし。なんていう名前なんだろうね。色々知りたいな。おじいちゃんのところでゆっくりできていれば、名前だって聞くことができたのになあ。
まあ、過ぎたことは仕方がないから、今できる方法で探すしかないのだけども。
「おかみさんもお客さんも駄目だったね」
「一日で見つかったら逆にすごいから。諦めずに探していこう」
「うん。ありがとう」
アグニにそう励まされて頷く私。
宿屋に帰ってから聞いたけど、全部空振り。ちょっと落ち込んだけど、そうよね。諦めるなんて駄目って決めたし。すぐに見つかるなんて思わないで、長期的な目でみたほうがいいのかも。
「この街の情報屋さんってどこにいるのかな」
「そのことだけど、ちょっと俺は出かけてくるから、ユーリィは先に休んでて」
「いいけど。探しに行くのなら私もいくよ?」
「ちょっと女の子を連れまわすにはあまりよくない場所に行くからね」
「そうなんだ。わかった。じゃあ部屋で待ってるね。気をつけていってらっしゃい」
アグニが情報屋さんを探しに行ってくれるみたい。私を連れて歩けないってことは、裏路地の闇組織とかそういうのがあるところに行くんだろうね。邪魔しちゃ悪いから私は大人しく待っていよう。
アグニを見送って、私は一人残されたわけだけど、どうしようか。暇つぶしになにかできることってないかな。
うーん。あ、そうだ。今日売れた分の補充をしておこう。そう思いって私は時魔法の指輪を使って異空間の中から必要な物を取り出す。そうしてゴリゴリサラサラと次々に慣れた手つきで補充していった。
だけど、それもあっという間に終わっちゃったから、今度はなにをしようかと考えるけど、特に何も浮かばなくて。結局私は仮眠することに。
何もすることがないって、本当に暇で嫌だわ。
そうして私が寝入ってからどのくらい経ったんだろう? アグニが戻ってきて私を揺り起こす。
「おかえり」
「ただいま。見つけてきたよ」
「わ、すごい。じゃあ、明日? 行くのは」
「ああ。だから今日はそろそろ寝ようか」
「うん。ありがとう、アグニ」
「いいさ」
二人して同じベッドで眠る。最近一緒に寝るのがすごく安心できていいのよね。依存、し過ぎてるかな、私。だけど、アグニも同じ気持ちだと思うから、いいよね。まあ、それでも、いつかはお互いに対等に立って良い意味で支えあえるような関係になれなたいいなとは思うけどね。
そして翌日。
私はアグニに連れられて情報屋さんの家に向かうことになった。裏路地をうねうね曲がりながら進んで行くと、古ぼけた赤い屋根の家。そこがそうなんだって。
ギイギイ鳴る扉を開けて家の中に入ると、そこは古書を取り扱うお店だった。
あれ、ここって情報屋だよね? 私が不思議そうな顔をしていると。
「情報屋はその存在を隠す為に、わざと関わりのない職業につくものなんだ」
「そうなんだ。でもそしたら、アグニはどうしてわかったの?」
「酒場のマスターを通して紹介してもらったのさ」
「宿屋のではなくて、他の酒場のマスター?」
「ああ。冒険者の中では普通のことなんだけどね」
「へえ。なんだかすごいのね」
「ということで。レグ、いいるんだろう」
「……いらっしゃいませ」
アグニがそう言うと、積み重なった古書の隙間から、おじさんが顔を出した。わ、そんなところにいたのね。全然気づかなかったわよ。
「で、何が聞きたい」
「私によく似た、女の人を探しているんです。知りませんか?」
「穣ちゃんによく似た、か。悪いが、それ以外の情報もないと、なんともできんな」
どうしよう。私が忌み子だってこと、言ってもいいのかな?
窺うようにアグニを見ると。
「大丈夫。ここはそういう戒律はないから」
「そっか。そうだよね。……あの、私。クレスメンの神官と神子との間にできた忌み子なんです。それで、お母さんと私はとてもよく似ていると言われたので。手がかりといったらこのくらいしかないんですが」
「なるほど。あそこの国はアラリス教だからな。……そうだな。あと一日待ってくれ。それまでに集めてくる」
「わかった。とりあえず、前金として五〇〇,〇〇〇セルを。納得いく情報を入手できれば、あと同じだけの額を出す」
「いいだろう。交渉成立だ。明日、四の鐘が鳴る時にまた来てくれ」
「わかった」
「よろしくお願いします」
そう言ってレグさんに情報を集めてくれるのを頼んだ私達は、ヤンクでもう一泊することに決める。




