薬師ののんびり旅紀行 六〇話
翌朝。
私アグニは早朝、軽めの食事をしてから宿を出る。もちろん誰かの気配がないか確認をしてね。
このレグラには東西北に門があるから、確率は三分の一よね。レイネさんが待ち受けてるかもしれないし、私とアグニは彼女がいないことを願いつつ、まずは西門から見てみることに。
「うわ」
「いるね」
レイネさんは、誰かが通るたびに西門の脇に立って探してるみたいだった。なんでそこまでアグニに固執するのかな。やっぱり顔? アグニがかっこいいから自分のものにしたいのかな。
だけど、アグニの性格はちょっと特殊だから、いくらかっこよくてもね。私はそんなアグニの中身も好きだからいいけどさ。
「北門に行こうか」
「そうね。本当にいるとは思わなかった」
「なんで俺なんだ。正直、鬱陶しい」
眉間に皺を寄せてアグニは吐き出すように言う。
たしかに。なんでアグニなのかな。
北門から出た私達は、北西にあるケネスの街に向かう為に走り出す。せめてレグラの街が見えなくなるまでは安心できないもの。
そう思っていたのに。
「見つけましたわ。アグニ様」
馬に乗って駆けてきたレイネさんに私達は捉まっちゃった。途端アグニの顔色が冷たいものに変わる。ああ、機嫌が急降下だね。私もちょっとテンション下がったけど。
馬に乗ったまま私とアグニの元へと来たレイネさんは、馬を降りるとアグニに抱きつこうとして……こけた。アグニがひらりと避けたから。
「どうして避けるのです? わたくしを受け止めてくださいまし」
「なんで俺が。迷惑だ。帰れ」
「まあ。そちらの方に脅されているのですわね。ちょっとあなた。わたくしのアグニ様を奪わないでくださいまし」
……。む。
「わたくしとアグニ様はこれからレグラの街で結婚式をするのですから」
……。むむ。
「あなた、もう過去の方ですのに、なぜ今もアグニ様に纏わり付いてくるんですの。迷惑ですわよ」
……。これ、怒ってもいいかな、私。
言動に苛々しながらも押さえていたのに、そろそろいいよね?
「なんでレイネさんがアグニと結婚なの? 私とアグニはもう結婚を誓い合ってるのに。後から出てきてなんなの。アグニは私のことが好きなんだから、あなたこそ私とアグニの仲を邪魔しないで!」
「ユーリィ。俺の為に怒ってくれてありがとう。嬉しいよ。愛してる」
アグニが私を後ろから抱きしめて頭上に口付けられたのを感じる。そのことを心強く思い、私は続ける。
「レイネさん、あなたはなにがしたいの? なんでアグニに目をつけたの? アグニの何を見てそんなことをいうの?」
「わたくしは悪漢から守ってくれそうなアグニ様に恋をしたのですわ。わたくしが好いたお方なのですから、それにアグニ様は答えないといけないのですわ。わたくしは欲しいものは人でもなんでも手に入れてきたのですから。アグニ様はもうわたくしのものなのですわ」
ああ。
こういうのって、お貴族様の考えよね。身分がないものを、物として扱う感じ。人間は皆同じなのに。
私、そう言う考え方って、苦手。ううん、嫌だな。
「それに、失礼ですけどそちらのあなた。わたくしよりも劣っているのになんなんですの? わたくしのほうがお似合いですわよ」
なんか、ずきんときた。いつか誰かに言われるかもって思ってた言葉。私はさっきまでの勢いをなくして、口を閉ざす。それをみたレイネさんは、勝ち誇ったようにして、アグニのそばに歩み寄ってきた。
そりゃ、見た目では到底敵わないよ。だって、誰が見たって私は普通なんだもの。だけど、だからって、そんなこと言うの、ひどい。じわじわと溢れてくる涙。でもここで泣きたくなんかない。私は俯いた。
そんな私に気づいたのか、アグニが頭を撫でてくれる。ありがとう、アグニ。嬉しいよ。
「さあ、アグニ様。レグラへ戻りましょう。わたくしとの結婚式が待っていますわ」
「……さい」
「そんなかた、放っておいていきましょう」
「黙れ」
アグニはそう言って私を放すと剣を抜く。そして、斜めに剣をスッとすると、レイネさんの髪がハラハラと落ちていった。
そうして今度は剣を振りかかざしてレイネさんを殺そうとするのがわかった。
「待って、アグニ。駄目」
「なんで。こいつはユーリィを傷つけた。たとえユーリィが許しても俺は許さないよ。こんな女、邪魔なだけだ。殺した方が後腐れなくいれる」
「駄目だよ。私の為に怒ってくれてありがとう。だけど、人殺しはしないで。そんなアグニ、見たくない」
「ユーリィ……。はあ、わかった。お前、命拾いしたな。俺のユーリィに感謝しとけ」
殺されそうになったレイネさんは、ぺたんとその場で座り込んで、アグニを蒼白な顔色で見上げる。それを射殺すような視線で見下すアグニは、とても怖いけど、でも、私は嬉しかった。アグニが私を好きなのは外見じゃなくて中身なんだとそうはっきりと言ってくれてるような気がしたから。
「アグニ様……」
「名を呼ぶことを許可した覚えはない。次に呼んだら腕を切る。殺さなければいいだろう?」
「アグニ、駄目。怪我させちゃだめだよ。女の子に傷を付けるなんて駄目だよ」
「……わかった。優しいねユーリィは。さすが俺のユーリィだよ」
そう言って私をレイネさんが乗ってきた馬に乗せると、続いてアグニが乗ってきた。そうして金貨を三枚ほどレイネさんに投げると、馬を走らせてその場から去っていく。
レイネさんは呆然と私達を見ていた。
「馬乗っちゃっていいのかな」
「大丈夫さ。金は払ったんだ。だけど途中で馬を降りて行こう。さすがに街中に入るのにはね」
そうだね。私たちの馬じゃないし。これじゃ馬泥棒だもの。
「ケネスもやめておいたほうがいいか。海岸沿いに行けば更に北にあるヤンクに着く。馬はその手前まで借りておこう」
「うん」
「あいつのせいで旅の計画が台無しだ。まいるね」
「お父さんとお母さんのこと、中々探せないね」
「ああ。ごめんな、ユーリィ。俺のせいで」
「アグニのせいじゃないし。探せる場所は減っちゃったけど、まだ機会があるし、大丈夫だよ」
うん。まだ機会はあるから大丈夫。私はそう自分に言い聞かせる。
ヤンクの市場で薬も売りたいから、数日はいれるといいな。その間に聞き込みもできるだろうし。
「ヤンクは港街だから、もしまたあいつが来たら、船で逃げよう」
「そうだね。数日は大丈夫だろうから、その間、市場で売り子したいな。あと、聞き込みもしたいし」
「少しでも手掛かりがみつかるといいな」
そうだね。
無事に再会できたらどうしようかな。まずは、産んでくれてありがとう。かな。
だって産んでくれなかったら私の大好きなおばあちゃんとアグニに出会えなかったし。お父さんお母さんにだって生きてればきっといつか会える。
だから、なにがあっても諦めないで探し続けよう。




