薬師ののんびり旅紀行 五十九話
港の桟橋に着いた時にちょうど四の鐘が鳴った。
「着いた。おじさん、ありがとう! これ、お礼に受け取ってください」
「いいのかい? こりゃうまそうだ。孫と食べるとするよ。ありがとうな」
「ありがとう。おじさん。じゃあ、ユーリィ、行こうか」
「うん」
おじさんに渡したのはシナモンクッキー。まだまだたくさんあるから、こういったちょっとしたお礼にはぴったりね。
私とアグニは港を出てまずは宿屋があるだろう大通りに行くことにする。
大通りに出る時に市場も通ったんだけど、ミートス、ライド、セーブと同じように、港街だから海鮮ものが多かったなあ。
海鮮丼っていうのもあったんだけど、見た目が花のようで綺麗だったわ。私はまだ生の魚を食べたこともないから、もし食べるような機会があれば勇気出して食べてみようかな。
「あ、あそこに宿の看板があるわ」
「ほんとだ」
ベッドの絵柄が書かれている木の看板がぶら下がってる建物が宿屋の印。私達は宿に向かって歩く。
そんな時。
「お願いします。助けて下さいましっ」
そう言って、アグニの二の腕に抱きつく形で懇願する女の子がいた。わ、すごい綺麗な子。銀髪碧眼のストレートの長髪は、彼女が動くたびにサラサラと流れていて、まるで神聖な滝に流れる水のように冒しがたい神秘的な感じ。それに、とても色白でどこかの国のお姫様みたいな気品があった。
服装も、水色のレースがあしらわれた白いワンピースで、とても清楚。
だけど。
いつまでくっついている気。私は少しむっとしつつも、助けてっ言ってきた女の子に話しかけることにする。
「助けって、どうかしたの?」
なのに、女の子は私を無視するようにしてアグニに話しかける。
「悪漢に追われてるのです。わたくしをお救いください」
「……どうでもいいけど、まずは放してくれるかな」
アグニにそう返されて、きょとんとした表情でアグニを見る女の子。
「わら、わたくしとしましたら。ごめんあそばせ」
そう言ってアグニの腕を放した女の子は、ぽっと頬を染めている。心が狭いのかもしれないけど、無視されてアグニに気があるように見えるのは、私だけ?
それにしても、悪漢に追われてるのなら走って早く逃げればいいのに。なんでここで止まったのかしらね。
「ねえ、あなた追われているんでしょう? 逃げなくて大丈夫なの。追いつかれちゃうよ」
私が一歩前に進み出て言うと、私の存在に今気づいたとばかりに目をパチパチさせて私を見た。
「あら、どなたですの?」
「私はアグニのパートナーよ」
「パートナー? アグニ様というのですね。わたしくしはレイネ・ミル・ミシディアですわ」
首を傾げる姿はとても愛らしいけれど、私はなぜか好きになれなかった。
「そう。結婚だってするんだから」
「そうでしたの。ですがごめんなさいね。わたくし今この時からアグニ様のパートナーになりましたの。悪いのですけれど、どこかへお行きなさいな」
そう言って、ぎゅうっとアグニに抱きつくレイネさん。さすがにアグニも頭にきたのかもしれない。少し乱暴にその腕を振り払って、彼女を睨みつけた。
「早くどこかへ行くのは君の方だよ。俺はユーリィのパートナーなんだ。君はお呼びじゃない。追われているんだろう。一人で逃げなよ」
苛ついた感じでそう言うアグニに私は心の中でパチパチ手を叩く。そうよ、私のアグニなんだから、早く離れてほしいよ。
だけど、レイネさんは離れる様子が一切なくて。
「まあ。わたくしのことはレイネ、と呼び捨ててくださいまし。これからずっと一緒にいるのですから」
……。
話が通じないタイプなのね。
私とアグニは目を合わせてアイコンタクトをとる。うん。とにかく早くこれ以上なにかに巻き込まれないよに、この場所から離れないとね。
「悪漢に追われてるんだろ。早く逃げたほうがいいんじゃないか」
「そうですわね。早く行きましょうかアグニ様。では、そこのあなた。ごきげんよう」
私に向き直ってレイネさんはそう言う。だけど、アグニは少し乱暴に彼女から離れると、私の方へ来て、肩を抱くようにして言う。
「行こうかユーリィ」
「うん」
私たちはそう言って、ぽかんとしてるレイネさんに背を向けて裏通りに行くことにした。もし彼女が追いかけてくるのなら、撒けるように。
当然の行動よね。私とアグニは結婚するんだから。式はあげないけど、リウラミル教か、ミウゼラファ教の教会でそのうち誓うつもりなのよ。神父様の前でね。
「アグニ様っ。あなた、わたくしのアグニ様から早く身を引いてくださいましっ」
そう言ってやっぱり追いかけてきた。それを他の人たちも何ごとだ、三角関係、修羅場、そんなことをひそひそ言い合ってる。そんなんじゃないのに。あの宿屋はちょっと無理かも。だって、結構な人がこちらを見てるんですもの。他に見つけないといけなくなっちゃった。
その場から駆け出した私とアグニ。それを小走りで追いかけてくるレイネさん。
追いかけてくるから、私たちはもっと早く駆ける。レイネさんは白のヒールを履いてたから、あまり早くは走れないはず。
どんどん距離は広がって、裏通りをうねうねと走った私達は、レイネさんを無事に撒けたみたい。よかった。
「変わった人だったね」
「うざかった」
アグニ。まあ、私もそう思うけどさ。苦笑い。でも、撒けたみたいだし宿屋を探さないとね。
裏通りを進む私たちは、しばらくしてから宿屋の看板を見つける。大通りの宿屋よりずっとあれだけど、でもまた見つかるよりはいいか、と目の前の古い宿屋の扉を開けることにした。
「一部屋、一泊頼む。食事はいらない」
「あいよ。一人三,〇〇〇セルだ」
「六,〇〇〇セルだ」
「たしかに受け取った。これが鍵だ」
鍵を受け取ったアグニと一緒に二階の角部屋を開けて中に入る。ベッドに腰掛けるとやっと一息つけた。
「なんだか疲れたね。食事、異空間にしまってあるのでいいよね?」
「ああ。この街を出歩きにくくなったからね。話が通じない相手だ。まだ探してるだろうしね」
「うん。次の街で情報屋さん探した方がいいよね」
「そうだな。とりあえず、今日はもう寝よう。おいで、ユーリィ」
そう言ってアグニは私を布団を上げて招き入れる。
私は布団の中に入ると、アグニににこっと笑いかける。この温もりは私のなの。だから、誰にも渡したくないよ。たとえさっきの二人が美男美女の恋人同士に見えたとしても。
食欲もなくなっちゃったし、私も今日はこのまま寝ちゃおう。なんだかどっと疲れたなあ。
アグニの体温が暖かくて私はすやすやと寝息を立て始める。アグニがそんな私を愛おしそうに見つめているなんて気づかないまま。




