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薬師ののんびり旅紀行  作者: ちゅんちゅん
第四部 ご令嬢とソルトの妹と
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薬師ののんびり旅紀行 五十六話

 モルストからアトまで乗合馬車にのって一日が過ぎた。その間は特になにもすることがなかったから、私とアグニはまら寝溜めをすることにする。

 アトからは徒歩で西に向かって、そこでミスト大陸に渡る時に通る島を横断しなくちゃいけないし、砂漠では体力を激しく消耗するらしいし、それになんといっても小船に二回乗らないといけないそうだし。

 五日間の日程でミスト大陸に着く予定だから、野宿もしないといけないしね。

 だけど。


「ひたすら寝溜めするのも疲れるものね」

「まあね。あと少しでアトにも着くだろうし、寝るのはもういいか」


 寝るのも疲れるわ。私とアグニは今度は馬車の中からただぼーっと外を眺めてる。代わり映えのしない景色だから、思考に耽るのもいいかもしれないわね。

 そういえば、私を追ってるだろう大聖堂の神殿騎士はどうなったんだろう。もう諦めたのかな。あの時見た教皇がお母さんの義父さんかあ。私にとってはお祖父ちゃん? でも、関係ないか。それよりもアグニのおじいちゃんのほうがずっといいわ。

 けれど、アラリス教はなんで神官が結婚して子供を作ることが駄目で、リウラミル教は大丈夫なのかしら。アラリスは単品で、リウラミルだと夫婦神だからなのかな。

 もしかして、アラリスの熱狂的なファンの集まりなのかもね。だから、リウラミル教とは度々衝突してるのかも。俺達の神様を横取りするな女神ー! って。私は入信するならリウラミル教のほうがいいな。しないけど。

 私は無神論者だからね。祈っただけで解決してくれるような神様なんてこの世にいるわけないじゃない。自分のことは自分で面倒を見るのよ。

 別に神様を信仰してる人達がおかしいって言ってるんじゃないわよ。ただたんに、私の生き方は教徒の人たちとは合わないってだけであって。

 信じたいものがあるのなら、信じればいい。ただそれだけ。たとえば、私はアグニを信じてるってこと。そういう感じでね。


「あれがアトか」

「着いたの?」


 私はそう言って顔を上げる。いつの間にか俯いてたからわからなかったわ。


「もう夜だし、早く宿見つけないとね」

「そうだな。腹は特に減ってないし、宿がとれたらすぐに休もう。早朝に出発だ」

「うん」


 アトに着いて、私とアグニは門に近かった宿に入って聞くと、ちょうど一室だけ空いてるっていうから、そこで泊まることにした。見つかってよかった。


「じゃあおやすみ。ユーリィ」

「おやすみ。アグニ」


 一つしかベッドがなかったから、ちょっと窮屈だけど、アグニが暖かいからか、私はすぐにうとうとしだして寝入ってしまう。アグニが何かを言ってた気がするけど聞こえなかった。

 そして翌日。

 食堂で軽く朝食を摂ったから、さっそく私達はレグラへ向けて出発することに。

 アトから渡し舟まではおよそ六時間っていったところかしら。小休止を挟みつつ、ひたすら歩く私達。実は、アグニが馬は放しちゃったのよね。頭がいいから一頭だけで邸に戻れるって言って。

 たしかに頭が良さそうな、理知的な瞳をしていたわよね。

 愛着が湧いてきてたから馬が帰ってしまうのは少しだけ寂しかったけど、私達は世界中を回るから、馬で行けないところも通るわけで。だから仕方がないのよね。

 ちょうど昼頃。やっと渡し舟がある漁村に着いた私達は、そこで昼食を済ませて桟橋まで向かう。

 いつもは漁師をしてるそうだけど、旅人のために、渡し舟もやってくれてるんだって。ありがたいね。


「すみません。レグラまで行きたいのですが、島までお願いできますか?」

「んあ? ああ。渡し舟かい。いいさ。乗っていきな」

「ありがとうございます」


 片足を乗せただけで揺れる小船。先にアグニが乗って私に手を伸ばしてくれる。その手をつかんで慎重に小船に乗ると、そうっとあまり揺れないように私は座った。

 昼食の時にも酔い止めの丸薬は飲んだし、そろそろ効いてくる頃合だから、たぶん大きく揺れても大丈夫なはず。

 子供の頃におばあちゃんと海に遊びに行ったことはあるから、その時に泳ぎ方を習ったのよね。だから、もし傾いて落ちてしまっても平気だとは思うけど、水分を含んだ服は重たいからね。その辺は気をつけないと。

 桟橋から少しずつ離れていく小船に乗った私達。島へは一時間くらいで着くそうよ。


「ねえ、アグニ」

「なに?」

「あ、やっぱなんでもない。後で話すわ」

「そう? わかった」


 オールで小船を操っている漁師さんにあまり聞かれたくないし、あとでいっか。

 何を聞こうとしてたかというと、このまま私の旅に着いてきていいのかってことなの。だって、アグと出会ってもう二ケ月近く経つのよね。

 大聖堂でのこともあったし、もしかしたら、アグニは私といないほうがいいんじゃないかって。さっき思い出してたら、少し不安になってきた。

 もちろんアグニは着いてきてくれるって思ってるけど、そう信じてるけど、不安になってしまうのよ。だから、言葉で聞きたい。私とずっと一緒に旅が終わるまで、ううん。その先もいてくれるのかなって。

 アグニはおじいちゃんの孫だから、騎士団にはいったりするのかもしれないし。そうしたら、貴族なんだから、他の貴族の女の子と結婚させられちゃうかもしれないし。

 昔からおじいちゃんが私と結婚するんだって、アグニにそう言い聞かせてきたのだって、多分、ご両親が亡くなった頃だから、心の支えみたいのが必要だったんじゃないかって、思うのよ。

 だけど、アグニはもう大丈夫。お祖父ちゃんもそれはわかってるはず。だったらもう、私は必要ないんじゃないかって。

 だから、別の大陸に行く前に聞きたかったんだけど、なかなか話す機会がなくって。

 島に着いたらそこで一泊するから、その時に聞いてみようかな。

 約一時間後、島へと着いた私達は、漁師さんにお礼を言って、泊めてくれる場所がないか探し歩く。島の村人に聞くと、一番大きな家が村長さんの家なんだそうで、そこで旅人は泊めてもらえるようになってるって教えてくれた。

 夕食を食べ終えた私はお風呂を借りた後、アグニもお風呂から戻ってくるまでに、心を落ち着かせようとしていた。ちゃんと伝えられるかな。


「ただいま」

「おかえりなさい」

「話があるって言ってたけど、どうした?」

「あの、実はね。アグニ、このまま私といても大丈夫なの?」

「なに、どういうこと」

「あ、えっと。つまり、もう私達は出会ってから二ケ月近く経ってるけど、アグニの邪魔になってないかって心配で」

「邪魔に? なってるわけないでしょ。どうして急にそんなこと言い出したの」


 アグニの周りの空気が少し変わった気がする。だけど、やっぱりはっきりさせておいたほうがいいよね?


「その、アグニはやりたいこととかはないの? たとえば、おじいちゃんみたく国に仕える騎士になるとか」

「ないよ。俺は気ままな冒険者の方が性に合ってるしね。それに今はユーリィと一緒に旅をしていたい」

「だけど。アグニって、貴族なんだよね。そうしたら、他の貴族の女の人とその、結婚とかさせられちゃうでしょ? なら、いつまでも私と一緒にいるわけには……」

「なにが言いたいの」

「だから。だから……。私のことはもう」


 アグニの周りの温度がどんどん下がってく。けど、どうしても言葉が欲しいの。

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