薬師ののんびり旅紀行 五十一話
地下二十一回と二十二階の境目で休憩を取る私達。
矢がさっきの蛾のおかげで使い切ってしまったからと、アグニは自分の時魔法の指輪を使って、異空間の中から竹を取り出すと、短剣を使って縦に割いていく。
そうしてできた五〇本の棒に、矢じりを皮ひもで巻いて矢を作ってる。
私はその出来上がった矢の矢じりに、ゴムの木で魔法石を接着させていく。ここの魔物は比較的、火が有効みたいだから火属性のを多めに作っておくことにするのよ。
そうして休憩中に仕上った矢を矢筒に入れて、弓矢は再び私が装備することに。
ここからの魔物はどんなのかしら……。
「そろそろ行こうか。できれば今日中には二十九階まで行っておきたいからさ」
「明日に地下三〇階の予定?」
「ああ。おそらくこの迷宮の主がいるはずだからね。しっかり準備しておかないと」
迷宮の主かあ。どんなだろう?
ソールダースは私達は踏破してないから、主とも戦ってないのよね。アグニは個人で行った時に何回かあるみたいだけど、私は未経験だからちょっとどきどき。
通路を進んで行くと、見えてきたのは大蜥蜴。這いつくばってのろのろと歩いてる。まだこちらには気づいてないみたいだけど、見た感じ、体長二メートルくらいかしら。
爬虫類系は大丈夫だから、今回は私も役に立てるように頑張ろう。
「大蜥蜴は今はあんなにのろのろしてるけど、戦うときには素早いから注意して」
「うん」
アグニの言うことは本当で、こちらに気づいた大蜥蜴は、すごい速さで私たちに接近してくる。アグニは剣を鞘から抜いて、タイミングを計ってるみたい。
「ユーリィ。大蜥蜴との距離が三メートルくらいになったら、矢を放って。その隙に俺がなぎ払うから」
「わかったわ」
どんどん近づいてくる大蜥蜴。もうちょっと、もうちょっと。……このあたりかしら。
私は弓を構えて矢を放った。
放たれた矢はアグニの横を通過して、大蜥蜴の背中に突き刺さる。すると大蜥蜴はぐにゅんとのたうち回って矢を引き抜こうと動き回った。
アグニがそれを見て、素早く剣を横薙ぎに一閃。だけど、大蜥蜴の皮は中々に硬くて、致命傷を与えることはできないかった。続けて首元目掛けて上から突き刺すと、しばらく大暴れをしていた大蜥蜴は動きをとめる。
「この大蜥蜴の皮、素材に使えそうね。私の分野ではないけど、防具屋に持っていけば売れるよね」
「そうだね。少し剥いでいこう」
ナイフで器用に背中の皮を剥いでいくアグニ。皮鎧にするのにいいかもね。それから遭遇した五匹を同じようにして皮を剥いで入手していく。
そうして進んで行くと、私たちは二十六階まで来ることができた。
途中、初めて他の冒険者さん達にであったのだけど、かれらはもう三〇階まで行った帰りなのだそうで、今は地下二十九階と三〇階の境目で、他の冒険者さん達が並んでるという話を聞けた。
「主って、倒してもまたでてくるなんて不思議ね」
「ここの障気は強いらしいんんだ。迷宮の最下層には障気の渦があって、そこから魔物が生まれてくるらしい。俺もソールダースで地下十二階に行った時は、主のグールが沸くところを見たからな。ここの主もそうなんだと思うよ」
「障気かあ。どうして障気なんてあるのかしらね。障気から生まれてくるってことは、生きてるのかな?」
「さあ。一説には障気の渦は門で、そこを通った先には魔物達の世界があるんだとか」
「魔物達の世界かあ。本当だったら怖いわね。なんで私達の世界に来るのかしら。侵略かな」
「どうだろう。そういう声もあるけど、実際のところは俺たちにはわからないからな。まあ、倒して金になれば、俺はなんでもいいよ」
おそらく他の冒険者さん達もアグニと似たような感じに思ってるんだろうなあ。
実際にその障気の渦を通って、魔物の世界に行ってみた人っているのかな。怖くて試せないけど、興味はあるわよね。本当に魔物の世界があるのだとしたら、魔物の国なんてのもあって、魔物の王様とかもいるのかもしれない。
そんなことを考えながら歩いていると、アグニの背中に顔がぶつかった。
「どうしたの?」
「ここからは更に注意した方が良さそうだ。見て。蜥蜴人がいる。あいつらは俺たちと同じように、この迷宮でなくなった冒険者達の遺品を身に着けて武器も持って向かってくる。冒険者によって使ってた武器も違うし、防具のグレードも違うから、その辺も気をつけないと。俺たちの攻撃が効かない強い防具を装備しているのもおそらくいる」
「少しは知恵があるってことなのかな」
「だろうね。じゃないと、似た体型の俺たち人間の装備を、真似して身に着けようなんて思わないだろうから」
じゃあ、もしかしたら、言語もあるのかも?
蜥蜴人と会話できないのかな。それともそこまでの知識はないか。実際に遭遇してみないとわからないわ。さっきすれ違った冒険者さんたちにこの階の情報聞いておけばよかったわね。
「ユーリィ。弓矢であの蜥蜴人釣れないか」
「やってみる」
私は遠くにいる蜥蜴人の肩を狙って矢を放つ。少しずれた矢は蜥蜴人の二の腕に当たった。声を上げて痛がっている蜥蜴人を見て、私はすこし恐ろしくなった。だって、人間みたいに二の腕を押さえて叫んでるんだもの。違うのに、なぜか人間と重なって見えてしまう。
矢を引き抜いた蜥蜴人は、傷を押さえて私の方を見る。目が合った。その瞬間私はざわざわと肌が粟だった。目が合った蜥蜴人は、私達から逃げていく。今までは致命傷を受けても逃げる魔物なんていなかったのに、あの蜥蜴人は逃げてる。
「ユーリィ、もう一度矢を。……ユーリィ?」
「待って。だって、人間みたいなんだもの」
その言葉で私が怖がっていることに気づいたアグニは、そっと私の手から弓と矢を取ると、弓を構えて背中目掛けて矢を放った。
ぶすりと刺さった矢は、人間でいうところの心臓部分で。前倒しに崩れていく。倒れた蜥蜴人はしばらくピクピク動いてたけど、そのうちその動きが止まって。死んだようだった。
私はその場にしゃがみ込む。
するとすぐに私のそばに寄ってしゃがみ込んだアグニが私の肩に手を置く。
「ユーリィ。大丈夫だ。あれは魔物であって人間ではない。混同するのもわかるけど、魔物なんだよ」
「わかってる。だけど、矢を打たれて私と目が合って、その後に逃げたのよ。まるで人間みたいに。もしかしたら、本当に魔物の世界があって、そこに私たちと同じように国を作って住んでいるのかも」
「それはただの一説だよ。証明できた人なんていない。あいつらは魔物で、俺たちの敵なんだ。倒さないとこちらがやられる。わかるかい?」
「……うん」
アグニの言ってることはわかる。だけど、私はまだなんだか怖くて仕方がなかった。
「少し休もうか。戻れば地下二十五階と二十六階の境目の階段はすぐそこだ。少し休んでから進もう」
「ごめんね。もう少ししたら大丈夫だから」
「気にしないで。俺たち冒険者は人相手に戦うこともある。俺も昔にあったけど、その最初の時は怖くて眠れなかったからね」
「アグニも怖かったの?」
「ああ。同じ種族同士で意思疎通が図れる人間同士で殺しあうことなんて、誰も本当はしたくないはずさ。だけど、しなくちゃならない時もある。慣れろとは言わないけど、感情を押し込めることはできるから、俺はそうしてる」
「アグニはそうして強くなっていったんだね」
「どうだろう。極稀にだけど、初めて人を殺した時のことを、夢で見ることは今でもあるよ。怖くないフリをしてるだけなのかもね」
そう言って肩を竦めるアグニは、水筒を差し出してくれる。受け取った私は水を飲んでほっと一息ついた。




