薬師ののんびり旅紀行 五〇話
野宿するのに出していたものを片付けて、二日目も元気に迷宮探索。
アグニに弓矢を借りた私は、矢筒に入ってた矢の矢じりにさっそく魔法石を取り付けた。
私はゴムの木から採れた樹液を水で溶かした者を瓶に保存してるんだけど、これ、とっても便利なのよね。粘着質だから、もの同士をくっつけるのにとてもいいのよ。魔法石を矢じりにつける時、これを使ったの。
アグニがなるほどと言って、興味深そうに見ていたわ。
地下十二階に下りると、そこは大きな大きな部屋一つだけで、その一番奥に次に続く階段があった。
「こういったタイプの部屋には罠があるから、気をつけて進もう」
「罠かあ。たとえばどんなのがあるの?」
「そうだな……。こういう広い場所だと、落とし穴や、踏んだ場所に毒矢や刃が飛んできたり、あとは底なし沼のようなどろどろとした沼が隠れてたりするかな」
「そういうのがあるんだ」
「だから、地面もそうだけど、天井にも気をつけたほうがいいよ。天井を見て、なにか怪しければそこを通らないようにするんだ。これだけでも少しは罠から逃れられるから」
「なるほど」
「こういう時は石を進路上に石を投げてみるんだ。見てて。……ほら、矢が飛んできた。ユーリィも通路から小石を持ってきて投げてみるといいよ」
「うん。じゃあ……。あ、今度は落とし穴かな。土がボコって落ちてったわ」
「落とし穴は、下の階に繋がってたり、剣山があったり他にもいろいろあるらしいから、注意して進もう」
私とアグニは一旦通路に戻って、小石を一杯集めてくる。
数十個あるし、このくらいで大丈夫かな。アグニも一杯持ってるみたいだし。
二人して交互に石を地面に投げつつ、少しずつ慎重に進む。帰りは来た通りに辿ればいいだけだから、楽だね。
でも、私たちよりも先に入った冒険者さんたちは、この部屋を通らなかったのかな。あ、でもよく見ると、ここから先の壁側近くの地面に矢が落ちてる。
「他の冒険者たちはここを通ったのかな」
「そうだろうね。罠は一度発動したあとに、時間が経つとまた元に戻るからね。毒矢とか、危険な物が飛んで来る場合はは壁付近に矢が落ちてたりするから。そういう時に平行した位置付近にいると、そばに矢などの罠があるってわかるから、よく見たほうがいいかな」
「うん。そうする」
それからも何度も進路上に罠があるのを発見しつつ、それを避けて進む。
「はあ。ようやく抜けられたわね。あんなに罠があるなんて。帰りも同じようにして帰らないといけないんでしょう。大変だね」
「それなら大丈夫だよ。俺が罠の位置把握しておいたから。じゃ、下の階に下りよう」
「え、お覚えたの? すごい」
「一応、これでも冒険者暦は長いからね」
す、すごい。あれだけの罠の位置を覚えてるなんて。冒険者暦の違いって言うけど、ただたんに、アグニがすごいってことのような気がする。
地下十三階に下りてきた私達。
この階からまた新しい魔物がでるはずなんだけど、どんな魔物だろう。
通路を進んでいってもしばらく魔物と会わないままだった。ここ、いないのかな?
そう思い始めてたら。
「蛾の幼虫の魔物だ」
「え」
見えてきた小部屋の中を指差してアグニが言う。蛾って、あの蛾? うわあ。私、蝶は大丈夫なんだけど、蛾は駄目なのよね……。
うう、嫌だなあ。でも入らないと先に進めないし。
「蛾は苦手?」
「うん。蝶は色合いも綺麗だから大丈夫なんだけど、蛾ってなぜか駄目なのよ。二つとも似てるのにね」
「そっか。でも大丈夫。いるのは繭に包まれてる幼虫の方だから。天蚕糸が採れるよ」
「幼虫だから、繭なんだ。私、芋虫系は大丈夫だから、それなら天蚕糸の採取ここでしていってもいい?」
「ああ。なら一匹ずつ繭を採っていこう。幼虫なら、繭から出てきてもまたすぐに繭形成する為に動くだかだから、こっちを攻撃してこないしね」
「へえ。なら全部貰っちゃおうかな。六匹いるし、あれだけの大きさの繭なら、自分で使うにしてもいいし、売るにしてもいい値で売れそう」
よかった。この部屋には成虫した蛾がいないみたいだし。
私とアグニは手分けして繭に切り込みを入れて、そこからべろりと繭を引き剥がしていく。
見えてきた訪中は一メートルくらいの大きさで、繭の中から急にだされたから、しばらく動きがとまってたけど、少しすると、もぞもぞと動いて、口から天蚕糸を出してまた繭を形成していった。
「たくさん採れたわね。毒腺と蛇皮に天蚕糸かあ。素材がたくさん入手できて助かるわ」
天蚕糸を採り終えて、私達は先に進む。どうやらここには幼虫しかいないみたいで、戦うこともないままスムーズに十七階へ下りることができた。
でも、成虫がいないのって変よね。……まさか。なにか嫌な羽ばたきが聞こえてくるんだけど……。
「十七階からは成虫が出るみたいだね」
「うわあ」
こちらに気づいた蛾の魔物が飛んでくる。やだやだやだ! 近づいてくる!
私はアグニの背中にしがみついて隠れるけど、これじゃ近接攻撃できないからって言って、アグニは私が背負っていた弓を持って、こちらに飛んでくる蛾を貫いて倒していった。
もちろん私はその間目をずっと瞑ってたわよ。だって、見たくないんだもの。身動きが取れないアグニには悪いけど、どうしても怖くてアグニの背中から離れたくなかった。
「成虫の蛾は羽ばたく時に、毒の鱗粉を撒き散らすからね。その毒は吸い込んだ獲物を麻痺させるから、ユーリィは布で鼻と口元を覆っていたほうがいいよ。一応遠距離で倒してるけど、念のためね」
「わかったわ」
私とアグニは布で鼻と口元を覆って、後ろで布を縛って落ちないようにする。これで少しは鱗粉を吸い込むことはないわね。
鱗粉は素材になるんだけど、私にはあの蛾から直接採取する気は起こらない。瓶詰めで売ってるので十分よ。だって、近寄りたくないんだもの。けど、進むには倒した蛾のそばを通らないと進めないわけで。
「ここ通っても大丈夫? いない?」
「大丈夫だよ。安心して」
目を瞑っているからわからないけど、アグニに手で引かれながら誘導されて私は歩く。う。完全なお荷物よね、私。でも、でも。やっぱり駄目! 目をうっすら開けると茶色いのが視界に映る。それが見えた途端私はまた強く目を瞑る。
「うう。早く地下二十二階に行きたい」
「後残り三階あるからね。その間はずっと目を瞑ってていいよ」
「ごめんね。私役立たずで」
「構わないよ。誰だって苦手なものはあるんだから」
その言葉がすごくありがたいわ。
私はひたすら目を瞑り続けて、アグニに手を引かれながら地下二十二階まで下りていく。時間がすごく長く感じたわ。
「ちょうど魔物の分布の境目だし、ここで一度休憩しよう」
「うん」
地下二十二階に下りた場所で結界石を置いて、私とアグニは休憩を取ることになった。
苦手な蛾だけど、私も慣れるよう頑張らないといけないよね。が、頑張れるかなあ?




