薬師ののんびり旅紀行 五話
お昼過ぎに、王都カースリドへと到着した私は、おばさんに別れを告げて、大正門の真ん前でぼけーっとその門を見上げた。なんてことはできなくて。そんなことしてたら、通り過ぎる馬車に轢かれちゃうから、端っこの方で見上げるくらいよ、したのは。
それに、あんまりそんなことをしていたら、いいカモだものね。おのぼりさんは、都会の悪いお兄さんやお姉さん達には良いカモで、吸い尽くされちゃうって聞いたもの。
でも私はそんなヘマはしないから、まずはそこそこの宿屋で数泊分を支払ってから、荷物を置いて観光しつつ商品を売りに行こうと思うのよね。
昨日の夜、馬車の中で水晶の欠片を作りまくった私は、一九二個の無属性の欠片を小袋に詰めている。
何の属性にしようかなと考えたけど、とりあえずは、火、水くらいなのよね、旅で必要なのって。
火種にもなる火の魔法石と料理や洗濯に体を洗ったり、他にもいろいろ用途のある水を出せる、水の魔法石。よく売れるのはこの二種類のみなのよ。
あとの風土光闇は、前にも説明した通りの需要があるくらい。剣士や魔法使いのね。
だから、一九二個のうち、一〇〇個を火と水の魔法石半々にして、残りを自分用にしようと思うの。
都会になると今度は、動物だけじゃなくて盗賊や人攫いなんかの、人が相手になる場合がでてくるから、対人用にも少しでも戦力になるものは常時しておいた方がいいのよね。
こんなことまで考えないといけないなんて、都会って本当恐ろしいところなのね。
だけど、私には怒ったおばあちゃんほど恐ろしいものはないと思うのだけど。あ、これ内緒ね。
「商業ギルドかしら」
物を売る前に、新しい土地に行ったら商業ギルドへ顔出しをしておきなさいって、おばあちゃんに言われてたんだった。
私は宿屋を出て大通りをそのまま北に進むと、左側に大きな建物があるのに気がついた。そこには天秤の絵柄の看板が壁にぶら下がっていて、それが商業ギルドの証でもあった。
ここよここ。私は扉をそっと開けて中を覗くと、わりと小奇麗な内装のロビーが見えた。壁際にはカウンターがあって、そこに受付嬢がいる。
「こんにちは」
「あら、いらっしゃい。お穣ちゃん。誰かのお使いかしら」
「いいえ。私は商業ギルドの一員です。登録タグもこの通り」
「あら本当。ごめんなさいね。あなたくらいの子は珍しいから」
「いいえ。それで、さっそくなんですけど、私この王都にさっき来たばかりなんです。私は薬師なんですけど、この商品を売るのに問題がないかを審査してほしいのですが」
「ええ、と。どれどれ。んー、そうねえ。どれも正規の作り方で製造されているみたいだし、大丈夫よ。この書類にサインしてね」
「はい。……うん、内容も覚えました」
「しかっかりしてるのね。そのくらいしっかりしてるなら、ここでも十分やっていけるわよ。頑張ってね」
「ありがとうございました」
サインを書いた書類の控えを貰って懐に大事にしまいこむ。これがあると、売買する時に信頼度がぐっと上がるのよ。
だけど商品を見せた時、私は数種類だけお姉さんに見せない商品があった。
これはとっておきのとっておきだから、本当の本当に必要な時だけにしか使ってはいけないし、見せてもいけないって、おばあちゃんに言われてたものなの。
それがなんなのかは……。
そんな機会がなければないに越した事はないけど、機会があれば、ね。その時に見せるわ。
その後。
私は宿屋の部屋へと戻って、売るものの仕分けをし始める。
いくつもの布の小袋を用意して、火の魔法石、水の魔法石、癇癪玉、ポーション、エーテル、解毒剤、麻痺解除剤、止血剤、化膿止め、はちみつ飴、風邪薬をそれぞれ入れていく。
六種類ほど売りに出さないものもあるけれど、それはさっき言ったものなので、内緒。
これが全部売れるとは限らないけれど、売れればそこそこの額になるはず。
そうしたら賃貸の家を借りて、ゆくゆくはそこで小さなお店を開きたいと思っているのよ。それがおばあちゃんから出された最終試験の合格を意味すると思うのよね。
だけど、その前に。
せめて世界を一周くらいは巡らないとね。おばあちゃんとの約束もあるし。
「すみません、ここでこの商品の買取をしてほしいのですが」
「あらこんにちは。どれかしら? ……うん、それなら魔法石、癇癪玉、エーテルは五〇〇、他は各二〇〇セルになるけれどいいかしら。でも、正直言うとここで売るよりも、市場で売った方がいいわよ? その方が正規の価格で売れた分そのまま懐に入るしね」
「そうですか。市場は?」
「市場はここの通りをまっすぐ抜けて、右に曲がると噴水広場があるから、そこの周りが市場になるわ」
「わかりました。ご丁寧にありがとうございます」
「そんなことはいいのよ。頑張ってね」
そっか。そうだよね。売る手数料に、お店では商品に何かしらの付加価値がない限りは、正規の価格で売らないとしょっ引かれちゃうし、どうしたって半額以下の価格で買い叩かれちゃうわけで。
あのお姉さんじゃなかったら、そのまま売らされてたかも。感謝しなくちゃ。
ならさっそく市場に行って売ろうかな。
市場は、私は商業ギルドに所属しているから、場所代も取られないで済むし、すぐにでも売ることができるから、このまま向かいましょ。
お姉さんに言われた通りに進むと、目の前に噴水広場が見えてきた。噴水を中心にして、その円周に屋台が立ち並んでいるみたい。
私は近くに同じ商品を売っている人がいないかを確認して、開いている場所に陣取った。商売敵とは離れていた方がいいからね。
「いらっちゃいませ。旅に必要な回復薬、癇癪玉に魔法石はいかがですか~? 回復薬は五〇〇セルですよ~」
私は隣の果物を売っている屋台のおばさんに負けないように、声を張り上げて商品名を挙げて価格を言う。まあ、価格は言わなくてもどうせ決まってるからいいんだけど、なんとなく雰囲気でね。
さあ。
ここでどれだけ売れるかね。頑張るわよ。
と、思ってたんだけど。
最初に冒険者の男の人が、ポーションと解毒剤と魔法石を買ってくれた。これで一二,五〇〇セル。
その次に眼鏡をかけて本を持ってる男の人が、魔法石を買ってくれた。二〇,〇〇〇セル。
最後には冒険者の女の人が、ポーションとエーテルと魔法石を買ってくれた。一二,〇〇〇セル。
やっぱり王都にはいくつもの道具屋さんがあるから、市場で売ってもそこまでいい売上にはならないわね。お客さんの入りも悪い。三時間でたったの三人。これってある意味すごいわよね。
でも、合計四四,五〇〇セル。
なにもしないよりはずっとずっといいかな。
私は宿屋へ戻り、軽く夕食を済ませて、売れた分を補充したら今日はもう寝ることにした。
明日はどうしようかしら。
王都には数日いるつもりだったけど、予定を切り上げて、別の街に行ってみるのもいいかもしれない。
でも、観光がまだだから、とりあえずは明日は市場での販売はなしにしよう。
おやすみなさい。