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薬師ののんびり旅紀行  作者: ちゅんちゅん
第三部 逃亡とモルストの迷宮と
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薬師ののんびり旅紀行 四十八話

 翌日。


「おはよう」

「ふぁあ……。おはよ、アグニ」


 ちょっと寝不足かも。

 昨日は迷宮(ダンジョン)を出た後に、モルストの冒険者ギルドへと行って、事の次第の報告と、遺品を預けた。

 遺骨まで持っていったからか、冒険者ギルドの人から結構感謝された。遺体はその場に捨て置く人も結構あるんですって。

 でも、遺品だけ持ち帰るだけでなく、遺骨も持ち帰れる余裕があるのなら、そうしたいわよね。きっと、遺族の方や関係者の方もそう思ってくれるはず。

 私達のどちらかがもし、あんなふうになってしまったとしたら、私はどうするんだろうか。どうしてほしいんだろうか。

 もし、アグニがそうなってしまったら……。

 ううん。考え事はこの辺でやめておこう。

 今日もまた一日が始まる。

 私は一つ大きく深呼吸をすると、気分を一新させて、アグニと一緒に食堂で朝食を摂ることにした。


「この鳥肉のソテー美味しい」

「こっちのムニエルも美味いよ。モルストは海が近いから、新鮮な魚介類が食べやすいんだ」

「一口もらってもいい?」

「もちろん。はい、あーん」


 ……う。

 べ、別にそんなことをしてほしくて言ったわけじゃ。だけど、もうフォークに刺したムニエルは私の口元そばに寄せられてる。

 ちら、とアグニを見たら、にっこり微笑まれてしまった。これってぱくついた方がいいの? 逡巡した後、私は思い切って口を開けてぱくっと食べた。

 バターと白身魚の味が口の中に広がる。

 わ、これ、すごく美味しい。もぐもぐ食べていると、もう一口とアグニがまた差し出してくる。恥ずかしい。けど、美味しい。私はつい、ぱくっとまた食いついてしまった。

 うーん、やっぱり美味しい!

 思わずにへらとなると、はたと気づく。アグニが頬杖をついてこちらをにこにこしながら見ている。わああ! 瞬間私は首から上が真っ赤になったはず。だって、こんなにも頬が熱いんだもの。


「私のも食べる?」

「いいの? じゃあ、お願い」


 恥ずかしさを紛らわせる為に、私は自分のフォークで刺していた鶏肉をアグニの口元へと運ぶ。アグニはなんの躊躇いもなくぱくっと食べた。

 やってから思う。これってまるべバカップルみたいじゃない、と。何食べさせあってんのよって、周りの女性客からの視線を受けて私は思わず縮こまる。恥ずかしい通り越して羞恥プレイしてるみたいじゃないの。

 早くここを出なくちゃ。私は食べるペースを上げる。

 そうして食堂を出た私とアグニは、もう一度迷宮へ行く準備を整えて宿を出る。

 今日は地下三〇階まで行く予定。洞窟の中で野宿するから、結界石も買ってきた。この結界石は、光魔法が籠められたものなんだけど、錬金術でしか作れないんですって。私、これの作り方はまだ知らないのよね。

 錬金術はすごく役立つ物を作れるから、もう少し勉強しておけばよかったかしらね。王立図書館とかに行けば、レシピ本があるかな。錬金術作製大全とか。薬師の薬剤大全があるんだから、きっとあるわよね。

 どこかの国図書館へ行くことができたら探してみよう。


「さてと、昨日作ったマップだけど、ここをこう通っていけば近道できるわね」

「そうだね。地下五階まではすぐに行けるから、急ぎ足で進もう。極力、魔物とも戦わずに避けて行こうか」

「うん。とくにあの大ヒルは嫌。気持ち悪くて近寄りたくないわ」

「はは。そうだね。じゃあ、進路上にいたら俺が倒すから、ユーリィは昨日みたいに援護だけよろしく」

「わかったわ」


 さっそくモルストの迷宮へとやってきた私達は、早朝だからかまだ昨日よりも列は短く、比較的早く中へと入ることができた。

 マップの最短距離を辿りつつ地下六階へと下りる階段を見つけて下りていく。

 地下四階まではグリーンスライムだったから、五階から九階までは大ヒルだけだったりするのかな。

 その考えは当たっていたようで、小部屋を見つけたとき、その中を覗いたら、大ヒルがたくさん蠢きあっていた。うええ。

 その小部屋はもちろん避けた。別の道を探しながら遭遇した大ヒルは、アグニがどんどん止めを刺していく。

 この大ヒルから出る分泌液が素材になりそうな感じはするんだけど、どうしても私は採取することができなかった。あるでしょう。生理的に受け付けないものって。私にとってはこの大ヒルがそうね。


「アグニ。休むのは大ヒルが出なくなった階でいいから、先に進んじゃいましょ」

「どうやらその方がいいみたいだね。ユーリィ必死すぎ」


 くすくすと笑うアグニ。だって仕方ないじゃない。気持ち悪くて仕方ないんだもの。

 ぞわぞわと鳥肌を立てつつ、私は先へ先へと進んで行く。もちろんマッピングしながら。たまに、マップを売っている時があるんだけど、基本、迷宮のマップは自分達で書き込んでいくんですって。

 マップは冒険者達の大切な財産でもあるから、売っている時は誰かの遺品か、お金に困った冒険者が多いんだそうで。

 だから、マップは滅多に売りに出されないし、冒険者同士での共有もしないそうよ。

 どこの場所にどの魔物がいるか、そういったことや、他にも採れる素材なんかも書き込まれてたりすると、そのマップの価値も上がるんだって。私は採れる薬草や素材を書き込んでいるから、結構な値で売れるかもしれないわね。売らないけど。


「ああ、やっと九階に到達! 魔物も大蛇に変わってほっとするわ」

「とりあえず、ここで休もうか。階段下ならば、魔物の分布もちょうど違うし、ここでなら魔物もあまり近づかないはずだ。互いの縄張りがあるからね」

「ふう。やっと落ち着けるわね。とりあえず、何か食べましょ」


 そう言って私は結界石を置いて、その場に座り込む。この結界石は、半径三メートル以内に魔物が入って来れないようにするためのものなの。

 これがあれば、よほど強い魔物か、または動物と人しか入って来れないから、わりと安心して休めるのよ。

 時魔法の指輪を使って、私は中から水筒とカツサンドを二つ取り出した。それをアグニに手渡す。

 アグニは念のために立って食事するみたい。

 九階から出没する大蛇だけど、毒牙を持っているから、毒腺とあとは、大蛇の皮が素材になるかな。大物の大蛇だったら、綺麗に皮を剥がして防具屋さんか、道具屋さんに持ち込めば、買い取ってくれると思う。防具にも使えるし、道具にもつかえるからね。


「ここの大蛇の皮を持ち込みで、なにか作ってもらおうかな。お勧めはある?」

「そうだな。胸当てなんかに使うといいかもしれないね。他にも篭手や具足なんかにもいいと思うよ。撥水加工をしなくても、蛇の皮は水を弾くからね。雨が降った時に革製品が塗れることを防いでくれるし、そうしたら着ていても雨水で重くならないだろ?」

「そっかあ。なるほどね。なら布にも使うことはできるわよね。あ、でも蛇皮の外套なんて嫌ね。あ、袋なんかにいいかも。液体を運びたい時に使えば洩れないだろうし」

「そうだね。いくつか持っていると何かの時に使えるかもしれないね」

「じゃ、私、帰ったら、道具屋さんに頼んでみる私とアグニの分で、四つあればいいかしら。中くらいのと、大きいので」

「ああ」


 よし。ちょっとやる気が出てきたわ。

 待ってなさい素材の大蛇。私が逆に締め上げて、素材にしてあげるわ。


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