薬師ののんびり旅紀行 四十五話
「おはようユーリィ。よく眠ってたみたいだね。疲れはどう?」
「アグニ、おはよう。うん。ぐっすり寝れたから疲れも吹っ飛んだよ」
「なら大丈夫かな。朝食を食べたら商業ギルドへ行って、その後に迷宮へ行こう」
街に出た私とアグニは、まずは商業ギルドへと向かう。
新しい国にも来たし、まずは挨拶しておかないとね。クレスメンではそんな暇もなかったけど。この国に無事にたどり着けたし、行商を再開してもいいよね。
このモルストの街は、商業区、居住区、行政区があって、商業区には、商業ギルドはもちろん、冒険者グルドもある。店もそこに集中していて、他の区では商売をしてはならないそうよ。もちろん、訪問販売は除いてだけどね。
居住区は文字通り、この街の住民が暮らす家々がある場所。私達には縁のないところね。
行政区は、領主の一族が暮らしていて、街の運営に必要な区役所もここにあるの。ここもあまり関係ないかな。別に移民しに来たわけでもないし。
だから、必然的に私達の宿も商業区にある。でもって、この区から出るのは、この街を出て他の大陸に向かう時と、モスストの迷宮に向かう時だけね。
別の国に来たわけだし、何か新しい薬のレシピや素材を入手できるかも。月刊商業誌も買っておかないと。そろそろ新刊が出てるだろうし。
大通りを歩いていると、天秤の絵柄の看板が壁にぶら下がっているのが見えた。
その隣には冒険者ギルドがある。
「隣同士あると便利ね。アグニも冒険者ギルドに顔出ししておくんでしょ? 一旦ここで別れましょ」
「そうだね。じゃあ、二の鐘が鳴ったらギルドの間、あそこで待ち合わせをしようか」
「うん。じゃあ、あたあとでね」
私は商業ギルド、アグニは冒険者ギルドに入っていく。
中へ入ると、まだ朝早いためか人が少ない。私はカウンターへと直行して受付のお兄さんに話しかける。
「おはようございます」
「おはようございます。本日はどういったご用件でしょうか」
「この街にさっき来たばかりなんですが、この商品を売るのに問題がないかを審査してほしいのです。一応、カースリドの国では審査が通っています。これがその時の控えなのですが、こちらの街に来るまでに、新しく増えた商品もありますので、そちらを見てください」
「かしこまりました。ほう……薬師なのですね。ふむ。控えの商品はそのままで大丈夫ですね。それで、その新しい商品はこちらですか。……そうですね、風と土に光と闇の魔法石に、ハイポーション、ハイエーテル。そして、酔い止めの茶葉に丸薬ですか。ああ、解呪水もですか、すごいですね。あとは、麻痺薬、睡眠薬、便秘薬、マーカーですね。……はい、大丈夫です。これらの商品も問題ありませんので、売っていただいて構いませんよ」
「ありがとうございます。あと、迷宮内での販売もできるように許可をお願いします」
「かしこまりました。こちらの札が許可証になりますので、なくさないようにして下さいね。再発行には一〇,〇〇〇セルかかりますので」
「わかりました。あと、月刊商業誌を一冊下さい」
「一,〇〇〇セル頂戴致します。……はい、確かに受け取りました。ではこちらをどうぞ」
「ありがとうございました」
私はお礼を言ってその場を去る。ここでの用事は終わったから、待ち合わせの場所で待っていよう。
新しく増えた分の書類の控えと、迷宮内での販売の許可証を受け取って、私は月刊商業誌も購入。あとはもう、新薬を作るまではここには用はないかな。
外を覗いてみると、アグニはまだ来てないみたい。早めに終わったのは私だけかな。
なら、商業ギルドのエントランスの椅子に座って二の鐘が鳴るまで、さっき買った月刊商業誌でも読んでおこう。
えっと。
ああ、ヒル対策の軟膏の作り方が載ってる。これ、一応作れるようになってたほうがいいよね。材料は……。ヤマナバ木の葉がいるのね。えーと、どんな木かしら。……これなら森の中で何度も見たわね。後で少し採集しておこう。
あとは、虫除けのお香かあ。蚊に効きやすいのね。街中でも蚊が飛んでるから、これも必要よね。材料は……。レモングラスか。タブノキの粉末とお湯ね。
今回はとりあえずはこの二つでいいかな。アグニと合流したら、薬剤屋さんに寄ってもらおう。
そうして私は二の鐘が鳴るまで、有名な薬師さんのインタビュー記事を読んだり、頭の中で他の薬を思いつかないかとか考えて時間を潰してた。
ゴーンゴーン。
あ、二の鐘が鳴ったわね。じゃあ、待ち合わせ場所にいきましょ。
「お待たせ。アグニ」
「じゃあ、迷宮に行こうか」
「あ、ごめん、その前に薬剤屋さんに寄ってもらってもいい? ヒル用のあの軟膏と、蚊取り線香を作りたいの。ここ、蚊が多いじゃない? 宿屋の部屋で焚いておきたいのよね」
「わかった。なら、道具屋近辺で薬剤屋の場所を聞いてみよう」
私とアグニは宿屋付近にあった道具屋さんに来てみた。まだ早朝だから、あまり人がいないのよね。どうしようか。道具屋で買うものないけど、中の店員さんに聞いたほうが早いかな。うーん。
「宿屋のおかみさんに聞いてみよう」
「そうね、それがいいね」
そっか。宿屋のおかみさんならわかるか。そこに泊まってるんだし、知ってれば教えてくれるよね。
「すみません、薬剤屋の場所ってどこにあるのか教えて下さい」
「薬剤屋かい。えーと、たしかそうだねえ。道具屋側の裏通りだったはずだよ。赤い薬瓶のマークを看板にしてるから、すぐに見つかるはずさ」
「そうなんですね。助かりました。これ、お礼です。よかったら後で食べて下さい。シナモンクッキーです」
「おや、わるいねえ。休憩の時にでも食べてみるわ」
よかった。宿屋のおかみさんが知ってたね。道具屋さんの裏通りかあ。
さっそく私とアグニは宿屋を出て、裏通りに向かった。
わ、こっちのほうが興味そそられるお店が多いなあ。古本屋もある! 薬草事典とか、もっとたくさん載ってるの欲しいのよね。明日にでも覗きに行ってみようかな。まずは薬剤屋さんだもの。その後は迷宮だし。
「いらっしゃあい」
間延びした声のお姉さんが出迎えてくれた。
なんだかセーブの港街の薬剤屋さんバニさんを思い出すわね。
「レモングラスの粉末とヤマナバ木の葉、それとタブノキの粉末が欲しいんですけど、ありますか?」
「ええ、あるわよお。ちょっと待っててねえ。……これと、これに、これね。数はどうするの?」
「二〇〇個ずつ作りたいので、余裕を持って、三〇〇分をください」
「あらまあ。ずいぶんとたくさん作るのねえ。あたしは儲かって助かるけどお。……えっとお。全部で三九,〇〇〇セルよお」
「わかりました。どうぞ」
「ありがとお。また来てねえ」
結構材料費かかったわね。だけど、ヤマナバ木の葉なんて、採取すればよかったのに、ついここで買っちゃったし。
だけどまあ。早く作れると思えばいっかな。うん。
「アグニ、付き合ってくれて、ありがとう。それじゃあ、迷宮に行こ」
「いいですよ。どこまでもお供致します。我が姫」
騎士のようにそう言って、アグニは王族にするような礼をした。前にも思ったけど、こういうの、すごくサマになっててかっこいい。
私だけを見ててくれるアグニに、私もいつか何かしたいな。……あ、あるじゃない。一つできることが。迷宮から帰ったら市場に寄ろう。食材の買い物をしないとね。




