薬師ののんびり旅紀行 四十三話
「ユーリィ、起きて」
「ん……。あ、おはよう、アグニ」
「おはよう。そろそろ準備をして出よう」
「うん。ケバブでいい?」
「ああ」
テーブルの席について、私とアグニは軽く食事を済ませる。
そうして旅の準備が整ったから、家を出て、この村から出ようとしたところで思い出した。
「あ! 手紙!」
「どうした?」
「あるの、あそこに。手紙をしまっていたのよ!」
私は駆け出しても一度アグニのお母さんの家に向かう。
寝室の床板を外すと、隠し穴があった。ついてきたアグニはその中を見ると、目を見開く。
そこには、手紙が入っていた。
手紙をじっと見つめて動かないアグニの代わりに、私は手を伸ばして手紙を取った。
そうして無言でアグニにその手紙を差し出す。あれは夢だけど、本当にあった過去だったんだ。もしかしたら、私に知らせてくれたのかもしれない。
「アグニは夢にご両親、出てきた?」
「そういえば、何か懐かしい夢を見たような気がするけど、だけど」
「内容、覚えてないのね。私も見たのよ」
「ユーリィも?」
「うん。そこのテーブルでご両親が料理を食べて、その時に二人して感染してしまったことがわかったの。王都に戻ると、病を広げてしまうから伝書鳥も出せなくて、ここに書いた手紙を隠したみたい。流行り病は空気感染するみたい」
「なら、今はもうかかることはないだろうな。もう一〇年は経っているから」
「そうね。……手紙、読んであげて」
「……。代わりに、読んでくれないか」
一度手渡した手紙を再度受け取って、私は封を切る。そこには一枚の紙。
“アグニ。帰れなくてごめんね。お父さんとお母さんは、病気になってしまって帰れなくなってしまったの。本当はすぐにあなたに会いに行きたい。だけど、そうすると、あなたも感染してしまうから……。この手紙をもし読んでくれてるのなら、見つけてくれたのなら、伝えたかった言葉を言うわ。愛してる。ずっと。あなたにこれからも注ぎ続けるわ。私達の愛しい子”
“お前は俺の親父がしっかり面倒を見てくれるはずだから、生きる上での心配はしていないぞ。だが、剣の稽古を帰ったらしてやるって約束、守れなくてすまん。俺の使っていた剣を、森の中の洞がある大木に隠した。目立つ木だからすぐにわかるだろう。業物だから、大事にしろよ。アグニ、強くなれ。俺を超えるくらい強くなって、好きな子ができたら、その剣でなにからも守ってやるんだぞ。愛してる。アグニ”
「……っ。母さん、父さん」
アグニが泣いていた。
私は開いた手紙をアグニに手渡して、そっと家の外を出た。たくさん泣いていいんだよ。
零れてきた涙を手で拭って、私はご両親のお墓にもう一度向かう。
そうして、手を合わせて祈った。
「ありがとうございます。……伝えたかったんですね。教えてくれてありがとう」
そうして、しばらくしてから隣に気配を感じた。
「もういいの?」
「ああ。手紙にあった親父の剣の隠し場所。行きたい」
「うん」
アグニも最後の別れをお墓に向かってしてた。
ここにきてよかったね。もしたら、二人が導いてくれたのかな、なんて。
旅の準備も終わったから、イングラスに向かう為に南の森の中に入っていく。先に目立つという大きな大木をさがすことにした。
大木はすぐに見つかった。森の中を進んで行くと、急に円形に開けている野原があって、そこに一本の大木があったから。
その大木を見つけたアグニは駆け出した。私も後に続いて大木をぐるりと一周。洞はあったけど、土が埋め込まれてて塞がっていた。
アグ土で手が汚れることなんて気にしないで、一心に土を掘り起こしている。私も同じように、洞を塞いでいた土を手でかき出していく。
一〇分くらい続けて、ようやく何かがあることに気づく。その周りの土を取りぞのくと、長方形の木箱が入っていた。
ごくりと唾を飲み込んだアグニは、一呼吸置いてからその木箱の蓋を開ける。中には布で包まれている長いものが入っていた。
布を取ると現れたのは、一本の剣だった。アグニがそれを取って抜いてみる。使い込まれた剣は、刃こぼれこそしていないけど、一度鍛冶屋さんに見せた方がいいだろう、古いものだった。
「父さん。たしかに受け取ったから。俺、守るから。ユーリィをこの剣に誓って」
抜いた剣を地面に刺して跪き、アグニは私を見て真剣な眼差しでそう言う。その姿はまるで、お姫様に忠誠を誓う騎士のようで、物語の名シーンのようだった。
私も一呼吸を置いてから、アグニの両手を取って立ち上がらせる。そしてその両手を胸の位置まで誘導して、両手で包み込む。
「私も。私も誓うわ。あなたを、アグニを守る。そりゃ、戦いではあまり役に立たないけど、だけど。心は守るから。あなただけの心を守るから。……アグニ」
そう言って両手を解くと、ぎゅっと抱きついた。とても暖かくて、優しい鼓動が聞こえる。この鼓動が消えてしまわないように、私はしばらくそうしていた。
両手ごと抱きかかえてたからか、アグニはただされるがまま。私はアグニに屈むようにジェスチャーをして屈ませる。そうして、そっとその額に口付けを落とした。
私、必ず守るからね。
だから、いつまでも二人で一緒にいようね。
「……ありがとう。ユーリィ。好きになったのが君で、本当によかった。すごく嬉しいんだ、今」
「私も、アグニを好きになってよかった」
その後、アグニは剣を腰のベルトに差して、私達はその大木から離れてイングラス国へ向かう為に、更に南下することにした。
道なき森の中を馬を連れて進むのは、結構疲れる。小休止を時々挟みつつ、少しずつ進む。この調子でいって、五日間歩き続けて最南端のモルストに向かうの。
モルストのすぐ近くには迷宮があるんだって。そこでしばらくは迷宮通いをするのよ。
以前行ったソールダースよりも大きな迷宮なんですって。
あっちは地下十二階層だったけど、モルストにあるのは大迷宮で、まだまだ最下層にたどり着いた人はいないそう。
イングラスは国も推奨宗教も違うから、しばらくそこに滞在してても大丈夫。
さすがにそこまでして、神殿騎士が私を捕まえるために追ってはこないだろうし。クレスメンの中だけ探して見つからなければ、多分捜索は中止されるだろうというのがアグニの見解。
私もそうだといいなと思いつつ、合計十二時間は歩いたから、国境付近にくることができた。
クレスメンとイングラスの国境の境目、クイラス大陸の中心のリンクっていう街があるんだけど、私達はそこを通らないから、たとえあの村に行かれて滞在していた跡を見つけられても、広大な森の中を捜索することは、難しいし、諦めるだろうって。
カーツから南下すると、一日歩き通しで国境を越えることができるらしいから、私とアグニは今日中に越えてしまうつもりだった。
少しでも早く安心したいのよ。
「ごめんね。私が見つからなければこんなことにはならなかったのに」
「それはいいよ。俺はユーリィがどこに行くにしてもついていくし、離さないから」
「ありがとう」
なんでもないように、当然だろって感じでそう言ってくれるアグニに、すごく感謝の気持ちが溢れてくる。
アグニ、本当にありがとう。




