薬師ののんびり旅紀行 四十二話
連れてこられた家は扉から屋根まで蔦に覆われていた廃屋。アグニのお母さんが、結婚する前まで住んでいたという家だった。
その家の隣に、二つのお墓が並んでたってて、枯れた花輪が切れて下落ちている。
もう、随分と人が来ていなかったんだな、と人目でわかるその様子は、流行り病がまた流行しだすのではないかという不安があったからなんだと思う。だから、誰もこの村にお墓があっても来てないんだなって。
アグニのお母さんの家は村の奥の方にあったんだけど、そこに来るまでにもお墓がたてられていたし。
寂しくて、悲しい村。
流行り病と共に死んでしまったのね、村も。
涙が浮かんできたけど、なんとか我慢して、私は森のそばに咲いていた花を少しばかり手折っていたので、それを墓標の前に置いた。
「いつまでも来なくて悪かった。二人とも。今日は俺の奥さんになるユーリィを連れて来たんだ」
「ユーリィ・アスコットです。初めまして。アグニのお父さんとお母さん」
そうして挨拶をした後、私とアグニは地面に膝をつけて弔う。
どうか、安らかに。私が必ずアグニのこと守りますから、そばにいることを許してください。
無言で目を閉じて手を合わせ、私はそうお願いした。
「ありがとう、ユーリィ」
「私の方こそ、紹介してくれてありがとう。すごく嬉しいよ」
「俺の大事なユーリィだからね」
「私もアグニのことがとても大事。だから、いつか私の両親が見つかったら二人で会おうね」
「もちろん」
お墓の前で軽く口付けを交わして、私達は家の中に入れるようにと、家を覆っている蔦を短剣で切って落としていく。見たところ、屋根は抜け落ちてないみたいだから、雨風はしのげそうだった。
だけど、中は埃だらけだったから、私は風魔法で埃を追い出すために、扉と窓を開けたままにした。
「風の魔法石使うから、家から離れててもらえる?」
「ああ。頼むよ」
私はポケットから風の魔法石を取り出すと、石に魔力を籠める。そうして風を起して一気に部屋中の埃を玄関の扉と部屋の窓から追い出した。
よし。これで少しはマシになったかしら。あとは、水拭きやれたらいいんだけど、ここの井戸はもう使えないわよね。それに、まだ病原菌が残ってたら困るし。
仕方がない。各自ベッドの上で寝袋に入って眠るしかないね。ベッドの上の埃がなくなっても、ダニやノミなんかがいるだろうし。天日干しできれば一番いいんだけど、明日になったらイングラス国目指して行かないといけないし。
さすがに国境を越えてしまえばなんとかなるだろうしね。
それに、イングラス国は、アラリス神の両親への信仰を推奨している国だし。かといっても、違う宗教でも神様家族の内誰にをって感じだから、結局は神様一家を信仰してるのと同じなのよね。
「じゃあ、そろそろ寝ようか」
「ああ、おやすみ。ユーリィ」
「おやすみ、アグニ」
さすがに疲れたからか、私とアグニはすぐに寝入った。まあ、外には馬を繋いでいるし、なにかあれば動きがあるでしょう。
「ん……」
あ、これは夢、かな。私、夢を見てるみたい。
でも、ここ、どこだろう?
辺りを見渡してみると、そこはどこかの村だった。だけど、なんだか少し見覚えがあるような……。
あ、そっか! カーツの村だ。草がボーボー生えてないし、家も小奇麗だから、なんだか違和感。今の廃屋も、昔はこんな風に綺麗だったのかしらね。
私はせっかくだし村を歩いて回ることにした。だけど、人は誰もいない。ゴーストタウンのようで、それがなんだか少し不気味だった。
あっちの方の奥がアグニのお母さんの住んでた家だよね。行ってみよう。
草が生えてないからすたすた歩ける。
ほんの数分でたどり着いたその家の中。そっと覗いてみると、赤毛の女性がキッチンで何かを作っていた。他の村人はいなかったのに、あの女の人だけいるのかな。
もう少し見てみようと思ったら、私の脇を通っていく人影が。びっくりして反射的に飛び退ると、それに気づいてなかったのか、体格の良い男性は、扉を開けて中へと入っていってしまった。
私に気づいてないのかもしれない。見えてないのかもしれない。なら。
私はそっと玄関の扉を開けると中へとするりと身をすべらせて入った。試に引いてあった椅子に座ってみたり、テーブルの上に置いてある籠の中の果物を、ころころと転がしたりしてみる。
すると、それはわかったみたいで、何で林檎が転がっているのかと首を傾げた男性が、林檎を籠に戻す。
もう一度やってみようかな。今度は……そう、あれがいい。
私はキッチンで料理を作っている女性の所へといって、切る前の野菜を持って、テーブルまで運んでみる。すると、男性には野菜が浮いて動いてるように見えてるみたいで、ひどく驚いていた。
「あの、こんにちは。お邪魔してます。私の声、聞こえますか?」
声をかけてみるけど、届いてないみたいで、それに対する反応はなかった。
私自身だけが存在してないかのように、女性と男性二人の空間に入り込んでしまったんだ。これは、もしかしたら過去、なのかな。
女性は綺麗な赤髪で、男性は短く切りそろえられた黒髪だった。
もしかして、アグニのご両親? 生きてる頃のご両親なのかも。
私は女性の顔を見たくて、もう一度キッチンに向かう。そすると、男性も椅子から立ち上がってテーブルに置いた野菜を掴んでキッチンに行くみたいで、私についてきた。
「なあ、この家いつまでいる。村中の人間で助かっているのは、行商に行ってるやつくらいだ。お前の両親ももう……。俺たちも急いで帰ったほうがいいかもしれんぞ」
「そうね。だけど……もう少しだけ、お願い。父さんと母さん弔いは終わったけど、もう少しだけいさせて」
「……わかった。だが、外にはあまり出るなよ。なにで感染するかわからないんだ」
「ええ。こほ、こほっ」
「っ! お前、まさか」
男性が女性の腕を掴んで振り向かせる。わ、すごく綺麗な人。アグニに似てる。お母さん似だったんだ。
「……。私は残るわ。あなたはまだ大丈夫なはず。だから、帰って。あなただけでも」
苦笑いをして女性はまた包丁を取って野菜を刻む作業に戻る。
男性は、立ち尽くしたまま、女性の背中を見ていた。
これ、もしかしたらご両親が流行り病に感染した時の夢、なのかな。でもなんでそんな夢を見ているんだろう。
しばらく男性と一緒に私は女性が料理を作り終えるのを待っていた。そうして出来上がった料理を運んで、二人で食べ始まる。あれは、トマトスープで煮込んだ料理ね。どんな味なんだろう。
私はそっとキッチンに向かって、そのスープをお玉を使って口に運ぶ。ハーブの味もしてすごく口当たりも良い。トマトを裏ごししたのかな。味は覚えたから、今度、私も作ってみよう。
二人のところに戻ると、ちょうど食べ終わったみたい。
「いつからだ? お前の両親を弔ってる時はなんともなかったはずだ。何で感染した?」
「わからないわ。だけど、私、二人の看病してたから、もうしかしたら空気感染なのかしら。感染した人に触るだけじゃ感染しないみたいだし。看病してた部屋は締め切ってたから、あるとすれば、咳、かも」
「なら、俺ももう感染しているだろうな。症状が出ていなくても。潜伏期間なだけだろう。」
「……ごめんなさい。里帰りしたいってわがままに付き合ってくれたのに、巻き込んでしまった。やっぱり一人で来るべきだったんだわ。アグニを一人にしてしまう」
「俺の親父がいる。きっとしっかり面倒をみるはずだ。だから、大丈夫さ」
「そうね。義父さんなら、愛情を注いで育ててくれるわね。最後にあの子に何も伝えられないのが、すごく寂しくて悲しいわ」
「……そうだな。伝書鳥も飛ばすわけにはいかないだろうし。そこから王都に広がったら問題だ」
「手紙、書きましょう。王都へ出せなくても、いつかあの子が見つけてくれるかもしれないわ」」
「ああ」
そうして二人は手紙を書いて、床下の隠し場所にその手紙を入れていた。




