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薬師ののんびり旅紀行  作者: ちゅんちゅん
第三部 逃亡とモルストの迷宮と
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薬師ののんびり旅紀行 四十一話

 深夜。

 早めに仮眠をとったから、私とアグニは森のそばまで出ることにして、馬に乗って早駆けをすることにした。

 今日中にイクロの街に入れるようにするつもりなのよ。

 大分、王都から離れられたから、そろそろ着くんじゃないかって、アグニが言うからたぶん着くでしょうね。


「雨上がってよかったね。ちょっと泥濘(ぬか)るんでるけど」

「あのまま振り続けられてたら風邪を引いてたかもしれないな。昼頃までにはイクロに着けるように頑張ろう」


 私達は王都からの距離を思って少し安心してきたから、馬上で時々会話をしながら進むことにした。小腹が空いたからシナモンクッキーを食べながら。

 小休止の時には馬に林檎をあげてみたら、むしゃむしゃ食べてくれたわ。人参もあげたら、やっぱりそっちの方が食いつきがよかったけど。

 私たちが進んで行くに連れて日もだんだん高くなっていく。そろそろ正午かしら。遠くに見えるのは街ね。あれがイクロかしら。


「じゃあ、この辺でいったん着替えるよ」

「うん。終わったら言って」


 私は背を向けてアグニが着替えるのを待った。女装するために、私のロングワンピースを着て、金髪のウィッグも被ったアグニ。


「終わったよ、変だよねこれ」


 そう言って髪の毛をくるくるしながら恥ずかしそうにしているアグニは、どこからどう見ても綺麗な女の人だった。目つきが少しだけ鋭いから、クールビューティーっていうのかな。


「じゃあ、これも塗ろう。じっとしててね」

「け、化粧までするんだ……」

「イクロを出るまでの我慢よ、我慢」

「はああ。なんだか俺の男としての何かが急速に失われていく感じがする」

「すごく美人よ! 姉妹設定のほうがいいかしら。ね、お姉ちゃん( ・ ・ ・ ・ ・)

「ユーリィ……。わかったよ。頑張るよ俺」

わたし( ・ ・ ・)

「……頑張るわよ、わたし( ・ ・ ・)

「うんうん。応援してるね! アイリお姉ちゃん!」


 イクロの街の中では、私と女装したアグニは姉妹っていう設定で通すことにした。ちなみに名前はアイリ。反応しやすいように、似た感じの女名にすることになったの。

 ポクポクと進んで行くと、やっとイクロの街の入り口に着いた。検問とかはしてないみたい。よかった。

 私とアグニ……じゃない、アイリお姉ちゃんは、街にはいるとまずは市場へ直行することにした。厩に馬を預けて、さっそく向かう。


「あ、これ美味しそうだよ、アイリお姉ちゃん」

「……そうね。買いましょうか」

「……ぷ」


 駄目だ。思わず笑っちゃった。しまったと思ってアイリお姉ちゃんを見てみると、じと目で私を睨んでいる。ごめん、ごめんってば。……ぷぷっ。

 女装は本当に似合ってるんだけど、声を裏返してぼそぼそと女言葉で話すから、ついつい笑っちゃうのよね。悪いとは思うんだけど。もう少ししたら慣れてくるだろうから、私、頑張る。笑わないように!

 そうして私達姉妹は、まずは屋台で食べたいものを片っ端から買うことにした。買ったらすぐにその場で、時魔法の指輪を使って異空間の中にしまっていく。

 カルボナーラを一〇人前。おにぎりの昆布味を一〇個。カツサンドを一〇個。白パンを三〇個。

 そして、野菜市場では、玉葱を一〇個。キャベツを一〇個。米を一表。果物市場では、バナナを一〇房。

 調味料はあるから大丈夫だし、お肉もあるから大丈夫。食料品の買い足しはこんなものかしら。

 栄養もきちんと摂れるように、自炊もできるように、調理器具も買っておくことにした。

 異空間の中はもうそろそろで一杯になるかなあ。聖水や清水のタンクが場所をとるのよね。二〇リットルで一タンクだから。


「こんなものかしら。他にはなにか欲しいものはある?」

「そうだな。砥石を少し買いたいかな。剣の手入れや他の武器にも使うし」

「じゃあ、鍛冶屋さんね」


 さっそく鍛冶屋さんに向かう私達は、仲よく姉妹で手を繋いで行く。道行く男の人が、アイリお姉ちゃんに見惚れてるのを私は知っている。そして、それに気づいたら、速攻で冷たい瞳で蔑む視線を送るアイリお姉ちゃん。

 まあ、ね。本当は男だし、男性と男性同士の恋人を求めてるわけでもないからね。

 向こうは完全に女の人だと誤解してるようだけど、アイリお姉ちゃんにとっては気持ちは男のままだから、ぞわぞわ鳥肌が立っているのを私は見てた。

 姉妹で百合な展開も禁断で妖しい関係で、ちょっとどきどきするけど、薔薇な展開もちょっとわくわくするかも。私はそういうのに偏見がないから、幸せそうならそれでいいと思うけどね。

 と。


「ここが鍛冶屋さんね」


 金槌と炉の絵柄が書かれた看板を見つけたから、二人で中へと入っていく。

 店の奥のほうでは、カンカンカンと小気味よく金属を打つ音が聞こえてきてる。

 店内の陳列棚や、壁掛けの武器置き場に、いろんな種類の武器があった。こんなにたくさんあるのを、おじいちゃんは扱えるんだ。それにアグニも。すごい。私も何か手頃な武器、持っていたほうがいいのかな。武器を見渡しながら思案するけど、やっぱり無理だよね。

 今から訓練したって、付け焼刃すぎるし、逆に持ってるほうが危ないか。短剣しか使えないからなあ私。あとは魔法石でやれるし。

 だけど、最後に見たものを見て、これなら大丈夫そうと思ったのがあった。革の鞭だ。これならロープ代わりにもなるし、腰のベルトに通しておけば、いつでも出せるものね。

 よし。私は鞭を買おう。

 でも、鞭は鞭でも、革素材か鱗や金属でも作られてるのもあるから、どれがいいのかな。

 とりあえず、持ちてが手に馴染んで、振るった時の感触の良さで決めればいいかなあ。

 私は最初に鞭を撓らせてみて、そのあと、鱗、金属と変えていってみた。

 感触の良さは革がいけど、持ち手は鱗かな。だけど、攻撃力だけ考えると金属の方がいわよね。どうしよう、うーん。


「鞭買うことにしたの?」

「うん。でも、革の振るった時の感触の良さ、鱗素材は持ち手の馴染みの良さ、攻撃力だと金属だしって、ちょっと迷っててね」

「そうだなあ。感触の良さも大事だけど、手に馴染んでいる方がいいと思うよ。すっぽ抜けないようにね。金属は、革や鱗の鞭で、扱いに慣れてきてからの方がいいと思う」

「そっか。じゃあ、革と鱗の二つ買うことにするよ。ありがとう」

「参考になったのならなにより」


 私は鞭を二つ買うことにする。後で時間がで来た時に鞭に練習たくさんして慣れておこうっと。

 そうして私達は鍛冶屋さんで買い物を済ませたあと、他にすることもなくなったので、逃亡を再開することに。

 厩で馬を受け取って、西側から出て、街が見えなくなったら森のそばまで移動してまた東へと引き返してカーツを目指す。


「はあ、すっきりした。もう女装はしたくない」

「お疲れ様。だけど、本当の女の人みたいだったよ。男の人がぽーっと見てたもの」

「視線は感じてたよ……。もううんざりだ」


 肩を落としてげんなりしているアグニ。その視線ってそんなにきついものだったのね。だけど、使わないと困る時は、やっぱり女装してもらわないとね、なんてことを私は考えた。

 そんなことを考えつつ、森の中に入って先に進む。

 そして、途中の野宿をして一夜を過ごし、やっと私達はカーツにたどり着いた。


「ここが、カーツ……」

「ああ。人がいなくなると、随分と変わるものだな」

「……蔦や草がすごく生えてるね。倒壊してる家もあるし」

「まあ、仕方ないさ。じゃあ、母さんの昔住んでたって家に行こう。そのすぐそばに墓を作ったから」

「うん。私もご挨拶しなくちゃ」


 私が笑ってそう言うと、微笑み返してくれるアグニ。

 ここで一泊したら、今度は森を南下して、国境を越えるつもりだから、今日は美味しいもの沢山食べて、英気を養わないとね。

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