薬師ののんびり旅紀行 三十七話
「そう言ってくれるとわしも心の痛みが和らぐよ。ユーリィ。君はアリア似の優しい子なんだね。その髪色も瞳も、アリア譲りだよ。だが、瞳の形はアルド似だね」
「お父さんとお母さん似……。私、初めて自分のこと、許せそうです。お話を聞かせて下さってありがとうございます。いつか、両親を探して見つけて抱きしめます」
「ああ。そうしてやるといい。きっと泣いて喜ぶはずだ。君へ危険が及ばないようにと、ミランダのところへ泣く泣く預けたのだからね」
「そうだったんだ……。おばあちゃんは、時期がきたら教えてくれるって言ってたから、私から聞くことがなかったんです」
「そうか。ミダンダが。大丈夫だよ。おそらく彼女も今が君に話す時だと思ってくれるはずだ」
うん。
おばあちゃんならきっとそう言ってくれると思うし、聞いたら今度は色々と聞かせてくれるって思えるようになったよ。
「そこで、だ。話が戻るのだが……」
あ、そういえば、アグニの話をしていたんだよね。緊張するな。どんな話なんだろう。
「こら、じじい! 俺のユーリィを返せ!!」
話を聞く体勢にすっかりなっていた私は、聞き慣れた声にびくっと飛び上がる。
「あ、アグニ!?」
「ユーリィ! 今、助けるからな!」
そう言って扉を蹴破ってきたアグニ。私はその様子をただ突っ立って、呆然と見ているだけしかできなかった。だって、ものすごく黒い笑みを浮かべているんだもの、アグニ。
「くぉおら、じじい。よくも俺のユーリィを攫ってくれたな。叩きのめしてやるから覚悟しろ」
「ふん! なにを言う。攫ったのはセシルであってわしではない。わしはただ、ユーリィちゃんとお話したいなあって、呟いてみただけだ」
「ゆ、ユーリィ、ちゃん?」
「そうじゃ。わしとユーリィちゃんは今はツーカーの仲だ。お前の入る隙などありゃせんよ。しっしっ」
「ユーリィ……」
「え! あの、私はただ、お祖父さんとお話をしてただけでね。別にやましいことなんてなんにもしてないのよ?」
私は焦る。これはなんてひどい。ゴルド様ってば、私に矛先を向けさせて逃げる気だわ。それになんて減らず口なのかしら。さっきの私と話してたのとは全然様子が違うわよ!
「セシルさんがどうしても連れて行くって言うから、仕方なく書置きをしておけば、あとで追いかけてくれると思って」
「そうだセシルあの野郎。俺を騙したな! ヒューグへは特注の酒を受け取りに来ただけだと言っていたくせに!」
え。そうなんだ。なんだかセシルさんも癖がありそうね。
それにしてもこれどうすれば収拾がつくのかしら?
ゴルド様を見たらにやりと笑ってツーンってされたし! アグニをチラッと横目で見たら、私とゴルド様をじーっと見てくるし。なによもう。私になんとかしろってこと?
「アグニ。私、大切なことを聞いたの。私の両親のこと」
「ん、ああ。そっか、聞いたのか」
「知ってたの、アグニも?」
「いや、まあ、その、さ。俺もこの邸で暮らしてたからさ、アルドおじさんが度々来てたのは、な」
「ふーん。そう」
「ああいや! だからその、俺も詳しいことは知らなかったからな。余計なことを言って変な先入観を持たせたくなかったというか……」
アグニは俯いてそう言う。
うん。アグニなら、そういう気遣いはしてくれるものね。信じてるし。
「気遣ってくれてありがとう。その気持ちは嬉しいよ。私も、今まで忌み子のこと、黙っててごめんね」
それより、忌み子のことがバレて嫌われるんじゃないかって、びくびくしてた私の方が卑怯だよね。
でも、どうしても話せなかったの。
ごめんね、本当に。
「ユーリィも話辛いってことくらい、わかってる。だから、気にしなくてもいいんだ。俺はどんなユーリィでも受け入れる覚悟はできてる」
「アグニ……」
ああ、泣きそう。
というか、泣く!
だって、こんなに嬉しい言葉掛けてくれるなんて、私どれだけ幸せ者なの。
嬉しすぎるよ。
「ううー……」
「ユーリィ。おいで。大丈夫、ここに連れてこられたのわかってるから、俺は怒ってないし、こうして無事に会えたんだから、ね。さ、泣き止んで。でないと俺ここで恥ずかしいことしちゃうよ」
「うん。……って、え? な、泣き止んだよ!」
一体何をする気だったのかしら。想像したら顔が熱い。パタパタ両手で扇ぐと、ニヤニヤしてこちらを見てえいるゴルド様がいた。
なにしかしら。イメージが崩れていく感じ。
「わしが何も言わんでもおぬしらは大丈夫なようだな。まあもうよかろう。アグニ、今日はここで泊まっていけ。もちろんユーリィちゃんもな」
「ちゃん付けするな!」
アグニが速攻でそう返すと、飄々とした様子で応接間を笑いながら出て行ってしまった。
あはは。
なんだか、どっと疲れたわ。
とにかく、明日はなんとか、大聖堂で聖水を汲まないとね。薬の材料だし。タンク何個分にしようかしら。ここの聖水の効果が一番高いから、できるだけ多く持っておきたいわよね。
私の意識は既にもう明日の薬の材料へと移っていく。
「こらこら。ユーリィ。部屋に案内するからトリップするのはその辺にしておいてね。さ、こっちだよ」
「……へっ? あ、うん。ごめん。聖水のこと考えてたらつい」
「まったく。仕事熱心だね、ユーリィは。たまには俺だけのことを丸々一日考えてくれてもいいんだよ。俺なんか毎日そうなんだからさ」
「か、考えてるよ。これからもずっと一緒にいたいなって、ますます思えるようになったし、相変わらずどんな表情しててもかっこいいな、とか、黒い笑みもなんだか素敵に思えてきてるし……って、わ、今のなし!」
私ったらなにを言ってるの。自分から墓穴を掘るようなことを言うなんて。黒い笑みとかないでしょ!
だけど、私のそんな思いに反して、アグニは耳を赤く染めていた。
なんでだろ?
「ユーリィって、いつも思ってたけど、無意識に人を落とすのうまいよね」
「お、落とす? 上げてから落とすみたいな? 私そんなことしたっけ」
「違うよ。ユーリィの言葉に俺は救われてるってことだよ」
「それを言うなら私もだよ。アグニの好意が私をここに居てもいいんだって、そう思えるようにしてくれてたんだから」
「ユーリィ……」
「……アグニ」
私たちは見詰め合う。そうして互いの顔が近づいていくって時に、こほん、と咳払いが聞こえた。
「失礼。壊れた扉の修理にきたものですから。あ、どうぞ。続きをなさって下さい。わたしは空気に徹しますのでお構いなく」
そう言って、金槌と板をばんばん釘で打ち付けていくセシルさん。
この人ってこんな人だったんだ。
私はこれ以上疲れたくなかったから、無言でお辞儀だけをして、アグニに部屋を案内してもらうのだった。




