薬師ののんびり旅紀行 三十六話
セシルさんの白馬に相乗りをして、私は王都クレスメンの邸で待つという、アグニのお祖父さんのゴルドさんに会いに早馬で向かっていた。
だけど、どうしてもアグニのことが気になって仕方がない。大丈夫かな。急に一人にして平気かな。
私はすごく心配だった。またスイッチ入らなければいいんだけど……。入るよね、きっと。そんでもって、追いかけてくるよね。必ず。しかも、私がこのセシルさんと相乗りしてるの見たら更に怒りそうだよね。
どうしよう。私、選択、間違ったかもしれない。
だけど、そう思ってもも遅く。
夜の街道を早馬で飛ばしている為に、もう戻っても多分入れ違って会えないかも。なら、このままゴルドさんの待つ邸で待ってたほうがまだ確実だよね。
ああもう。
だけど、どうして私とアグニがこの宿屋にいることがわかったのかしら?
不思議。
聞きたかったけれど、早馬の上下運動が激しくて、私はしがみついているのがやっとだった。ここで口を開いたら絶対に舌を噛む。
仕方がないけど私はそのまま黙って着くのを待つことにするのだった。
そうして、約半日の間、私は馬上の人となる。明け方近くになった頃には、私はいつの間にかセシルさんの胸の中で眠っていたようで、とても恥ずかしい思いをした。これはアグニには言えない言えない。
「到着致しました。ユーリィ様。こちらがゴルド様のお邸でございます」
「ここが……。すごい大きい」
門から敷地を通って行くから邸までまだあるのに、そのお邸はすごく大きかった。さすが元騎士団長というかなんというか。
私はついきょろきょろと辺りを見渡してしまう。だって仕方ないじゃない、こんなにすごいお邸、王都の大貴族くらいしか住めないでしょ。
大貴族? 元騎士団長? あれ、もしかして、アグニって、お貴族様だったの!? 今頃気づくなんてなんて私のばか。ばかばか。アグニが優しい人でよかった。でなかったら今頃不敬罪で切られちゃってたかも。
だけど、なんでそのお貴族様のゴルド様は、アグニは私と結婚するんだって、言ってたのかしら。私、おばあちゃんの孫ってことになってるけど、それは便宜上であって、血は繋がってない他人なのに。
色々疑問が湧いてくるけど、まずはそのご本人様にお会いしなければ何もわからないわよね。
「こちらでございます。どうぞ中へお入り下さい」
「お邪魔します」
正門から玄関口までそのまま馬でポクポク移動して、下ろしてもらう。
そうして、セシルさんが開けてくれた玄関の中には、両脇にアーチ状の階段のある、すごく豪華な玄関ホールだった。白で統一されていて、高そうな絵画や置物が置かれていて、ちょっとぼくついちゃう。壊さないようにあまり近づかないようにしよう。
「旦那様が応接間でお待ちしていますので、どうぞこちらに」
「あ、はい」
見渡していたら、斜め前に立っていたセシルさんがそう言うので、私は小走りで追いかけた。
案内されたこの扉の奥に、アグにのお祖父さんがいるのね。
緊張する。
「旦那様、連れてまいりました。ユーリィ・アスコット嬢です」
「入りなさい」
「どうぞ、お入り下さい」
どうやら中まではついてきてくれないみたい。セシルさんは扉を開けてくれるだけで、入る素振りは全くなかった。奥にはソファに座っているお祖父さんがいた。
「君がユーリィ・アスコットくんだね。わしはゴルド・イン・レイドットという。一応侯爵の身分を持っている老いぼれだ」
「あ、えと。初めまして。よろしくお願いします」
「うむうむ。そう緊張するでない。とって食おうってわけではないのだからな。ただ、アグニのいない時に君と話をしておきたかったのだよ」
「私と、ですか」
「ああ。長い話になるからな。まずは座りなさい」
そう言って私にソファに座るように促してくれるゴルド様は、立派な真っ白い髭を一撫でしてあと、ふう、と一つ息を零す。どんな話なのかしら……。
「実はだね。私は君のおばあさんのことを愛しているのだが……」
「あ、その辺りのことは聞いてます。なんでも下半身不随になったとか。お加減はもう?」
「いや、お恥ずかしい。ああ、体の方はこの通りもう大丈夫だ。それならば話は早い。ではアグニの両親のことは?」
「ええ。聞いてます。流行り病でなくなったと」
「その通りだ。そこまで話しているのならばもう大丈夫そうだな。実はだな、アグニを、あやつを救って欲しいのだ。あやつの両親は物心ついてすぐに亡くなってしまっての。わしも、わしなりにだが愛してきたつもりだ。だが、あやつは真の愛情を知らずに育ったのだ。わしの愛情では、足りんかったらしい。そこで、ミランダに血の繋がらない孫ができたと聞いてな。一度話を聞きに言ったことがあるのだよ」
「おばあちゃんに? あの、じゃあ私のことは……」
「聞いているよ。君が神官と神子との間に産まれた禁忌の忌み子だってこともね。だがそれがなんだ。ただたんに愛し合った者達の愛の結晶ではないか。君は忌み子ではないよ。ちゃんと愛情を受けて産まれてきた愛されるべき命を持った子だ」
……。私のこと、知ってたんだ。それに、私が愛されて産まれてきた? 本当なの?
「わしは君の両親を、ミランダのところへ逃がさせた張本人なのだよ。以前からアルドに相談を受けていてね。神子の女性を愛してしまったと」
「アルド? ……もしかして、その名前が私のお父さんの名前なんですか」
「ああ。そして、母の名はアリア。クレスメン大聖堂の教皇の一人娘だ。義理の、だがな」
「義理の……」
「アラリス教とリウラミル教は、アラリス神とリウ神を信仰する宗教なのは知っているね。その宗教では、神に仕える身になったものは婚姻関係や、男女関係を結んではいけないという禁忌があるのだが、それをその二人は破ってしまった。それは大罪とされ、二人は火あぶりの刑に処されるところだったのだよ」
「火あぶり……の、刑、ですか」
「教皇も悩んでいた。愛情を注いで育ててきた養女を神託の神子として生涯を終えらせるか、愛した者と添い遂げさせてやるか。……だが、その前に君の存在が上層部に知られてしまってね」
「だから、二人は罰せられて、それをゴルド様が助けてくださった……」
「わしにできることといったらもう、その時はそれしか選択肢が残されてなかったのでね。君にはすまないことをしたと思っている。すまなかった」
そう言って立ち上がると、立膝を付いて私に頭を下げた。そんなことしないで。だって、助けてくれたから、私はここにいるし、アグニにも会えた。そして今、この話も聞けたんだよ。
感謝してもしきれないくらいなのに、謝る必要なんてないのよ。
「どうかお立ちになって下さい。私が今こうしてここに来れて、お話を聞けたのも、ゴルド様が両親を逃がしてくれたお陰なんです。今は二人共行方不明だって、おばあちゃんが言ってましたけど、きっと今も追っ手から逃げているのでしょう?」
「そこまでわかってしまったか……。聡明な子だ。その通り。君の両親は今別の大陸へと亡命をして、暮らしているはずだよ」
「それを聞けただけでもよかったです。私、今までずっと捨てられた入らない禁忌の忌み子だって、思ってたから……。だから、聞けてよかったです」
そうだよね。こう思うのが一番いいんだよね?
私、愛されてたんだって、そう思ってていいんだよね。




