薬師ののんびり旅紀行 三十四話
アグニを一人宿屋に置いてきて、私は今、この街の女の子達が集う服飾店に来ていた。
賑わってるお店に入ってみたけど、可愛い服がたくさん陳列されてるなあ。あ、あのマネキンに着せてる服可愛い。当店いちおし! だって。ちょっと試着してみようかな。
私は店内を見歩いて、これいいなって思ったものを数点手にとって、店員さんに試着してみたいことを告げる。
快く試着室のカーテンを開けてくれて店員さんにお礼を言って、私はさっそく手に持っていた服に着替えることに。
一着目はワンピース。二着目はミニスカートとニーハイソックス、ニーハイブーツを合わせたセット。三着目はロングワンピースにしてみた。
今着て着てるのは若草色のワンピースなんだけど、そこにレギンスを合わせてるのよね。で、ブーツを履いてるんだけど、一着目のは、今着ているものよりも膝丈が短いの。だけど、それ単品でも十分に可愛いから生足を出して着てみようと思う。
うん。なかなかいいんじゃないかなあ。
ヒューグ独特だっていう柄のベージュのワンピースは、柄が色彩豊かだから、ちっとも地味じゃない。むしろすごく可愛い。
ちょっとだけ着られてる感があるけど、でもまあ許容範囲内よね。うん、よし。これ買おう。
次は。
二着目のミニスカートはワインレッドのティアードミニスカートで、グレーのニーハイソックスに黒のニーハイブーツを合わせたセットのものなんだけど、これ、わざわざ試着しなくても、もうそれだけで可愛いからなあ。お腹周りもこのサイズなら問題ないし、これも買いね。自分で持ってるトップスの中でも合わせやすい色だから、いいかも。
で、次が三着目。
これは実はちょっとだけ、アグニのお祖父さん用にと思って選んだ一着なの。あんまり若い子が着るような服があまり好みじゃなかった場合に着るように、少しだけ背伸びした、シックなデザインのロングワンピース。色は紺。ちょっと地味だけど、アクセサリーを着けるだけでも印象が変わるし、ベルトを付けるだけで丈は調節できるから、いいと思うのよね。うん。買おう。
私服に着替えなおして私はカウンターに三着分を持っていく。すでに数人並んでいたのを待っていると、前に並んでいた女の子は友達同士のようで、話笑いあいながら自分の番を待っているみたいだった。
女の子の友達かあ。
実は私、おばあちゃんと森の奥の一軒家で過ごしてきて、毎日修行に明け暮れてたから、友達いないんだよねえ。今まではそれが寂しいって考えたこともなかったけど、もしかして私って寂しい人間?
う。
でも、旅してると友達ってできにくいのよね。私の場合はとくにそう。なんせ行商の旅だから。
だけど。
ほしいなあ、女の子の友達。
私は前の女の子達が楽しそうに買い終わって店を出て行くのを、羨ましそうに見つめた。
「これください」
「ありがとうございます。一七,〇〇〇セルになります。ありがとうございます。またどうぞお越し下さいませ」
「ありがとうございます」
紙袋に綺麗に畳んで入れてくれた新品の服をぶら下げて、私はルンルン気分で宿屋へと戻る。せっかく買ったんだし、今日からさっそく着ようかな。
宿屋へと戻った私は、とった部屋へと戻る。だけどアグニはいなかった。出けちゃったのかな?
そう思い、私はその場で服を脱ぎだして、買ったばかりのベージュの民族衣装に着替えた。これ、実は同じ柄のヘアバンドが付いてるのよ。一纏めにしていた髪の毛を下ろして、さっそくヘアバンドをつけてみる。
鏡でくるりと回って確認してみると、なかなか似合ってるわね。でもなんか物足りない。やっぱりもう一度買い物に出かけようかな。
書置きしておけばいいよね。四の鐘は一五時になる鐘だから、五の鐘の一八時までには戻るって書いておけば……。まだ四の鐘もなってないし、多分大丈夫でしょう。
あ、そうそう、ちなみにね、鐘は三時間おきになるようになっているのよ。最初が朝六時の鐘で、次は九時、十二時、十五時、十八時、二十一時まで鳴るように、鐘鳴らしのお仕事をしている人がいるの。
一時間ごとの砂時計を三回ひっくり返したら、塔の鐘を鳴らすんですって。一応時計塔だから、見れば時間はわかるんだけど、遠いと音を聞いた方が早いからね。
多分あと一時間くらいは時間が余ってるはずだから、行っちゃおう。
そうして私は再び街へと出かけることにした。
「あ、ここね。化粧品のマークが看板にあるし」
初めて入るからどきどきするけど、この民族衣装には、可愛い色つきリップと淡いサーモンピンクの頬紅がよさそう。
おしろいや眉を描く必要もないし、あとは、化粧水くらいかしらね。
成人したとはいえ、15才だもの。肌には自信があるの。眉毛だって形は結構いいのよ。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「あ、今日はこの服に似合う色つきのリップと頬紅、それと化粧水を買いにきました。……あの、実は私こういったお店は初めてなんです。何かお勧めとかありますか?」
「あら。そうなんですか。ではいくつかお持ちしますので、こちらの席にお掛けになってお待ち下さい」
「はい」
店員さんに促されて、私は椅子に座って待つ。テーブルの上には鏡が置いてあった。時々こちらを見て、私に似合う色を合わせてくれてるみたいで、視線を感じる。
そうして少し待つと、店員さんが数点のリップと頬紅に化粧水を持ってきてくれた。
「こちらは試供品ですので、まずはこちらのを使って、実際にお化粧してみましょう」
「よろしくお願いします」
私の隣の椅子に腰掛けた店員さんが、まずはピンクのリップを試してくれる。私もそれを見て確認するけども。ちょっとしっくりこなかった。それは店員さんも同じだったようで「落としますね」と、唇を拭ってくれる。
次は私が可愛いなって思ってたサーモンピンクのリップだった。あ、これは私の茶髪と黄色がかった肌に、唇の色がすごく合う。緑の瞳だからか、少しだけ肌にのせただけなのに、すごく似合う。
「こちらの商品がお似合いですね」
「そうみたいです。このリップにします」
「かしこまりました。では次は頬紅ですね。お客様はまだお若いので、淡い色にしましょう」
そう言って最初に付けてくれたのは、同じサーモンピンクだけど、さらに淡く薄い色のもので、ほんのり色づいて血色がよく見える。可愛いなあ、これ。
リップと頬紅をしただけなのに、なんだかすごく別人になったみたいな気分。
「頬紅はこちらでよろしいようですね。それと化粧水ですが、見たところ特に問題のある肌でもないようですので、きめ細かく整えるだけのさっぱりとした化粧水にしましょう」
「肌によって使うもの、違うんですね」
「そうですよ。皮脂が多い方はこちらの化粧水。乾燥肌のかたにはこちらの化粧水がよく馴染むのです」
へええ。知らなかった。
これからは毎日、顔を洗ったらこの化粧水を使おう。綺麗になったらアグニ、褒めてくれるよねきっと。
そう思い、私はその三点を二,五〇〇セルで購入することにした。
ゴーンゴーンゴーンゴーン。
ちょうど店を出たときに四の鐘が鳴った。ちょっと走ろう。一応書置きはしたけど、なるべく早く帰ったほうがいいものね。
そうして私は小走りで宿屋へと戻るのだった。




