薬師ののんびり旅紀行 三十三話
「美味い! この鶏の香草丸焼き、最高だね。ピラフも美味い。味がよくしみこんでて、冷めても最高。これ、高級料理店で出されてもおかしくないと思う」
「ほんと? よかった。自信はあったけど、香草焼きだから好みがあるでしょ。だからちょっとだけ心配だったんだ。うん。美味しくできてる」
一羽丸々は多いから、近くにいた人にも料理を振舞って、綺麗になくなったら、近くの川原で調理器具を洗う。
昼過ぎ辺りにヒューグに着く予定なの。だから昼食は作る必要はないのよね。
もし小腹が空いたら、それまでは、時魔法の指輪を使って異空間の中から、シナモンクッキーを食べたりすればいっかな。
そういえば、無花果のジャムとプレーンスコーンまだ食べてないや。
これはアグニのお祖父さんへのお土産にしようかな。おばあちゃんもよく作ってたから、きっと食べてくれると思うんだけど。
「ねえアグニ。ヒューグってどんなところなの?」
「そうだなあ。これといってなにもないかな。特産品といっても、織物なんかがあるけど、それも他の国の方が有名だしね。この国の中だけで少し知られてるってくらいかな。とりたてて見るようなところもないと思うよ」
「ふうん、そうなんだ。じゃあ、宿屋では何か作ろうかな。あ、そういえば。お祖父さんって無花果って好き? この前ジャム作ったでしょ。お土産にどうかなって思ったんだけど。おばあちゃんがよく作ってくれてたのと同じ味にはなってるとは思うから、少しは懐かしいんじゃないかって」
「うちのじいちゃん、無花果はよく食べてたな、そういえば。乾燥させたものとか。ドライフルーツってあるじゃん。それの無花果はたしか好物だったと思うよ。渡したら喜ばれると思うよ」
「そっか、よかった。じゃあジャムとスコーンはお土産にしてもいい?」
「もちろんいいよ。あ、でも、俺の分もとっておいてね。じゃないとあっという間に食われそうだ」
「わお。そんなに好きなんだ」
好物の情報聞けてよかった。
ふふって笑ってると、横に座っていたアグニの様子が変わった気がした。
あ、これは。
「ねえ、ユーリィ。いくら俺の祖父だからといって、愛想振りまくのは止めてね。でないと俺、自分止められる自信ないからさ。邸の俺の部屋に一生監禁してもいいんだよ。あ、そうする? その方が他の男共に俺のユーリィを見られなくて済むね。ユーリィに邪な気持ちを持って見た奴なんていたら、俺その場で切り捨ててしまうもの。でもそれじゃ、ユーリィ怖い思いしちゃうでしょ。だから、俺以外と男には愛想振りまかないって約束、してくれるよね?」
「わ、わかった。約束、する。アグニ以外の男の人なんて興味ないもの。ただ、アグニのお祖父さんだから、仲良くなった方がいいのかなって思っただけで……」
「する必要、ないから。わかった? ユーリィ」
「う、うん」
「ならいいんだ。よかった。ユーリィがわかってくれて」
で、でもさあ。
完全に無視とかはさすがに無理だって、アグニもわかってるよね? たぶん。
私はできれば唯一のアグニの肉親だから、仲良くしたかったんだけどなあ。
「ユーリィ、おいで」
時魔法の指輪を使って異空間に調理器具をしまったあと、私はアグニに呼ばれてなんだろうと近づく。
そうしたら。
ちゅ、と。
なんと額じゃなくて、唇に口付けられた!
いつもは額だったのに。もしかして、この前のあの時から額じゃなくしたってことなの?
嫌じゃないけど。嫌じゃないけど!
うわあああん! なんだかもう恥ずかしくてどこかに隠れたくなってきたよーっ。
「あ、わ、わわっ」
「くす。慌ててるユーリィも可愛いね。このままここで食べてしまいたいくたいだよ」
「あう。そ、それ以上は言わないで。恥ずかしい……」
「ふふ、わかったよ。可愛い反応を返してくれたからね。今はこれだけで許してあげる」
「……ありがと」
あああ。恥ずかしい! 誰かに見られてないよね? つい辺りをきょろきょろ見渡してしまう。うん。大丈夫みたい、よかった。
私は心臓がばくばくいってるのをなんとか落ち着けさせて、平常心を保とうと努力する。
すーはーすーはー。深呼吸もしておこう。
「ぶっ、ははっ」
人がせっかく頑張ってるのに、目の前のアグニは吹き出して笑い出す。
なによー。私だってもうあっぷあっぷなんだからね。私は恋愛初心者なんだからもう少し手加減してほしいわよ。そう思ってじと目で見ると。
「ごめんごめん。ユーリィが可愛くってつい」
う。
そう言ってアグニが私の頭の上にぽんぽんと優しく手を乗せる。
アグニは自然にそうしてるみたいで、なにかを企んでる様子はなかった。
じゃあこれが、この甘々なのが平常運転ってことなの?
私の心臓、一体いつまで持つのかな。
そんなことを考えてた私は、朝っぱらからすでに撃沈状態だった。アグニには勝てなそうだよ。
「ヒューグに着いたら調理器具も揃えていこうかな……」
なんでもないことを呟いて、私はとぼとぼと乗合馬車に戻るのだった。
「あれ、やりすぎたかな。まあでも、ユーリィには慣れてもらわないとね。まだまだし足りないことがたくさんあるんだから、ね」
なんか、物騒な声が後ろから着いてきてるけど、聞かなかったことにしよう。そうしよう。
いつか絶対反撃するんだからね!
そうして私は昼過ぎまでの道中、ひたすら眠りこけることで窮地を脱したのだった。逃げた、とも言うけどね。でもこれは戦略的撤退だからいいのよ。
「ここがヒューグかあ。メンテルの時とは大分違うわね」
「だろう? だからとくになにもないって言ったんだ。まあでも、ここの織物も綺麗だから、少し見ていくのもいいと思うよ」
「そうだね。あの辺に出てる台の上にある織物、独特な模様で素敵だと思う」
「ああ、あれはヒューグ織りっていう、ヒューグ独特の模様だからね。あの柄でこの辺に住むいくつかの村の人たちは服を作って着ているし、街の人も何かの祝い事の時にも着たりしてるから、これがクレスメンの民族衣装って言ってもいいかもしれないね」
「へええ。民族衣装かあ。カースリドの国ではそういうのないから、ちょっと新鮮。少し服見ていってもいい?」
「どうぞ、我が姫」
そう言って恭しく礼を取るアグニ。前にもこんなことあったよね。アグニは見た目がいいから本当、様になるなあ。
私がやっても田舎の村娘が何を言ってるってなるけど。
うーん。私、少しお化粧とかしたほうがいいかな。あとで化粧品もこそっと覗いちゃおう。少しでも見劣りしないように、私も頑張った方がいいよね?
そりゃ、そのままの自然体を好かれたみたいだから、しなくてもいいのかもしれないけど、それでも少しでも綺麗になってもっと好かれたいって思うのって、女の子の普通なことだと思う。
さて。
今日は宿をとったら私は買い物しに出かけようっと。
「アグニ、私、宿をとったら出かけてくるね。調理器具とか、服とか、見たいものがたくさんできたから」
「俺も付き合うよ」
「いいのいいの。アグニは休んでて。女の子ばっかいるお店に行くんだから、居ずらくなっちゃうよ」
「そっか、じゃあ四の鐘が鳴るまでには戻ってきてね」
「うん。わかった。じゃあ、宿に行こう」
よし。これで好きなだけ化粧品や服を見ることができるわね。お化粧して着替えて宿に戻ったらアグニ、びっくりするかなあ。
ちょっとだけわくわくする。




