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薬師ののんびり旅紀行  作者: ちゅんちゅん
第二部 ソールダースと新たな大陸と
32/84

薬師ののんびり旅紀行 三十二話

 翌日の早朝。

 私とアグニは宿屋の食堂で朝食を軽く済ませた後に、乗合馬車へと向かった。

 今回は朝食を済ませたから、小休止や大休止の時に、相席の人にまたシナモンクッキーをプレゼントする予定よ。

 こういうのって、旅は道連れ世は情け、連れ行く人に好意せよっていうじゃない。ま、最後のは私がくってけただけだけどね。

 だけど、人の好意ってなんだか嬉しいじゃない?

 もしそこに下心があったって構わないと思う。だって、家族でも恋人でもなんでもない人に、掛け値なしのこういなんて急にできるわけもないし。

 だけど、そうすることによって、しばらくの間の旅路を心地よく過ごすことができたり、なにか自分にないものを、なにかのきっかけで得ることができる時もある。

 全ての行為はやがては巡り巡って自らに還ってくるものなのだから、私は自分になるべく嘘はつかずに、人には親切にしていきたいと思ってる。

 それは結局は前にも思った、私の存在意義や価値なんかと同じことね。

 偽善ね。だけど、偽善でもされた側の人が感謝してくれたり、ありがたいって思ってくれれば、それは善意の行為と何も変わらないのよ。偽善でも、善意の行為に変わる。

 だから私は薬師を続ける。もちろん、この仕事が一番大好きだからっていうのもあるけどね。

 なんてたって、私の大好きなおばあちゃんがしている仕事だもの。嫌いになんてなれないでしょ?

 ということで、今日も私は私の信念を突き通していくのみよ。

 いや、ただたんに、朝に気合を入れたかったってだけなんだけどね。実は。

 私は両頬をパンパンと軽くだけど、手で叩く。


「気合入ってるね」

「まあね。だって、せっかくアグニが鶏を狩ってきてくれたんだから、気合もいれるわよ。鶏の香草丸焼き、朝からだけど気合入れて作るわよ」


 そう。

 この前話した得意料理の材料を、アグニがちょうど狩ってきてくれたのよね。

 だから自然と気合も入るってものなのよ。

 まずは首をちょんと切って血抜きを終わらせる。この辺は血なまぐさいからあんまり言わない方がいいかしらね。

 まあ、そんな感じで、内臓を綺麗に取って、内側と外側に調味料と香草を塗りたくるの。

 内側には水に十分浸した米も入れておこうかと思う。そうすれば一緒に炊くことができるものネ。もちろんそれだけじゃ水が足りないから、油紙でお椀状にして、出し汁のスープを入れておくことにするわ。そうしたらご飯、美味しいでしょうね。

 本当は炊いた後のご飯を入れるのがいいんだけど、私は手間はかけなくてもいい手間は、あまりかけたくない派だからね。

 あとは火加減だけ注意して、じっと待つだけ、はちょっとなあ。

 この料理はすごく時間がかかるんだけど、今は大休止の早朝だから、多分皆が起きてくる頃には出来上がるでしょうね。

 それにしても暇。私、暇になるの苦手なのよね。

 暇なら寝ればいいかもって言う人もいるかもしれないけど、生きてる起きてる時間って、以外と短いものなんだから、できるだけやれることはやっておきたいじゃない。

 年寄り臭いかしら。

 でも、私が思っていることだからね。

 それに、おばあちゃんとの二人暮らしだったから、考え方が自然とおばあちゃん似になってしまうのかもしれないわね。

 アグニはなにしてるのかなって見てみたら、弓矢の手入れをしてた。

 そういえば、鳥、矢で狩ったのよね。アグニ、弓も得意なんだ。すごいなあ。

 じっと見てると視線に気づいたのか、私を見てにこっと笑う。……う、可愛い。私も負けじとにこっと笑い返すけど、これなんの勝負よ。

 私はやめやめ、とばかりにアグニの近くに座る。


「あとは待つだけなの?」

「うん。だから暇になっちゃって。アグニ、弓を扱えたんだね。矢で狩ってきたからびっくりしちゃった」

「俺の祖父さ、すごい人なんだ。たいていの武器は何でも扱えて、戦闘の勘っていうのかな。センスもものすごくて。俺の一番尊敬してる人なんだけど、実は一つだけ少し苦手なものがあってね」

「もしかして、弓?」

「そ。だけど、一〇発中八発はど真ん中に命中するくらいの腕前ではあるんだ。それで少し苦手っていわれても、だろ? だから、俺、少し、じゃなくて本当に苦手だよねって言ってやりたくてさ。こっそり弓の練習をしてたんだ」

「結果はどうだったの?」

「俺の負け。一〇発中六発はど真ん中だったけど、あとは数センチメートルずれてた。それでもまあ素後いっちゃあ、すごいんだけど。あ、自分で言うなって? あはは、だけどそういえるくらいの扱かれ方はされたからね、たいていの武器は」

「じゃあ、アグニもそのおじいさんみたく、色んな武器を扱えるのね。すごいわ」

「ありがと。だけどまだまだ追い越せないからね。じいさんがぽっくり逝くまでには勝たないと」

「応援してるね」

「ああ」


 黒曜石(オブシディアン)で矢じりを削って作ってたアグニは、その手を止めてじっと私を見つめる。

 なんだろう?

 あ、もしかして作業の邪魔しちゃったかな。戻った方がいいかな。そう思って、そわそわしてたら。

 アグニから爆弾発言があった。それと、悲しいことも。


「実は俺の祖父って、この国、クレスメンの元騎士団長なんだよね。で、俺の両親は騎士団長。母さんは身分のない身で、このメンテルから馬車で五日ほど最南東に行ったカーツっていう村出身者なんだ」

「あ、でも、ご両親はもう……」

「うん。流行り病でなくなった。俺が王都の邸でじいちゃんに扱かれてる間に、里帰りをしてた母さんと、それを送っていった父さんが運悪く流行り病に巻き込まれてね。その村でさ、亡くなったんだ。そんな理由だったから、遺体を運ぶことはできなくて、収まった頃に墓だけを立てに行ったんだよ。もう、誰が誰だかわからなかったけど、家の中のベッドに居たし、母さんが戻るまでは空家のままのはずだったから、まず間違いない」

「……うん」

「で、話は戻るけどさ。俺のじいちゃんがずっとユーリィのおばあさんに惚れてて、下半身不随にされたって話前にしただろ。だけど、あれからリハビリ頑張ってもうすっかりピンピンしてるらしいから。その辺は気にしなくても大丈夫だよ。あと、まだ、本人諦めてないみたいだから、何か話を聞かせろって煩いかも」

「そうなんだ。あはは」

「うん。だから先に謝っておくね。じいちゃんが煩くてごめんって」

「なにそれーっ! あっははは」

「ははははっ」


 そうなんだ。以前その話は聞いていたけど、もう大丈夫なんだね。よかった。あ、でも、薬とか準備しておいた方がいいのかなあ。でもどのような状態かわからないし、ピンピンしてるって言ってるから大丈夫かな。

 たいていの武器を使えて、すごく強くて。でも私のおばあちゃんが好きで下半身不随にされて、だけどもう大丈夫でって……。なんだかものすごい人なんじゃ。

 というか。

 すごいに決まってるじゃない!

 元騎士団長って、さらっと言うからつい聞き流しちゃったわ。それに邸って、アグニってもしかして置き続様だったりするの?

 だけど、好きな気持ちにはかわりないわ。だから……、大丈夫、よね?


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