薬師ののんびり旅紀行 三十一話
「おかえり。ユーリィ。すごくいい匂いだね。これっていつもの調合で使ってる桂皮だよね」
「うん。それでシナモンクッキー作ってきたの。あとは無花果のジャムを二瓶と、五個入りスコーンを一〇袋よ。ちなみにシナモンクッキーは一〇枚入りを八〇枚残ってるわ。乗合馬車の間に少しずつ食べようね」
「いいね。楽しみにしておくよ。……それにしても、本当いい匂い。こっちおいで」
ベッドに座ってるアグニが優しく微笑んで、手招きをしてくる。
だからつい、ちょこちょこ目の前に行っちゃう。
そうすると、アグニが私を軽く抱きしめて、すうっと息を吸い込んだ。
う、また匂いを嗅がれた。恥ずかしい……。けど、いい匂いって言ってもらえるのは嬉しいよね。
「時間的にはちょうどいいね。そろそろ宿を出ようか。昼過ぎに乗合馬車が出発だし」
「そうだね。あ、ケバブと野菜の串焼きをお昼にしようよ。乗合馬車の中で食べよう。その時に少しだけ相席の人だけに、シナモンクッキーを上げようと思うんだ」
「いいんじゃないかな。じゃあ飲み物だけ買っていこうか。俺は野菜ジュースでいいや」
「私はトロピカルジュースにしよっと」
乗合馬車の発着場に行くまでにある屋台で、野菜やフルーツをそのままミキサーした、ドロドロなスムージーを買って行くことにした。栄養満点の最高のジュースだよね。
すりこ木とすり鉢とかを使えば自分でも作れるけど、専用の魔道具で作られたものの方がやっぱり喉越しがいいのよね。
魔力を燃料で動かせばいいから、今後私も魔道具のキッチン用品も揃えてみたいなあ。
まあ、それもまずは、自分の店を持ってからよね。
道中でできるっていえば、林檎のすりおろしジュースだけだから、あとは飲み水でがんばるしかないかな。
あとは、この前見つけたんだけど、固形スープの元っていうのがあるの。
お湯をかけてかき混ぜればそれだけで、美味しいスープになるのよ。すごいわよね。あれも今度買っておこう。
ということで。
メンテルに向けて乗った、乗合馬車で相席することになった女性とそのお子さんに、私はさっそくシナモンクッキーをプレゼントすることにした。だから、ケバブと野菜の串焼きの匂いに我慢してね、という意味です!
「メンテルって何が特産なの?」
「そうだな。飾り細工が有名かな。ガラスの工芸品なんかが繊細で優美だって評判が良いらしいよ。せっかくだし、着いたら見て回ろうか」
「いいねえ! うん、見て回りたい。あとは美味しいものの買い足しもしておきたいな。なにがあるだろう。楽しみ」
「くす、そうだね。俺もユーリィと一緒に回れるのが楽しみだよ」
そうして馬車に揺られること二日間。十二時間ごとの大休憩と、時々の小休憩を入れて進む乗合馬車は、二日目の夕方に王都に更に近いメンテルの街に着いた。
「ここがメンテルかあ。わ、あそこに大きなガラスのオブジェがあるよ。あっちにも、こっちにも! すごいね、ここ。誰かに割られたりしないのかな」
「ここに住んでいる人たちは皆ガラスの工芸品を愛してる人が多いらしいからね。警備も回っている詩、そうそうないみたいだよ、そういうのは」
「へえ。あ、あの飾り細工可愛い。見てきてもいい?」
「どうぞ。お姫様」
「えへへ」
優雅に手を差し出されて私はアグニの手にちょんと右手を乗せる。畏まった仕草のアグニはどこかの国の王子様みたいでとてもかっこよかった。
そのまま手を引かれて飾り細工の専門店の中に入っていく。
中に入ると、大小様々な、すごく精細な飾り細工が陳列されていた。カウンターにいたのはおじさんで、この人が作ったのかな? こんなに可愛いものを? って思ったけど、やっぱりそうよね。だって職人の手をしているもの。見ればわかるわ。
店内の丸いテーブルに置かれた小さな飾り細工を見て私はアグニに質問する。初めてみるなあこれ。
「へえ、これは何の置物なのかな。動物?」
「それはペンギンだよ。空を飛ぶことはできないんだけど、羽にあたる部位がついてるんだ。よちよち歩く姿がかなり可愛いんだって。このクイラス大陸の南国イングラスの西にある島に棲息してるんだって。いつか見にいけたらいいよね」
「わああ。そうなんだ。この見た目からしても可愛いもの。それがよちよち歩きしてたらすごいわよ、絶対!」
「あれなんかはどうかな。この国にもいるコアラっていう動物なんだけど。大人しくって可愛いよ。街中にもいるから、そのうち見れると思うよ」
この形をしたペンギンがよちよち歩くのを想像して、思わずほっこりしてしまう。
ふふ、と笑ってる私を次に誘ってくれるアグニは、これも可愛らしい動物の飾り細工を見て私の目を楽しませてくれる。しかも街中にいるんだって! すごい!
「本当? じゃあ、私、このペンギンとコアラの飾り細工を買おうかな。この街に来た記念に」
「俺に買わせて。贈りたいんだ」
「ありがとう」
「へええ、穣ちゃんいい男を捕まえたなあ。兄ちゃん、これなんかはどうだい? 月のペンダントなんだが、対になってるんだよ。それぞれに赤と青の宝石があるだろう。この赤い宝石は情熱のルビーに、誠実のサファイア。ルビーは女でサファイアが男が持つことが多いんだが、ペアでどうだい? これを買ってくれるってんならその二つ、おまけでいいぜ」
二人で飾り細工を楽しんで見てたら、カウンターの職人のおじさんが、アグニ声をかけてきた。
見せてくれたペンダントは片方が三日月で、もう片方が半円のものだった。どちらも中心に宝石が埋め込まれててすごく素敵なデザインだった。だけど、宝石なんて高くない? 私はついアグニを見ると。
「ならそれで。ユーリィは三日月のルビーの方を付けてあげるね」
代金をその場で支払ったアグニは、私をくるりとさせて、うなじのところでチェーンを繋げてくれた。胸元に飾られた三日月のペンダント。すごく可愛い!
私はお礼にと、少し爪先立ちで、同じように半円ノサファイアの方のペンダントのチェーンを繋げる。
二人向かい会うと、キラキラと宝石が輝いていた。
私はなんとなく気になって、アグニに向かい合ったそのまま近づくと、背伸びをしてペンダントを重ね合わせてみた。
すると、赤と青色の二色が透けて紫色に変色して、満月になった。
「わあ、すごい!」
「だろう? 俺様の自信作なんよ。穣ちゃん、彼氏に感謝しなよ」
「うん。ありがとう。アグニ」
そうしてペンギンとコアラの飾り細工を包んでもらって、私達は店を出た。
すごく素敵な買い物になったわね。嬉しい。絶対に大事にするね。対のペンダント。
ありがとう。アグニ。
クイラス大陸に来てから三日目。今日はこのメンテルで一泊してから、また二日間をかけて次はヒューグの街に行くことになっているの。
私とアグニは宿屋を見つけると、互いに乗合馬車の疲れを癒す為にゆっくりとお風呂に入って、その日は早々に寝ることにした。
明日は早朝の乗合馬車に乗る予定だからね。




