薬師ののんびり旅紀行 三〇話
翌日。
お互いに恥ずかしがって、昨日は別々のベッドで眠ることになったんだけど。
火照った体は中々覚めてくれなくて、どきどきも治まってくれなくて、私は結局明け方近くまでもんもんとしていた。
「おはよう。アグニ」
「……はよ。ユーリィ」
それはアグニもそうだったみたいね。
目の下に隈ができてる。それを私にもあったのを見たのか、私達はちょうど同じ時に、ふふって笑いあった。
とっても恥ずかしかったけど、とっても嬉しくて、とっても素敵な夜だった。
時々は思い出して、顔を赤くさせちゃうんだろうな、私。
「今日はメッテル行きの乗り合い馬車に乗って行くんだよね。二日間かあ。今回は道中、薬は何も作らずにいる予定だから、たくさんお話しようね。あ、料理もするよ? 他に誰もいなければだけど」
「ユーリィの手料理いいね。俺、食べたいな。どんなのが作れるの」
「一番得意なのは前に作ったカレーだけど、あとはポトフとか、ハンバーグとかかな。鳥の香草丸焼きなんかも好きよ。中に内緒の料理を入れておくの。それが出てくるまで頑張って食べるのよ。そうすると、もっとおいしいご褒美があるんだから」
「へええ。それは美味しそうだね。食べてみたい。できたら鳥を捕まえてくるよ。その時はよろしく」
「うん。任せておいて」
そこで思い出した。
そういえば、私お菓子作れたら作ろうって思ってたんだった!
すっかり忘れてたよ。昨日あんなことがあったから。あわわ。顔が熱くなる。
「どうしたの?」
「ううん。なんでもない」
そう聞いてきたアグニも心なしか赤くなってるような気がするんだけど、もしかしてアグニも思い出してたのかな。うわあ。恥ずかしい!
こうなったら厨房に逃げるしかないよね。
「アグニ。私、厨房ちょっと借りてくるね。前々からお菓子を作ろうと思ってたんだけど、今日は出発するまでに時間がまだあるし、ちょうどいいと思うんだ」
「わかった。じゃあ俺は旅装の点検でもしてくるよ。終わったら上がって来てね」
「うん。じゃあ、またあとでね」
「ああ。他の男には気をつけるんだよ」
「わかってるよ」
私なんてアグニの他に好きになってくれる奇特な人なんていないってば。
心配性なんだから。それをいうならこっちの台詞だよねえ。だってアグニ、かっこいいし。
って、やめやめ。
お菓子作りに行こうっと。
「こんにちは。厨房つかわせてもらってもいいですか? お菓子をつくりたいんですけど」
「ああどうぞ、お穣ちゃん。足りないものがあれば言っておくれよ」
「あ、じゃあ、レモン一つ売ってください。買い忘れてきちゃったので」
「いいよ。レモンなら昨日買ったばかりなんだ。余ってるから、お礼はお菓子でいいさね」
「あは。わかりました。では厨房、お借りしますね」
宿屋のおかみさんに言うと、ちょうど人がひいてる時間帯だから、快く厨房を貸してくれることになった。よかった。
じゃあ、最初は無花果のジャムかな。スコーンも作る予定だから、それを塗って食べたらすごく美味しいと思う。あとは桂皮があるからシナモンクッキー。これも大量に作る予定。
時魔法の指輪を使って異空間の中に入れておけばいいしね。
売るも良し。食べるも良しで、無駄にはならないものね。
「えっと、材料は無花果一〇個に、砂糖がその半分で、後はレモン汁が大さじ二、かな」
これだけあれば、二瓶は作れるでしょう。
まず最初に、無花果は皮を剥いてボールにいれておく。で、ボールに入れた無花果に分量の半分の砂糖を入れて、木べらで無花果を潰しておくのよ。
そうして、深めの鍋にボールの中身の無花果を入れて、弱火に掛けて焦がさないように混ぜる。
沸騰してきたら残りの砂糖とレモン汁大さじ二杯を加えて、弱火でかき混ぜながら三〇分程煮込みつつひたすら混ぜる。
サーモンのような綺麗な色になってきたら、出来上がりの印だから、そのままあら熱を取って煮沸消毒した二つの瓶に詰めておく。
ポイントは、弱火に掛けているとき、焦げないように鍋底をかき混ぜながら火にかけることなのよ。
無花果の半分の量の砂糖を入れるから、甘さ控えめのスコーンを作るつもり。
じゃ、次はスコーンね。
これはもう本当に簡単にできるから、小腹が好いた時にはちょうどいいの。
薄力粉と卵と塩少々できるのよ。
まずは卵。これは黄身を別にして、卵白だけをシャカシャカ泡だて器でメレンゲを作るの。こうすることで、焼いてる時にスコーンが膨らむのよ。これをやらなかったら、ただの味っ気のないクッキーになってしまうわね。味付けは、甘いジャムを引き立てるために、塩を少々入れるだけ。
泡をあまり潰さないように、捏ねて捏ねてこねくり回したら、三センチメートル程の厚みの、直径三センチメートルの円錐状にして、オーブントレーの上に並べていくの。
メレンゲを入れすぎて、生地がベタベタにならないように注意ね。
そうして一六〇度で一五分間焼けば、完成。
今回は、無花果のジャムを二瓶作ったから、五個入りを一袋として、合計一〇袋分作って置いた。これで当分大丈夫ね。
「うーん。美味しそう! 時間はまだあるから、ちゃっちゃと次いっちゃいましょう!」
次はシナモンクッキー。
これも簡単よ。
桂皮をさらさらの粉状にしたものを適量、薄力粉と混ぜて、粉をふるっておくの。
そうして、卵の卵白でまたシャカシャカ泡だて器でメレンゲを作るの。こうすることで少し膨らんだ、固くないクッキーができるのよ。
そして、適量のバターを温めておいて、木べらでさっくりさくさく、切るように、泡を潰さないように混ぜるの。黄身もちゃんと入れるのよ。
まあ、泡が消えないようにってのは、スコーンほど気にしなくても大丈夫だから、手早くやっちゃうのがいいわね。
そうして、一六〇度で一〇分間焼けば、完成。
シナモンクッキーは、宿屋のおかみさんにもあげるから、大量に作った。
一〇枚一袋にして一〇〇袋。作りすぎかしら?
だけど、厨房ノオーブンって、一度に何枚も焼けるからいいのよねえ。
オーブントレーが三枚も等間隔で重ねて使えるのよ。だからついつい作りすぎちゃった。
それにしても、桂皮がいい匂い。宿屋のおかみさんが、匂いにつられて厨房に入ってきた。
「あら、いい匂いねえ。シナモンクッキーかい」
「はい。これ。厨房を使わせてもらったお礼です」
そう言って私は二〇袋手渡した。
「おや、こんなにいいのかい? せっかく作ったんだ。少しでいいんだよ」
「いえ、いいんです。他にも作ったんですけど、そっちは数がないので」
「そうなのかい。じゃあありがたく受け取っておくよ。ありがとうね」
「こちらこそ、ありがとうございました」
私はぺこりとお辞儀をして三階のアグニの待っている部屋へと上がる。
実はもう一つ、お礼でキッチンを磨き上げてきたのよね。だから、それがバレないうちに上がったの。
私は厨房を使わせてもらって、本当に助かったから、できるお礼はしておきたかったのよね。
喜んでくれるといいなあ。




