薬師ののんびり旅紀行 三話
私は今、レンブルトンの街からの乗合馬車に乗って、アルデンスの街へとやってきた。
この街についてすることは、冒険者ギルドに行くことよ。
「おばさん、冒険者ギルドってどこにあるのかしら?」
「この先を左に曲がったところだよ」
「ありがとう!」
途中、おばさんを捉まえて冒険者ギルドの場所を聞いた私は、駆け足でその場所まで行く。
はあはあと息が上がるけど、そんなことで休んでる場合じゃないから私は必死だ。
懐にしまった手紙を落としていないか何度も確認しながら、私はようやくアルデンス冒険者ギルドへとたどり着いた。
「こんにちは!」
私は勢いよく両扉を開くと、そのまま受付カウンターへとつかつか進んで行く。
中にいた人たちは、私のその勢いに圧倒されたのか、ただ見守っているばかり。カウンターのお姉さんに、懐から出した手紙を渡すと「レンブルトンのダンスさんから」と言って、読むように促した。
中身を開こうとしたお姉さんだったけど、その封印を見てはっとしたようにすると、私の顔を見てもう一度手紙を見た。いったいなに?
「お穣ちゃん。これ、ダンスさんから受け取ったのよね?」
「そうよ。酒場で飲んだくれてたおじさんが、ダンスからだって言ってここに行けって。手紙を届けてくれれば大丈夫だって言ってたわ」
「そう。わかったわ。ありがとう」
お姉さんはそう言うと、席を立って奥の部屋へと行ってしまった。
私はどうしたらいいのかしら。このままここで待てばいいのか、それとももう用事は終わったのか、判断に迷った。
手持ち無沙汰に待っていると、部屋の奥から大きな男の人と、さっきのお姉さんが出てきた。
「あら、あなたまだいたのね。もう大丈夫よ。あとは私たちギルドがなんとかするから」
「それなんですけど。実は、この話を知った男の子が、一人で畑のほうへ向かって行ってしまったんです。少しでも時間稼ぎをする為だと思うんですけど……」
「なんですって」
「それで、その坊主は」
「えっと、赤い髪をした私と同じくらいの男の子で。心配だったから、ポーションを三つ渡したんですけど」
「そうか。あいつか。なら、少しはもつだろう」
「あの?」
掴みかからんばかりの勢いで私に詰め寄ってきた大きな男の人は、そう言うと落ち着いたのか、腕組をして考え込んでしまった。
なんなのかしら。わからなくて、つい声を掛けてしまった。
「ああ。お穣ちゃん。もう大丈夫だ。あとは俺たちに任せな。野郎共聞いていただろう! レンブルトンに大蜥蜴の群れだ。一匹あたり銀貨五枚だ。やれるやつだけついて来い!」
「腕がなるぜ!」
「おお、もちろん行くとも!」
そう言って、何人もの冒険者の男の人や女の人たちが獲物を持って立ち上がる。すごい。あおの大きな男の人の声掛けだけで、こんなにたくさんの人が動くなんて。
私はただそれを見守るだけで、その場から動けなかった。
というか、銀貨五枚っていったら、五,〇〇〇セルじゃない。大蜥蜴って討伐するとそんなにもらえるんだ。それだけあれば三日くらいは宿で宿泊して食事込みの生活でも余裕でいけるわね。とはいっても、私には倒す術はないから見ているだけしかできないのだけども。
でも、こんな辺鄙な田舎でも物騒になったものね。私ももう少し護衛の手段を増やしておいたほうがいいかしら。
うん。そうしよう。
癇癪玉は持っているけど、そんなに殺傷能力はないし、できれば魔法石のほうがいいわよね。鍛冶屋さんに行って、少しわけてもらえるか聞いてみようかな。
「ごめんください」
「あんだい、穣ちゃん。今は忙しいんでい。後にしてくんな」
「なら、ここで待っていてもいいですか?」
「……ああったよ。用件はなんでい」
「えっと、木炭と硫黄、それと硝石と水晶を分けてほしいのですけど」
「ん? 穣ちゃんはおつかいかなんかかい」
「いいえ。私が作るんです。こう見えても薬師のおばあちゃんからお墨付きをもらってるので」
「ほお。その年でもうできるたぁ、なかなかいい筋してるようだな。わかった。ちょいと待ってな」
そう言って持ってきてくれたのは、拳大の木炭を一個に、硫黄は二つ分、硝石は六個分。これだけあれば、たくさんの癇癪玉を作ることができるわね。
あとは水晶。水晶は拳大のを一つだった。それだけでも十分ね。だって、これを親指の爪くらいの大きさの欠片にして使うんだもの。
「おいくらですか?」
「しめて、一〇,三〇〇セルだ」
た、高い。私のこつこつ貯めたお小遣いの約三分の一だわ。だけど、これでも多分良心的な価格のはず。ここで買っておかないと、後で困ることになるかもしれないし。
買わないで後悔するよりも、買って後悔したほうがいいわよね。
やらないよりもやる。これが私の信条よ。
鍛冶屋さんを出て、私はこの街で一泊することに決める。まだまだ日は高いけど、調合する時間はたくさん必要だから、これでもたりないくらいだわ。
まあでも、今日中に全部を作る必要はないんだけどね。でもやれるところまではやりましょうか。
「こんにちは。一人部屋を一泊お願いします」
「あいよ。一,〇〇〇セルだよ」
銀貨一枚を渡して、部屋の鍵を受け取る。二〇二だから、二階の二番目の部屋ね。
こういった宿は素泊まりの値段なのよ。食事を食べたければ別料金。その都度払うって感じね。
さっそく部屋へと入った私は、背嚢をベッドの上に置いて、さっき鍛冶屋さんで買った癇癪玉の材料を取り出すと、すり鉢とすりこ木も出す。あとは、鉄板と金槌と、まな板と木槌と紙かな必要なのは。
まな板の上で木炭を、木槌で可能な限り細かく砕く。ただひたすらに、ひたすらに。
そうして今度はそれを、すり鉢に入れて、可能な限り細かく砕く。ただひたすらに、ひたすらに。
さらさらになれば大丈夫。
この工程を、硫黄、硝石も繰り返す。
その場合は、鉄板の上に置いて、金槌で可能な限り細かく砕く。ただひたすらに、ひたすらに。
そして、木炭と同じようにすり鉢とすりこ木でさらさらになるまで砕く。
拳大が九個分もあるから、今日は木炭一つと硫黄二つと、硝石一つで終わりにしておいた。もう腕がくたくたで動かす気も起きないわ。
明日は王都カースリドに着く予定だから、そこの宿屋で残りの五つを終わらせちゃいましょう。
私は紙にそれぞれ、さらさらに砕いたものを乗せてから、小瓶に入れていく。くるくる蓋を閉めれば密封されて水漏れの心配もなし、と。
「はあ、疲れた。ご飯食べに行こうかしら」
随分長い間部屋に籠もっていた気がする。だって、もう夕方だもの。それもすぐ日が落ちてしまうくらいの。灯りを点けないと駄目ね。ランタンに火を灯して後片付けを終えたら、私はふっと息を吹きかけて灯りを消す。
部屋を出て鍵を閉め、一階に降りて行くと、もうすでに酔っ払いの大人たちが出来上がっていた。私はそれを避けてカウンターで豚丼を頼むと、急いでかきこんで、代金を支払うとお湯を頼んだ。
お風呂に入りたかったけど、大浴場まで歩いていくのも面倒だったし、今日は軽く体を拭くだけでいっか。
そうして部屋で待っていると、宿屋の人がお湯を持ってきてくれた。チップを渡して扉を閉めると私は手早く体を拭いて寝巻きに着替える。
はあ。
今日はなんだか疲れたわ。さっさと寝ましょう。
おやすみなさい。