薬師ののんびり旅紀行 二十九話
次は便秘薬を作らないとね。
便秘薬の材料は、イチジク、アマ草。この二つだけ。あ、あとは魔力ね。
まずはイチジクを真っ二つにして、スプーンで果肉をくり取る。そしてすり鉢でごりごりしてから、網で裏ごししておく。
次に、アマ草も同じようにして、配合は、七対三でイチジクを多めにしておくこと。
そして何度も混ぜては裏ごしすると、そのうち黄色になってくるから、そうしたら、しばらく時間を置いて乾燥させる。そして、指で摘まんで転がしてもべたつかなくなってきたら、小指の爪程の大きさにころころ
丸めて、これを天日干しして完全に乾燥させたら完成。
だから、私は網板の上に丸薬をばら撒いて、窓際にテーブルを持っていってそこに、網板を置いた。
明日の出発までに乾けばいいほうかな。
結果として、私が今回作ったのは。
麻痺薬(軟膏)が一,〇〇〇セルで、在庫が約一〇回分が一〇〇個。
睡眠薬(丸薬)が一,〇〇〇セルで、在庫が五粒入りのが一〇〇瓶。
便秘薬(丸薬)が五〇〇セルで、在庫が五粒入りのが一〇〇瓶。
だった。
なかなか有意義な時間だったわ。
「ふう。疲れたあ」
有意義だったけれど、集中してればそれは疲れる。
私はそう言ってベッドにごろんと横たわった。仕事の後のこのごろ寝がすごく気持ちいいのよね。
まだまだエールを飲んでぷはーな年齢でないことが誇らしい。
「お疲れ様。ユーリィ。はいこれ、林檎のすりおろしたジュース」
「わ、ありがとう! ちょうど喉が渇いてたのよ」
「くす。俺が部屋を出入りしてても全然気づかないくらい集中してたからね、ユーリィは。今回は何をつくったの?」
「えっと、今回はね。麻痺薬と睡眠薬に便秘薬よ。あ、その。別に私が便秘ってわけじゃなくてね!?」
「あはは。わかってるよ。世の女性の為に作ったんだよね、ユーリィは。便秘すると肌もよくないらしいし?」
「そうなのよ。だから、私は飲まないけど、他の女性で必要な人がきっといると思うのよね。だから今度さ、市場に参加してもいいかな」
「もちろんかまわないよ。俺も売り子するからね」
そう言ってにこっと笑うアグニはとてもご機嫌のようだった。
売り子するのが楽しみなのかしら。
「そういえばさ、さっき」
「ん?」
「針で自分の指刺して血を垂らしてたよね」
見られてた!
「あ、それは……その」
「俺の大事な体なんだから、自分で自分を傷つけないこと。わかった? 血がほしいなら俺のをあげるからさ」
「あ、うん。ありがと」
見られてたのは失敗した。背中を向けてたから大丈夫だとばかり思っていたのに。
アグニが近づいてくる。
そうして、私の手を取ったかと思ったら。
「消毒。しとかないとね」
そう言って私の指を舐めた。
「ひゃああ! ア、アグニ。なにするの」
「ん? なにって消毒だよ。傷口から黴菌が入ったら大変でしょ。でも、もう塞がって傷はないみたいだね。よかった」
「そ、そっか! よかった。ありがとう。アグニ」
私の胸はひやひやとどきどきで一杯だった。
バレたかと思った。
はああ。焦った。
「心配してくれてありがとう。だけど、このくらいなら大丈夫だから」
「このくらい? なにを言っているのユーリィ。このくらい? 血が出たのに? ユーリィは髪の毛先から足のつま先まで俺のものなんだよ。しかも血! 俺のユーリィに傷がついたんだ! たとえ今は亡くなったとしてもその事実は消えないんだよ。わかるかな。この体は俺のものなんだ。ユーリィの体である前に、俺のものなんだよ。そこのところ、忘れないで」
ベッドに押し倒されて、両手両足を押さえ込まれて抵抗できずに、私はただただ豹変したアグニの顔を呆然と見ていることしかできなかった。
縫い付けられている手首に力が入って痛い。このままだとピキッっていきそう。その痛みに顔をしかめると、はっとした様子でアグニが今度はうろたえ始める。
「だっ、大丈夫? ユーリィ! ああ、俺はっ。俺の大事なユーリィの骨を折ってしまうところだったなんて! ……いや、だけどそうすれば。たとえば足の骨を折ってしまえば俺の目の届かない場所へは行けなくなるよね。それはそれでとても良い考えだけど。けど、それはまだとっておいたほうがいいか。まだまだ旅の途中だしね。……そうする時期でもない」
「な、なにを言っているのアグニ」
「なにを? もちろん君を俺から逃がさない方法をさ。ああ、最終的には燃やしてその頭蓋骨を抱いていれば、いつもずっと一緒にいられるけど。まあ、しないから安心して。ユーリィは俺から逃げないでしょ?」
「も、もちろん。逃げないよ。だって、私、好きだもの」
「もう一度言って?」
その告白を聞いたアグニは恍惚とした表情で私を見下ろす。
それは完全に支配したというような、支配者の瞳のようだった。
アグニの瞳が暗く暗く淀んでいるように見えた。それでも。
「私はアグニが好きだから、アグニのそばを離れない。離れたくないの」
「……ユーリィ」
私は逃げない。たとえ四肢を引き裂かれても。たとえ舌を抜かれても。目を刳り抜かれても。
私はアグニが好きだから。大好きだから。
……愛してるから、何をされてもいいんだ。
アグニにだったらなんでも与えたいし、何をされても全てを受け入れたい。たとえそれがひどく歪んだものだったとしても、私はそれを受け入れたいんだ。
ふふ。私も歪んでるかな。でも、そのくらい好きなの。
「……アグニ」
私の名を呼びながら頬を包み込んでくるアグニ。その顔を次第に近づいてきて。
私はそっと瞳を閉じた。
とてもやわらかな、ふわふわとした感触がして、頭が痺れていく。
何度も、何度も角度を変えながら啄ばむように口付けを交わす。私はその初めての感触に翻弄されっぱなしだった。
気持ちいい。
なんて柔らかいんだろう。こんなの初めて。
つい瞳を開けてしまい、うっとりとアグニの顔を見つめる。そうしたら、アグニがそれはもう蕩けそうな微笑で私を見つめてた。
「俺のユーリィ。愛してる」
愛してる。
私も愛してるよ。アグニ。
その言葉に嬉しくて頬が上気する。涙も滲んでくる。
私の欲しかった言葉を言ってくれたアグニが、この上なく愛おしくて。
私はアグニの頭を両手で優しく包み込んで、そっと下ろさせる。そうして今度は私から口付けを送った。
今の私の精一杯の愛してるを伝えたくて、口付けたまま「愛してる」って呟いた。
そうしたら。
「……っ。ユーリィ……。それ、反則」
首まで真っ赤になったアグニが、恥ずかしそうにして顔を隠そうと横に向けるけど隠し切れなくて、私の首筋に顔を埋める。
アグニの髪の毛が私の首筋にさわっと触れて、ん、と声が出た。
そうしたら、また。
「ユーリィ。俺を殺す気なんでしょ。そうでしょ。じゃないとそんな、涙目で頬を染めて口付けて愛してるなんて! 萌え死にするところだよ! ユーリィ、好きだ。愛してるんだ。ああ、ユーリィ」
あれ、なんだかおかしなスイッチを入れてしまった?
アグニは混乱した様子で私のことを好き好きと連発しては、ぎゅっと抱きしめて、私の匂いを吸い込んだ。なんだか全身全霊を使って私のこをを感じて、愛してくれてるようで、とても嬉しかった。
けど。
「ふふふっ」
「どうしたの?」
「アグニが可愛くって。好きだなあって思って、ね。つい笑っちゃった。嬉しくて」
「ああ、だからもう。そういうのが反則なんだってば……。まあ、すごく可愛いんだけど」
そう言って、アグニは撃沈したのだった。




