薬師ののんびり旅紀行 二十七話
夕方。
セーブの港に着いた私とアグニは、まずは先に宿屋をとることにした。その後に私は薬剤屋さんを探していくつもりだって言ったら、アグニもついてきてくれることに。
場所がわからなかったから、宿屋のおかみさんに聞いたら簡単な地図も描いてくれた。
路地をうねうね歩いて行くと、目の前に少し怪しい物品がぶら下がってるお店があった。あれは山羊の頭の骨ね。
「ここかあ。雰囲気いいわね。どきどきするわ」
「随分と不気味だけど……」
「さあ、良い材料が入手できますように! 入りましょ、アグニ」
キイと音を立てて静かに扉を開けると、中はすごく薄暗くって、あまりよく商品が見えなかった。だけどこういうには仕方がないのよね。
日光に弱い材料もあるし、ジメジメした環境でないと駄目なものもあるしで。
一応、そういう素材はそういう環境を作った箱の中に陳列されてるんだけど、多分ここはしているけれど、店主がちょっと変わり者なんだと思う。わざわざそういう雰囲気を作り出しているんだと。
私だったらもっと女の子にも入りやすいように、商品を包むものを可愛いラッピングでしたり、ファンシーな置物で御伽噺の世界のような感じの店にしたいなあって思う。
つまり、そういうことなんだよね。
店主の好みで店の雰囲気ってかわるでしょ?
だからここの店主さんは。目の前で黒魔術の本を広げて真っ黒ナローブを来たお姉さんだった。
「あらん、いらっしゃあい。可愛い僕ぅ。お姉さんが黒魔術、手取り足取り教えてあげようか?」
「お断りします」
「あら。つれないねん。そちらのお嬢さんが私のお客さんかしらん」
「あ、はい。そうです。こんにちは」
「ダメよん。こんばんは。ここではいつでもこんばんは、なのよん。さ、もう一度」
「こ、こんばんは」
「はあい。よくできましたあ。それで、なにかようかしらん? わたしぃ、こう見えても凄腕の薬師なのよん。媚薬から惚れ薬。性欲剤に、ローション。なんでもざごれよん」
「あ、違うんです。私は材料を買いに来たんです」
「あらん。そうなの。つまりお嬢さんは同業者なのねん」
「はい、そうですね」
「いいわん。どれでも見繕ってちょうだいん」
そう言ってお姉さんは黒魔術の本の熟読に戻ってしまった。なんだかどきどきした。違う世界に来てしまったようだわ。
だけど、さっきも言ったように、私達はだいたいこんな感じで店をやっているのよね。
こういう生業をしている者って、やっぱり変わり者が多いから……。
あ、私はそこまで変わってはいないわよ。いないでしょ? そうよね?
さてと。
定期船の中で考えていた薬を作る為に、私は店内を歩き回って材料を探す。
「アグニ、悪いけど少しだけ待っててね」
「ああ。ゆっくり探してていいよ。俺も何か見てるし」
アグニにそう断って、私は目をキラキラさせながら可愛い素材達を見る。
ああ、あそこにいるのはベニテングダケね。下痢や嘔吐に幻覚症状が表れるんだけど、眠気や多幸感に健忘などの症状もでることがあるから、女性に少量を食べさせて、致すことを目的とした犯罪に使われたりもするのよねえ。まあ、二日間くらいで治まるから、1回きりの目的で終わることが多いのだけど。
あ、あっちにいるのは無花果ね。この果実は干した物は緩下剤、つまり瀉下薬、下剤としての効能を期待できるから、女性に人気なのよね。私は快便だから、必要ないけどね! 健康的な生活を送っているから。って、なにを言ってるの私は。
だけど、無花果って、お菓子に入れると美味しいのよね。イチジクのことなんだけど。買うだけ買っておこうかなあ。桂皮のお菓子も作ろうと思ってても全然作れてないし。今度、本当に宿の厨房を借りてお菓子を作ろう。うん。
「あ、竜骨くん発見! そして生姜に毒腺。それとアマ草をそろそろ買い足しておかないと駄目ね。桂皮はまだあるからいいとして、あとは……」
あとは……。
うーん、媚薬と惚れ薬、かあ。何かの役にやつかしら?
私はお姉さん作の媚薬のコーナーをちらりと見る。
そこには“効果覿面! これであの子もイチコロよん(はぁと)”“あなたと彼女の夜のお供に……熱情を求めていかがかしらん?”とかポップが書かれているのが見えた。
……。
私はいいや。そんなことしなくても、きっとアグニはすごそうだもんね。なにがって? さあね!
「よし、このへんでいいかな。あ、ヤズモ草も買い足しておこうっと」
そうして、籠の中にほしい分だけ入れると、お姉さんのいるカウンターに持っていった。
「あらん。本当に同業者さんなのねん。中々に良い趣味をしてるようね、お嬢さん」
「私、ユーリィっていいます」
「わたしはバニよん。見たところ旅の行商人ってところかしらん?」
「はい。見聞を広めて、ゆくゆくは私も自分のお店を持ちたいって考えてるんです」
「そうなの。頑張ってね。こうして顔見知りにもなったことだし、たまにはまた買いにきてねん」
「はい!」
「竜骨に生姜、毒腺、アマ草、ヤズモ草、無花果……。しめて七五,〇〇〇セルよん」
「どうぞ」
「ちょうどね。ありがとう。これはお近づきのサービスよん。効果聞かせてねん」
お姉さんがそう言って、紙袋に最後に入れてくれたのは、私がさっき見ていた熱情を求めて……とかかれていた商品だった。ちなみにこれは、塗布薬出、女性のそこに塗って使うものなの。多幸感をより強く味わうことができるんだって。
でも私これいらない……。とはいえず、せっかくの申し出だったので、ありがたく? 受け取っておくことにした。これは私も何か、あげないとね。なにがいいかしら。
「じゃあ、私からはこれで」
そう言って一粒だけ取り出して、紙に包んでこっそり渡す。万能薬だ。
売れば一粒で五〇〇,〇〇〇セルはするものだけど、お姉さんの媚薬も三〇〇,〇〇〇するすごいものみたいだし、これでいいくらいよね。
ちなみに、万能薬は、聖水で溶かして肌に使うと、美容液にもなるのよ。だから、お姉さんがどう使うかは、お姉さん次第ね。
「まあ! いいのかしらん。一応わたしも持ってるけどお、ユーリィのほうが効果が高そうね。聖水で使ってみることにするわん。ありがとう」
ウインクを飛ばしてきたお姉さんに私は笑いながら軽く手を振って、アグニに店を出ることを伝える。素直についてきたアグニは、私の持っていた紙袋を覗き込んできた。
「ずいぶんたくさん買ったんだね」
「ええ。これで当分は大丈夫なはずよ。あとは、そうね。教会で聖水を汲むくらいかしら」
「大きい由緒ある教会の方が効果が高いんだろ? なら、王都のクレスメン大聖堂が一番いいんじゃないか」
「……そう、ね。うん。王都に着いたら考えてみるわ」
クレスメン大聖堂って、たしか私の両親が逃げ出してきた場所だったよね。おばあちゃんがそう言ってた。私が行ったら捕まるかな。でも、きっとわからないわよね。
よし。せっかくだし、両親がいたっていう大聖堂で聖水を汲んでみましょ。
王都に着いたら観光したいな。ユーゴット大陸の王都のハイツリーブには行くことができなかったし。




