薬師ののんびり旅紀行 二十五話
「はあー。さっぱりした」
「おかえり。湯上りの良い匂いがするね。気持ちよかった?」
「うん、すごく。お先にありがとう。次はアグニどうぞ」
濡れた髪の毛をタオル水気を拭き取りながら、私はアグニにお風呂を促す。お互い三日間もお風呂に入れなかったからね。
結構急いでたから、体を拭くのもそれほどしてなかったし。
今の私は少しコロンをつけてるから、すごく良い匂いをしてると自分でも思う。
こういうお洒落をすることって今までなかったから、ちょっとだけどきどきするね。
「あ、湯上りだけかと思ってたけど、甘い美味しそうな匂いがする。食べてしまいたいくらい。これ、何の匂い?」
「バニラの香りのコロンなの。お菓子でバニラアイスってあるでしょう。あれの匂いよ」
「ああ、あれか。どこかで嗅いだことのある匂いだと思ってたんだ。いいね。俺好きだな、この香り。もちろん香りを纏っているユーリィも、ね」
「あう」
首筋に顔を埋められて思いっきり匂いを嗅がれた!
ちゅ、ってされた!
恥ずかしいけど、でも嬉しい。
はしたないかな? でも心が弾んだの。私の好きな香りを好きって言ってくれて、しかも、しかも首筋に口付けを落とされた。どきどきが止まらない。
アグニがのんびりお湯に浸かっている間になんとか静めた私は、寝るまでの間にに、ポーションとハイポーションに解呪水の在庫を増やすことにした。
ポーションは簡単。ヤズモ草をすり潰して、魔力を籠めながら清水と混ぜるだけ。
で、このポーションを元にして、ハイポーションを作るんだけど、アマ草をすり潰したのと、聖水を、また魔力を籠めながら混ぜるだけ。ね、簡単でしょう?
だけど、簡単だって言ってるけど、これは私が薬師だからなのよ。
作り方を聞いただけの一般人じゃ、ただの青臭い草汁になってお終いなんだから。私のポーションは甘くて美味しいのよ。
解呪水の方は、アマ草の方のを作り置きしておく。結局数人にしか私特製の方は使わなかったもんね。だからそっちの補充はしなくても大丈夫。
そうしてポーション一〇〇瓶、ハイポーション一〇〇瓶、解呪水一〇〇瓶を作り終えた私は、ぱぱっと解き魔法の指輪を使って異空間の中にしまうと寝る準備をし始める。
もうそろそろアグニも戻ってくるはず。
少しでもベッドの中を暖めておこう。
そうしてベッドの中に入った私だったけど。アグニを待つこともなく、そのまま寝入ってしまって、気づいたらもう早朝だった。
こんなこと、前にもあったような……。
次はちゃんと待っておこう。
アグニだって疲れてるんだもの。おやすみって、言いたいわよね。
「おはよう。昨日は先に寝ちゃっててごめんね」
「いや、構わないよ。俺はユーリィの疲れが少しでも癒されてくれればそれでいいから。君は俺にとって存在してるだけで元気をくれる薬なんだ。だから、思うようにしていていいんだよ。俺もそのほうが嬉しいし」
「あ、アグニィ」
愛が深いよ。
恋とか、好きとかいうよりも、アグニからは愛って言葉の方がしっくりくるものを感じる。
私、すごく満たされてるんだなあ。
私もアグニを満たしてあげたい。
だけど、どうすればいいのかしら? もっとよく考えないと駄目よね。
そうだ。
次の大陸に渡ったら、アグニの為にできること、たくさんしてみよう。
生まれ変わった私を見ててね、アグニ。
私はそう決意して、朝食をもぐもぐと食べてごっくんと飲み込んだ。
「ここがアギトかあ。食べ物だけ買ったら出発しようね」
「ああ、そうだね。俺はケバブが食べたいかな。以前ここのを食べたことがあるんだけど、ソースがすごく美味しかったんだ」
「そうなんだ! じゃあ、私もケバブがいいなあ。片手でも食べやすいし。時魔法指輪の異空間にもいくつか買って入れておこうか?」
「あ、それいいね。そうしよう」
アギトに着いた私とアグニは、中央通りにある屋台から、以前アグニが買ったというケバブを、とりあえず一〇個購入することにした。
これであと四回ずつ食べられるわね。
あとは、そうね。あ、あそこの野菜の串焼きもいいわね。健康の為には野菜も摂取しないと。私は野菜の串焼きも一〇本買うことにした。何の野菜かというと、人参、馬鈴薯、玉蜀黍の三つよ。
あと、果物もいいわよね。
林檎をこれも一〇個買っておく。水分補給にもいいし。水筒の水がなくなったらこの林檎で少しの間しのごう。
こんなところかな。
「この野菜の串焼きも美味しいな。甘しょっぱいタレがよく滲みこんでて、それが焦げてるのもいいね」
「うん! あと八本あるから、向こうの大陸についてからも時々食べようね。林檎も買ってあるし」
「いいね、林檎。俺は果物の中で実は一番好きなんだ」
「わ、そうだったんだあ。よかった、好物を買えて」
アグニの好きな食べ物聞き出せた!
これでまた一つアグニのことを知れたね。こうやってどんどん少しずつでも、好き嫌いをお互いに知っていけたらいいよね。
そうして食べ物の買い足しを終えて、私達はアギトを出ると、南東にあるハイツリーブ国にあるもう一つの港街である、ノーブを目指して三日間の馬上の旅を続けた。
馬上ではいろんなことを話した。
例えば、好きな天気に好きな花。好きな食べ物に、好きな歌。
その反対で、嫌いな天気に嫌いな虫。嫌いな食べ物に、嫌いな本。
私は晴れが好きで、ガーベラの花が一番好きだった。食べ物は苺が一番好き。歌は、賛美歌かな。
アグニは曇りが好きで、野の花が好きなんだって。そして、林檎とケバブが好きで、歌は子守唄なんだって。気持ちよく寝られるからなんだそうだ。今度、私が歌ってあげようかって言ったら、うんってお願いされちゃった。上手に歌えるといいんだけど。
で。
私の嫌いな天気は雨で、嫌いな虫は百足。嫌いな食べ物はレバーで、嫌いな本は数学書かな。読んでると眠くなっちゃうのよね。
アグニの嫌いな天気は雷雨で、嫌いな虫は特にないんだって。すごい。嫌いな食べ物も特にないそうで、嫌いな本というか、苦手な本はべたべたな甘々小説なんだそうだ。アグニって平気で私にあんなに甘い言葉をすらすら言うのに、小説は駄目なんだね。不思議。
そんな他愛もない話をしながら、二回の野宿でノーブにたどり着けた。
馬屋さんで番札と馬を返すと、定期船の券を定期船所で二人分購入してそのまま船に乗り込んだ。
定期船が出航したのは夕方。
明日の夕方には私に取っては新大陸。アグニにとっては故郷の大陸につくんだろうね。
どんなことが待ち受けているのか、今からわくわくとどきどきで胸がいっぱいだった。
ちなみに、新大陸の港街は、セーブっていう名前なんだって。




