薬師ののんびり旅紀行 二十四話
「そうか。目的があるのならば仕方がないな。わかった。副騎士団長にはそう伝えておこう。だが、これでよかったのかもしれんぞ。もしかしたら旅など止めさせられて、王宮のお抱え薬師にされてしまうかもしれんからな。そうなりゃ自由がなくなる。それは本意ではないんだろう」
「ああ。俺たちは世界中を旅して、見聞を広めるのが目的なんだ。いつかは一つどころに落ち着けけど、それは今じゃない。まだまだ旅は始まったばかりだからね」
「せっかくの申し出なのにごめんなさい。私、そういう場にも慣れてないし、貴族は怖いので……」
「まあ、そうだな。貴族は怖い。下手をすれば派閥問題に巻き込まれるかもしれんからな。じゃあ、気をつけて旅を続けてくれ。俺達はそろそろソールへ向うことにする」
ザグさんが話のわかる人でよかった。
ザグさん達冒険者の皆を見送って、ほっと胸を撫で下ろしていると、アグニが私の顔を覗き込んでくる。
「大丈夫? 顔色が悪いから、少し宿で休んでから俺たちはソールに行こうか」
「うん。ごめんね」
「謝る必要なんかないよ。俺はユーリィが元気になってくれればそれだけでいいんだから」
嬉しい言葉を言ってくれて、私に笑みを引き出させてくれるアグニ。
アグニの生い立ちを聞いてから、私は、私もアグニを大事に大切にしたいと更に思うようになった。
だけど、私にできることってなんだろう?
うーん。私はアグニにされて嫌なことはしていないはずだし、アグニもそう。されるとしても恥ずかしいけど嬉しいことばかり。
なら、私もそうすればいいのかな?
そうしたら、アグニも喜んでくれるのかなあ。私はわからないけど、とりあえず、宿屋へと戻った後で、部屋の中でアグニに話しかける。
「ねえ、ねえ。アグニ。ちょっとだけ屈んでくれる?」
「ん? いいよ。なにかな」
「えっとね。……いい子いい子。今日はアグニは頑張りました。私はとても助かって、村の人も助かって、すごく嬉しかったよ。ありがとう手伝ってくれて。それと、表彰のこと断ってくれてありがとう」
「……っ。ユーリィ。……ずるい」
私はアグニの頭を優しくいい子いい子して、撫でた。そうして、そっと抱きしめてみた。私はおばあちゃんが私にこうしてくれると、すごく安心して心が温まるから、こうされるのはすごく好きなの。
私が好きなことだから、もしかしたらアグニも好きかもしれないと思ったんだけど、違ったかなあ。覗き込んでみると、顔を片手で覆ってしまって私に顔を見せてくれなかった。
だけど。
「耳が赤い。もしかして、恥ずかしいの?」
「ユーリィ! そういうことは、思ってても黙ってるのが優しさなんだよっ」
「あ、ごめんね。アグニ。でも、恥ずかしがることなんかないのに。私、頑張った時はいつもおばあちゃんにこうして褒めてもらってたから、それが嬉しいことだったから、アグニにもそうしてみたんだけど……。駄目だった?」
「……駄目じゃない。だけど、俺以外の誰かには絶対にしないでね。約束。でないと俺、その相手を切り刻んでしまいそうになるからさ」
「う、うん。わかったよ」
また怖いことを言うなあ。
だけど、こうして笑顔でこういうことを言う時って、本気の時だから、約束、ちゃんと守ろう。
そろそろ疲れも取れてきたし、ザグさん達とも鉢合わせをしないようにするためにも、そろそろ出発した方がいいかもしれないわね。
ソール騎士団長達と落ち合うみたいだから、そのままこのコルトからリングスまで突っ切ってしまうつもりなのよ。
万が一待ち伏せされてたりしたら困るものね。
「そろそろ行こうか?」
「そうだね。忘れ物もないし、道中は三日間の予定だから、結構走らせるよ。そのあとも南下してアギトまで行ったら、今度は南東のノーブ港だ。そこから一日の船旅で次の大陸に向うんだよね」
「うん。ここから南東のスタンツにって、アースコットの迷宮に行くのもいいかと思ったけど、この国に留まるよりは先の国に行った方が良いと思うのよね」
「そうだね。たしかにいつまでも留まってているのが見つかれば厄介なことになるかもしれない」
「アグニは次のクイラス大陸に行ったことはあるの?」
「実はその大陸が俺の生まれ故郷のあるところなんだ。いつか戻ることにはなると思ってたけど、大陸について、住んでた村に近くなったら寄ってもいいかな。両親の墓があるんだ」
「もちろんだよ。私も挨拶しないとね! そうしたら大陸に着いたらお花でも買っておかないと。いつでも綺麗なお花を飾れるように」
「ありがとう。ユーリィ」
嬉しそうに微笑んでくれるアグニ。私だって嬉しいんだよ?
だって、私のことご両親に紹介してくれるってことでしょう。すごく楽しみ。実際に会ってみたかったなあ。
自分の両親がどうなったか気にも留めなかった薄情者なのにね。
いつか、私も両親に会うことがあるんだろうか。
私を託したって言われても、私からすれば、事情があるにしても、捨てられたっていうほうが先にきちゃってね。なんだか素直に両親のこと、想えないの。悪い子、だよね、私。
禁忌を犯してまで産んだ子供なのに、こんなこと考えてるなんて。
こんな私でもアグニは受け入れてくれるんだろうか。本当のことを知ったら離れてしまうんじゃないか。前にも考えたそのことが私にはとても怖いことに思えた。
今の私は完全にアグニに依存してる。
そして。
アグニも私に依存してる。
それって良いことなのか、悪いことなのかまだ判断がつかないけど、私は今の関係を壊したくはない。それはきっとアグニも同じなんだろうなあ。
「じゃあ、摑まって。……よし。行くよ」
「うん。ねえ、アグニ?」
「なに?」
「ずっと一緒にいようね。大好き」
ぎゅうっと馬の上でしがみついた私を引き剥がすことのできないアグニは、手綱を掴んだまま、私を思いっきり強く抱きしめてきた。
その強さが思いの重さのように感じて、私は負けないように更に力を籠めてぎゅうぎゅうした。
そうしてると、アグニも更に力を籠めてきて。
く、苦しい……。
だけど。
「ぷっ。あっはは」
「ははははっ」
馬を走らせながら、私とアグニは二人で笑いあった。
きっと、二人とも同じくらいお互いに好きなんだってそんな気がした。
そうして野宿を三日間して、お互いの体臭も気にしたら負けな感じになりつつ、私達はリングスに着いた。ここで今日は一泊をして、明日の早朝になったら、また馬でアギトを通り過ぎて、そしてノーブまでの五日間を馬で駆けていく予定。
そしてノーブの馬屋さんで番札と馬を返すのよ。言ってなかったけど、各国では、その国の中だったらどこの街から借りて、どの街に返しても大丈夫なように、番札があるの。
これは迷宮で使ったことのある番札と同じね。
番札には三つ同じものがあって、一つは馬屋さん、もう一つは借りた人、そして最後の一つは馬の首筋に埋め込まれてるの。番札にも付いている同じ魔法石から取った、欠片の魔法石がね。
だから、馬が死ねば、何かがあったとわかるし、盗難防止用に、どこにいるのかもわかってしまうの。
そう言うのが嫌な人は、馬を買うんだけど、そうすると維持費も大変だしで、あまりそういうのは人気がない。だから、やましいことがない人は、私達のように、馬屋さんで借りることが多いのよ。
さて。
今日はここのリングスでゆっくりお風呂にでも浸かろう。
疲れを少しでも癒して、明日に備えないとね。