薬師ののんびり旅紀行 二十三話
そうして治療に専念していると、カイトさんが連れてきた冒険者の人たちが三人手伝いに来てくれた。あとの三人は助かった村人を不安にさせないように残っているそうだ。
途中から合計七人で手分けして治療をしていったから、二時間ほどで一通り村人の治療ができた。
今回のアンデット化のが終わったら、村人の心のケアも必要よね。
どうしたらいいんだろう?
おばあちゃんならどうするかな。
そう考えて、私は一つ思いついた。
アンデッド化していなくても、自分もいつかそうなってしまうのではないか、不安なんじゃないだろうかと。
「カイトさん。一つお願いがあるんですが、いいですか?」
「なに?」
「もうここは大丈夫だから、倉庫の扉や、地下の扉中の扉を開けてきてほしいんです。換気をしないと。それに皆で一応、解呪水を飲んでおきましょう。全部で何人いるか、わかりますか?」
カイトさんは顎に手を当てている。教えてくれるのを待っていると、いつの間にかアグニが私の隣に来ていた。
「俺たち冒険者が八人に、君達で二人。村人は死亡者を抜かして三十六人かな。そのうちの十八人がこの部屋で治療を受けてるから、残りの十八人はアンデッド化してない助かった村人だよ」
「ということは四十六人かな。まだまだ解呪水に余裕があるから大丈夫そうね。じゃあ、扉を開けるついでに村人達と残りの冒険者を、ここに呼んできてくれますか?」
「わかった」
そう言うと、カイトさんは走って行ってくれた。
それを見送った私は、一応一段落したからか、ほっと溜息を吐く。
労うように肩をポンポンと軽く叩いてくれるアグニ。私はそんなアグニににこっと笑顔を返した。
集まった村人はまだ不安気に床に横たわっている、アンデッド化を食い止めている最中の村人を見ている。でもそれは、怖いからではなく、助かってほしいという心が表れているものだった。
そうよね。皆助かるといいよね。
私がこっそり治療した重患者は、もうすっかりよくなっていて、ただ体力の消耗で眠っているだけ。それは安らかで、その様子を見た村人は安堵していた。
「集まってくださってありがとうございます。ここで治療した十八人の方は、おそらく明日中には元の人間に戻ることができます。状態も良いので、それがよかったもかもしれません。それで、ですが。念のために、私たちも解呪水を飲んでおきましょう。換気の悪いところにいたから、腐臭が漂っているでしょう。ですから体の中を綺麗にするために、飲んでおくことをお勧めします」
「あなた方が助けてくれたのね!」
「ありがとう。あなた方は私たちの救いの神だ」
「もう皆助からないと思っていた。ありがとう」
「ありがとう!」
村人達が口々に私達へのお礼の言葉を言い、感謝を示してくれて、私は少しでも役に立てたことが嬉しかった。自分のしたことで、誰かが喜んでくれる。そうすることで、私はこの世界で生きていて委員だって、思うことができるの。
「じゃあ皆さん。一人一瓶ずつ持ちましたか? 飲みましょう。……んく。はあ。これで、この村は完全に大丈夫なはずです。後は、家々の換気ともしくは建て直しをする必要がありますね。炎で焼いて、浄化させないといけませんし」
「残念ながら助からなかった村人の方はどこですか。俺が広場に運んでくるよ」
「アグニ、俺も行こう」
「俺たちも行く」
アグニがそう言うと、一人の村人が案内をするとのことで、結局、私達全員は、ひとまず村全体の現状把握をするために、いったん外に出ることにした。
亡くなってしまった方は三人。これはかなり少ない方だったと思う。
アンデッド化してしまった原因はなんなのかまだわからなかったけど、それは私とアグニの領分ではなく、ザグさん達の仕事だから、立ち入りことはしない。だけど、もしまたアンデッド化してしまった人が出てしまった時のために、私は残りのアマ草の解呪水を置いていくことにした。
これがあるとないとでは、大分心の持ちようが違うものね。
こんなことがあった後だもの。安心できるものは多いに越したことはないわよ。
「お前たち二人には本当に助けられた。感謝する。実は、俺たちはあの時、アンデッド化した十八人の村人を殺すか殺さないかで揉めていたんだ。それで俺が一旦頭を冷やす為に外へ出てきたところで出会ったんだよ」
ザグさんが頭をポリポリかきながら言う。少し自嘲しながら。
「ソールの街では解呪水は売ってなかったからな。王都へ知らせに行くにも時間が経ちすぎる。そうなればもう。元々助からないはずだった者まで人間に戻れた。これは快挙と言っていいだろう。どうだろうか、一緒に王都へいかないか。俺の仲間が駄目元で騎士団に要請をしに向っていたんだが、うまっくいけばソールの街で会うことができるだろう」
「でも、いいんですか? 私たちはただ自分から首を突っ込んできただけなんですよ」
「それに、俺は王都というか、王侯貴族という者があまり好きじゃないからな。万が一ユーリィが気に入られでもしたらどうしてくれるんだ。俺はお尋ね者として国中から追われることになるのはごめんだ」
え?
なにをしたらそんな飛躍した考えになるのかな。聞きたかったけど、ここにはザグさんがいたからやめておいた。
なんでも、伝書鳥からの知らせだと、あと一日ほどでソールに騎士団が着くんだって。コルトに王都から行っても間に合わないからと、上層で大分揉めてたそうで、でも、騎士団長の一喝でコルト行きが決まったんだそうだ。
しかも、騎士団長の耳にこのことが入らないようにと、反騎士団長の一派が細工をしたとかで……。うう。やっぱり王侯貴族って怖いのね。派閥とか、私にはよくわからない。
皆でお腹一杯、笑って楽しく生きれたらそれでいいのに、なんで上の人はそれが分からないのかしらね。
正直私は騎士団長さんはともかくとして、他の人達に会うのはあまり気が進まない。
なぜなら私の存在がバレる可能性があることは、どんなに些細なことでも潰しておきたいから。でないと私の命に関わってくるから。
忌み子。
その言葉の意味が私の肩に重くのしかかってくる。
やっぱり私は王都で表彰されるなんてこと、やだ。
伝書鳥でのやりとりで、私達のことをザグさんが書いてしまったために、コルト村を救った英雄として、表彰をしようと副騎士団長が言っているそうだ。
そんなところにでたら、きっと王様にも会うことになるんだよね?
恐ろしくて足が竦んでしまう。だから、私はきっとその場所にはいけない。
この国の宗教はアラリス教とリウラミル教なんだけど、いくら夫婦神に仕えているからといっても、神官とか神子との間に子供が産まれることまでは、よしとしていないもの。
だから禁忌なんだし。
「悪いけど、俺たちはそういった場所には慣れてないし、旅の目的もあるんだ。だから、表彰はザグ達だけで受けておいてくれ」
顔色の悪い私に気づいたアグニが肩を抱き寄せてくれてそう言ってくれる。
ごめんなさい。
私が普通の女の子だったら、一緒に出ることもできたのにね。出たくない理由も知らないのに、アグニはこうして気遣ってくれる。
私はその気持ちが嬉しくて、そして悲しかった。