薬師ののんびり旅紀行 二十二話
ソールの馬屋さんで馬を借りて、私とアグニは二人乗り馬を走らせていた。
私が一人で馬に乗れればもっと早くつけるんだけど、あいにく、私は馬は一人じゃ乗れないのよ。気持ちは急いてるけど、まだ私たちはソールダースを抜けてから数時間。
途中で馬を休ませないといけないから、その間に私はアマ草を使った解呪水の生産もしておくことにした。
私の血を使っているところを見られるわけにもいかないし、向こうについてる冒険者たちにも見られることになるから、私特製の解呪水は、誰も見てない時じゃないと使えない。
だから、私はまだ余ってる材料で、ひたすら作ることに専念した。
そうして急いで作った解呪水は一〇〇瓶。やっぱり私の血を入れないからその分作れる量が減ったなあ。でも仕方がない。あとはこっそりなんとかするしかないか。
「そろそろいこう」
「ああ。ユーリィ、大丈夫? ずっと動きっぱなしだから疲れているだろう。俺に寄りかかって眠ってていいよ。落とさないから安心して」
「ありがとう。じゃあ少しだけそうさせてもらうね。おやすみ」
「おやすみ。俺のユーリィ」
恒例の額にちゅ、をされた私は、顔を赤くしつつアグニの胸板に顔を押し付けて、背中にぎゅっと腕を回す。落とさないって言ってたけど念のため。べ、別に、この隙に思う存分アグニを堪能しようなんて破廉恥なことは考えてないんだからね?
それから早馬を飛ばして数時間。
森の中の街道からでも、やっと村らしき建造物が見えてきた。
馬を少し村から離れた場所に繋いでおいて、私とアグニはそうっとそうっと気配を忍ばせて村へ入っていく。
村の中はシンと静まり返っていて、人っ子一人いない。
どうしたんだろう。
まさか、もう手遅れだったんじゃ?
だけど、それなら途中で先に向かった冒険者に出会うはず。なのに出会っていないということは、おそらく冒険者はこの村にいるはずよね。
「立てこもってるのかな」
「死体とまだ進行の遅れてる者、それに大丈夫なものとで別れて集まっているはずだ。大きめの家を目当てににして探してみよう」
「そうね」
私とアグニは大きめの家を片っ端から開けては中を調べていく。だけど、それらしいところはなかった。
「なんでかしら。小さめの家のほうも探してみる?」
「いや。どうやらあちらさんから出向いてくれたみたいだね」
「え?」
アグニの視線の先を追うと、そこには倉庫から出てきた冒険者が一人。
その表情は剣呑としていて、なんだかあんまり近づきたくはない。でもアグニが私の前に立ってくれたからほっとした。
「よお、どうしたんだ。こんなところまで。お前さんたちも派遣されてきた冒険者か?」
「いや、俺たちはただの旅人だ。ソールの街で、コルトがアンデッドに襲われたって早馬が来たって聞いてね。ちなみに情報源は道具屋のおばさん。マーカーたくさん買ったんだって?」
「ああ、あのおばちゃんか。まったく口が軽くていけねえなあったく。で、どうすんだ? ここに来たからには何か理由があるんだろう?」
「あの! まだ、助けられる人はいませんか? 私、薬師なんです。解呪水持ってます。だから……」
私はつい話に割り込んで冒険者のおじさんに聞いてしまう。私達を危険と判断するのはもうやめたみたいで、もうさっきの剣呑とした雰囲気は感じられなかった。
「ん、ああ。まあ、いるにはいるが……。だがもう持って数日だぞ」
「できることをやりに来たんです」
「……わかった。ついてきな」
「ありがとうございます! おじさん!」
「お、おじ……。俺はザグだ。そう呼んでくれ」
「はい。ザグさん!」
「よかったね、ユーリィ。あ、俺はアグニ。ユーリィに触れたらその指切り飛ばすから、そのつもりで」
「あ、ああ。わかっよ……。あぶないやつだな」
私の思いが伝わったのか、ザグさんは倉庫へと案内してくれる。どうやら地下倉庫だったみたいで、中は結構広かった。
だけど、アグニ。そんなこといったらザグさん本気にしちゃうでしょ。冗談だよね? ね?
「あれ、ザグさん、その子達は?」
「旅の薬師だ」
「それはまた、奇遇な……偶然、だね」
「いや。もともとこのためにここへ来たらしいぞ。解呪水を持ってきてくれたらしい」
「解呪水を! ならこっちへ! あ、俺はカイトっていうんだ。君達は?」
「私はユーリィ。旅の薬師です」
「俺はアグニ。鮮血のアグニって聞いたことない? あ、ちなみにユーリィは俺の奥さんだから、触らないように。触ったら殺すから」
にこやかな笑顔でそう言うアグニ。……やっぱり本気だったみたい。
カイトさんはすっかりびくついてしまって、恐る恐る私を見た。何よ、私まで怖い対象になるわけ?
そう思って少しだけむっとしたら、カイトさんはびくっと肩を震わした。なによーもう!
「ここにまだ生きて進行中の村人がいる。中にはかなりの進行いる者もいるから、十分に気をつけて」
「案内ありがとう。じゃあ、私たちは中へ入るわね」
「待て、俺も行こう。解呪水の使い方は知っているからな」
「わかった。なら、カイトさん。俺たち三人は中で作業をするから、他の冒険者たちでも手伝ったくれる人がいれば来てもらえるように伝えてくれないか」
「ああ、わかった」
カイトさんは来た道を戻って他の部屋へと入っていった。
さあ、いくわよ。
私とアグニとザグさんの三人は、緊張した面持ちで中へと入っていった。
中に入ると腐臭が充満していて、思わずえづく。だけどそんなことしてる余裕はないわよ。しっかり、私。
「これ、解呪水、一〇〇瓶あります。こっちはポーション一〇〇瓶とハイポーション一〇〇瓶です。ここのテーブルに置いておきますから、まだ症状の軽い方から先にお願いします。私は重い方中心でやっていきますから」
「大丈夫なのか、噛まれでもしたら」
「大丈夫だよ。ユーリィは立派な薬師だ。自分のことは自分で守れるし、対処の仕方もわかってる」
「そうか。いらぬ質問だったな。では、始めよう」
私たちは手分けして解呪水とポーションを持って床に寝かされている、アンデッド化していく村人達を少しでも助けようと治療を施していく。
そうして、私はアグニとザグさんの目を盗んでは素早く、私特製の解呪水を振り掛ける。すると、腐食していた箇所がみるみる元の皮膚へと戻っていく。やっぱり効き目はすごい。
まだ症状の軽い村人には、悪いと思いつつもアマ草の方の解呪水を振り掛けていく。そうしてポーションをかけたり、飲ませたりして容態を一人一人確かめていく。
少しでも多くの人を助けたい。
私はその一心で、ただただ治療をしていくのだった。