薬師ののんびり旅紀行 二十話
自分の血と五〇本分の蝙蝠の血に聖水を混ぜて、無事に解呪水を二〇〇本作ることに成功した私は、時魔法の指輪を使って、異空間に収納しておくことにした。余った材料もしまっておく。またいつでも作れるように。
ちなみに、私の血でなくてアマ草を使って作ることもできるんだけど、効力が全然違うのよね。
ゆるやかに、だけど、死との隣り合わせの中で、ハイポーションや、エクスポーションを使いながらじゃないと、アマ草の場合は助かるかどうかさえ怪しい。
だから、アンデット化の進行を遅らせつつ、あとは患者の体力頼みってのがアマ草版なの。
でも私の血だと確実に、そして急速に回復するのよ。
そんな化け物みたいな、というか、化け物の血でも、少しでも役に立てるのなら私は使っていきたい。だから、不審がられても、きっと神様への祈りが通じたのですよ、とかなんとか言って誤魔化すんだろうな。
まだあの兎の件以降は、おばあちゃん立会いの下でしか使ったことがないから、成功例しか見てないけど、一人でやっても大丈夫よね?
ううん。大丈夫。私がおばあちゃんから教わったことは決して無駄なんかじゃないから。旅だつってことは一応、私は一人前になったからすることになったのだしね。といいつつ、この旅は一人前かどうかの最終確認みたいなものなのだけどね。
習った手順を丁寧にやればきちんとできるはず。私はそう自分に言い聞かせた。
「さてと、解呪水は終わったし、今度はマーカー作りをしないとね。でもその前に換気しよう。さすがに血臭い……」
私はぱたんと窓を開け放つ。ここは三階だからソールの街をよく見渡すことができる。
アグニは今どの辺かしら。
ふふ、と笑いながら、私はアグニのことを考える。
アグニはとても不思議。私のことを知っていたけど、今まで黙っててそれでも助けてくれたりもして、私のことを可愛いなんてお世辞が過ぎる言葉でも平気で口にして。
でも、それが嫌味でもお世辞でもなくて、本心からそう思ってるんだって、私のことが好きなんだって伝わってくる。
一体私のどこがそんなに気に入ってくれて、好きになってくれたんだろうか。とても不思議。
鏡で自分の顔を見ても、笑えば愛嬌があって可愛いよねって、言われるレベルだと自分でも思う。それはつまり、普通だよねってことで。
恋は盲目って言葉もおばあちゃんから聞いたことがあるなあ。
何故か恋をすると、どんなに見た目や、性格があれでも、何故か可愛く見えるんだって。
恋するフィルターと同じことだって言ってたと思う。きっとそれなんだろうね。……って、前にもこんなことを考えたことがあったなあ。
だけど、あの時のアグニは少し不安定だったような気がする。
私が居なくなれば情緒不安定で何をするかわからないっていうか、そんな危うさがあったと思う。
どうして私なんだろう?
私でなければならない理由でもあるのかな。
そもそも、アグニってどこの国出身なんだろう。南方は赤毛が多いって言ってたけど、そっち方面なのかな。
私にはアグニに話せない隠し事がある。だけど私はアグニのことをもっと知りたい。それってすごくずるくて我侭だよね。
今度、機会があったら差し障りのない程度のこと、聞いてみようかな。
よし。
「換気はこのくらいにして、マーカーでも作ろうっと」
私は扉を閉めて、マーカー作りをすることにした。
癇癪玉の材料とヒカリゴケを取り出すと、すり鉢とすりこ木も出す。あとは、鉄板と金槌と、まな板と木槌と紙も準備する。
マーカーは、癇癪玉の改良版なんだけど、作り方は最初は癇癪玉と同じで、まな板の上で木炭を、木槌で可能な限り細かく砕く。タダひたすらに砕いて、今度はそれを、すり鉢に入れて、可能な限り細かく砕く。これもひたすらに細かく。そしてさらさらになってからが違うのよ。
ちなみに私はその前にこの工程を、硫黄、硝石もしておいた。
そうしてできた、さらさらな状態の素材に、すり潰したヒカリゴケと、アマ草を合わせてからそこに少しずつ、さらさらと練りこみながら混ぜていく。
適度な硬さになるまで捏ねて、パン生地を作るみたく練りこんで、びったんばったんして、その後は少し休ませる。そうして水分を少し飛ばして、一センチメートル程の丸い塊になるように掌でころころと転がす。
その時に、自分の魔力を入れて転がしておく。出ないと魔力を抜かして作ったものだと、辿るのがちょっと大変だからね。
ある程度はアレンジを加えて作ってるんだけど、この方が私はいいと思う。
それを何個も作って、だいたい二〇個入るくらいの小瓶に入れていく。くるくる蓋を閉めればおしまい。
全部でマーカーは五〇瓶も作れた。なかなかなものよね。
それにしても。
「はあ。疲れた。お茶でも飲もう」
今日は作業三昧ですごく楽しかった。次は何を作ろう?
疲れたのにそんなことをすぐに考えている私は、本当に薬師が好きなんだなって改めて思った。
そうして三〇分くらい経った頃かな。アグニが戻ってきた。
「おかえり。アグニ」
「ただいま。ずいぶん楽しそうな顔してるね。作業はかどったんだ?」
「うん。あっという間……でもないけど、作り終わったよ。結構な量ができたから、どこかに卸すのもいいかもね。路銀は多いに越したことはないし」
「まあな。だけど本当に薬師が好きなんだな、ユーリィは。天職なんだろうね」
「アグニにはどうなの? 冒険者は天職だと思う?」
「うーん、どうだろうね。正直言って根無し草のような生活だから、地に足をつけて働いてるってわけでもないし、これから先ユーリィと暮らすにも、どこかで拠点があったほうがいいだろうしね。そうなると、いつまでも冒険者でいるってわけにもいかないなとは思ってるよ」
「そうなんだ。冒険者は自由だけど、その分色々あるんだね」
「相方が同じ冒険者なら、一つどころに留まらずに旅を続けるって選択肢もあると思うけど、ユーリィの最終試験は生計を立てたてられるようにならないといけないんだし、なら、住居兼店舗を買った方がいいのかもしれないね」
「住居兼店舗かあ。そうしたら、そこを拠点にして、時々は二人でこんな風に旅をするのもいいよね」
「そうだね。もちろん、何年も経ったあとならば、親子三人や四人で行商するるってのもありだとは思うよ。楽しそうじゃない? 家族旅行」
「あ、う、うん。そうだね! 感動も大変なことも皆で分かち合うと絆も深まっていくんだろうね」
「そう考えると、そんな未来もいいなと思えるね。まだまだ俺はユーリィと二人だけの旅を楽しみたいけど。人数を増やしたうなったら、いつでも言ってね。協力するからさ」
う……。
なんだか話が恥ずかしい方向へと向かっていってる気がする。
だけど、もしそれが本当になったら、ものすごく素敵なことだなって、私は思った。
いつか、そんな未来がくるんだろうか。私達にも。